推論

 村長は人数分の部屋を用意すると言ったが、それではベッドを使えない少女がいるのでノアが丁重に断った。宿泊先はライルの自腹で取った二部屋のツインルームである。当然、男女別だ。現在は全員が寝間着になって男部屋にいる。


「やっぱ悪いよ。夕食代に続いて宿泊代まで払って貰うのはさ」


 本日の反省会だと言うのに、窓際のベッドに腰掛けたノアは夕食の勘定からずっとこの調子だった。しかしライルにも言い分はある。


「ドアホが。こちとら宿屋百件分以上の価値がある秘薬を貰ったんだぞ。しかも生ハムとチーズを奢ったくらいでだ。俺の方が絶対に悪いと思ってるぜ。賭けるかコラ」


 もはやライルは完全に逆ギレしていた。リンもここぞとばかりに主張する。


「甘いわね。私に至っては1回の洗濯で同じような秘薬を5つもいただいてるのよ。人にとやかく言う前にまず自分の金銭感覚を何とかしろと言いたいわ」


「同感だ。これじゃまるで俺の1年が生ハム一皿以下みてーじゃねーかよ」


「いいじゃない。私なんて人生の3分の1が1時間弱の洗濯に負けたようなものなのよ?」


 二人の愚痴は絶えない。言うまでもなく冗談だ。ノアも苦笑いしているが、


「じゃあ返してよ」


「やだ」


 空中で手を差し出すメルに二人は揃って首を振る。それとこれとは話が別なのだ。


「それじゃあ閑話休題といくか」


 喫煙セットを持ったライルが窓際に行き、マッチを擦る前にメルがリンでも使える魔術で点火してみせた。律儀な傭兵は気の利く魔法師に会釈すると煙草を銜えて、


「まずは地下墓地の話を尋ねてもいいか?」


 構わないよ、とノアが返したのを契機にリンは廊下側のベッドに座る。煙草の煙は苦手なのだ。火を消さなくても良いとライルに視線で伝えておく。


「端的に言えば原因は願意石だった。墓地内にざっと三千個はあったね」


 聞き手の全員が、博識なメルですらノアの説明を1秒以内に理解するのは不可能だった。


「……三千とか有り得るのか? 多くても3つだろうよ。桁が違いすぎるぞ」


 リンもライルの意見に頷く。流れ星の欠片が不思議と地下で発見された例は少なくないが、1箇所で2桁以上の願意石が見つかった事例は1件も知らない。


 だがノアは言う。有り得ると。


「墓地の願意石はすべて真っ黒だった。特に1割ほどは天然と思えないほど形が整ってたよ。明らかな呪言玉アンホーリーさ。要するに高確率で黒い石の収集家がばらまいた訳だね」


「おいおい。俺も何人かは願意石の収集家を知ってるけどよ。いくらなんでも三千なんて数は……」


 出し抜けにライルの目が鋭くなった。ゆっくりと有害な煙を吐き出し、


「教会か」


 室内の空気が一変した。余りの息苦しさにリンの胃が圧迫される。


 一番の理由は否定する者がいないからだ。恐らくはこの場にジェノやアリスがいても同じ結果になるだろう。


「ご名答。教会は国内のみでも年間に約五千の石を回収してるし、黒い願意石は組合や連合に譲ってると公表してるけど真偽は定かじゃない。最も疑わしいと言える」


 少なくとも、とノアは言い足して、


「呪術に長けた人物の仕業というのは確実だよ。式は荒かったけど死霊術ネクロマンシーっぽい結界が施されてた。あれだけの願意石があって踊る影シャドウソウルがいなかったのも人為的な証拠と言えるね」


「なるほどな。作った不死者は数十程度で、他はそいつらが願意石に願った訳か。仲間がもっと欲しいとか、墓穴の連中にも自由をあげたいとか。不死者も踊る影と同じでやたらとコミュニケーションを取りたがるからな。対象の生死を問わずに」


「仕方がないと思うな。あたしも人に認識されない身だからよく分かるんよ。きっと寂しいの。それこそ無害な魂が死霊や骨人形になってでも誰かと接したいと思うくらいに」


 述懐するメルの語気は平野のように起伏がない。各々に思うことがあるようで、ノアとライルの表情もどこか同情的だった。


「私は理解したくもないわ」


 視線がリンに集中する。そのくらい今の声には冷酷さが詰まっていた。


「……ごめん。腐敗化は不死者のそういう考えが原因の呪いだったっけ」


 謝罪されてもリンの気は晴れないが、メルも悪気があって言ったのではない。最も悪いのはどう考えても自分だ。八つ当たりするなどお門違いにも程がある。


「話を戻すわね。ノアの推理は辻褄が合うし、納得もできるわ。でも理由は何なのかしら。これと言ったメリットがないと思うのだけれど」


 リンはメルに視線を投じ、理解の早い少女は名誉挽回とばかりに明るく答える。


「メリットはあるんよ。今回の騒動で最も名を上げたのはライルだけどさ。ノアが村長に報告した通り、事実上でイグノを危機から救ったのは教会の実力者っしょ? この件に関わった旅人や行商が各集落に噂を広めるのは必至だし、教会の人気が高まるのも必然ってわけ」


「砕いて言っちゃうと教会の自作自演の騒動だったってこと?」


「さすがにノアやリンの登場は想定外だったと思うけど、ブラコンとアリスをカロッカに向かせたのは教会だしさ。次の目的地をアンクトに指定したのも騒動に巻き込むためだったのかも。カロッカからアンクトに行く場合、最短の道を選ぶとイグノの近くで昼食を取ることになるし」


「推理としては面白いけどな」


 紫煙を燻らすライルの反応はどこか否定的だった。メルの推論には穴が多すぎると言いたいのだろう。


 イグノはアンクトにも支援を要請したと聞くし、仮に二人が目的地に着いていたとしても引き返すとは思うが、如何せん不確定な要素が多すぎる。


「リンがいなかったら俺は殺されてたはずだ。これでも村の恩人だと感謝された身だし、いくら事態を収拾しても村人に非難されるのは自明の理だぞ。とても優れた策とは言えねえな」


「うい。ライルの人の良さは有名だし、村にいると知ってたら実行は後日に回すべきだし、計画に関与しかねない人物が近くにいるかどうかは事前に調べるはずっすわ」


「そうだろうよ。大体がだな。下手人は三千もの願意石をばらまき、死霊術の結界も張ってる訳だ。大人数で動けば村人に勘付かれるし、だが少人数だと早くても30分は掛かる。その間に露見したらどうすんだ。リスクとリターンが釣り合ってねえよ」


「ういうい。一応はリスクを最小限に抑える方法が5つほどあるけど黙っとく」


 ライルが顔をしかめたが、リンも3つは思い当たる。


 1、メルの同類を用意して常識外の速度で準備を済ます。


 2、数人ほど村人を買収し、関係者以外を墓地に近付けさせないようにする。


 3、先行して作った数体の不死者を墓地の入口に配置し、仲間の一人が魔物の発生を村中に知らせる。そして地上で混乱が広がった後に結界を張ったり願意石を撒いたりするのだ。


 1はないと思う。だが2や特に3は怪しい。


 ライルやインテグラを始め村人の多くも不死者の発生場所を知っていたのに、1人としてそこに行っておらず、また知人から聞いた話だと言うからだ。リンの推理を裏付けるように不死者の第一発見者は未だに見つかっていない。


「メルの推理を念頭に置くと最も怪しいのは彼女だよね」


 ノアは代名詞で言ったのに、全員が揃って頷いた。誰かと問うまでもない。


「ブラコン並みの実力者なら死霊術くらい使えてもおかしくないし。教会の特使だから棺桶袋に願意石を詰め込んでた可能性も否めないし。ノアも言ってたけど強いくせに不死者をライル1人に押し付けたのも変な話だし。てかインテグラはなんでイグノにいたのかな」


 メルの疑問に、ちょっと待った、とライルが横槍を入れる。


「1点だけ訂正するぞ。俺は押し付けられた訳じゃない。あいつの見た目が10歳そこらだったから逃げるように指示したんだ。ついでに言うと避難の達成後にイグノを目指さなかったのも俺を生かすためだと思う。教会は魂魄暴走を起こした奴を許さないって聞くしな」


「殺害の義務は司教以上にしか課せられんよ?」


「なぜ殺さなかったって敵対派閥からの言い掛かりを受けないためじゃねえか?」


「一理あるっすね。でもそれだとブラコンに支援を求めたのと矛盾するじゃん」


「そこはリンの時と同じだ。イグノに行くな。行くなら妙案を考えろってな」


「辻褄は合うけどさ。なんでそんなに庇うん? ひょっとしてロリコン?」


「ちげえよ。だから訂正は1点だけって言っただろ。不死者作成云々とかは擁護しねえよ」


「そっかそっか。可能性の話なんね。ちょっと身の危険を感じたんで……」


 ぶった斬るぞてめえ、とライルが雰囲気で語ったところで、


「兄さんが教会の計画に参加してたとするとメルの推理に穴がなくなるかも」


 ノアが盲点を突いた。不愉快げな顔を見る限りメルも気付いていたらしい。


「実はリンを僕らの旅に付き添わせたのも今回のためで、唐突に現れて作戦の指揮を執ったのも勝手な行動をさせないためだと考えられるよね」


 尤もではあるが、リンは信じなかった。ジェノが教会の言いなりになるとも思えない。


「ジェノが関与してたらもっと上手くやると思うけどな」


「ひげもじゃに同じ。あんたに墓地内を任せながら何も説明しないのはおかしいっしょ」


 ライルとメルの説得力のある反論にノアはご満悦の様子だ。目を糸のように細め、


「それもそうだよね」


「……分かってたくせに質問するの超うざいなぁ。何これ、のろけ? 聡明なお兄ちゃんは僕の味方なのさーとか言いたいわけ? このブラコン燃やしてもいい?」


 メルは辟易としながらも本当に魔力を練る。ライルも煙草を灰皿に押し付け、


「いいぞ。まだ吸い足りてねえしな」


 新しい煙草を出した。火達磨と化した勇者で点火するつもりでいるらしい。


 気付けば室内に充満していた重い空気がなくなっている。ノアはそれを狙って自らブラコンを演じたのかもしれない。きっと2人も分かっていて話に乗ったのだ。


「冗談はこれぐらいにして2回目の閑話休題といくか。実はノアに言うことがあってな」


 催促される前にメルが再び煙草の先端に小さな火の玉を生みだす。ライルは満足げに煙を吸うと真剣味の強い声で言った。


「教会が不穏な動きを見せてる」


「クロスケ暗殺計画なら知ってるんよ。3回目の閑話休題いっとく?」


 メルが速攻で話の腰を折ったが、


「その件も関係あるけどな。どっちかって言うと今回の騒動に近い話だ。いや、話す前に問うべきか。例えばメルは勇者暗殺の件をどれぐらい知ってる?」


「教会がいくつかの傭兵団にノアの暗殺を依頼してるとか。報酬は人生を百回以上も遊び倒せるほどの額だとか。箝口令は敷かれてるけど情報が漏洩しちゃってるとか。特に最後のは酷くて、弱小傭兵団や流浪の傭兵は疎かノア本人にも知られてる始末」


「悪くない情報量だ。傭兵の立場で渡せる情報がないくらいにな」


「うい。だって情報源はあんたと同じ傭兵だしさ。もっと言えばブラコンの旧友ね」


 そうか、とライルは紫煙と共に相槌の言葉を吐き出して、


「だが納得の難しい事柄がいくつかある」


「依頼主の個人名が挙がってこない。依頼を受けた大元の傭兵団もどこなのか1つすら判明しない。そもそも暗殺を依頼する際に所属する組織名をバカ正直に伝える間抜けがどこにいるのか」


 ノアが素早く反応した。ジェノの話を鵜呑みにしていたリンは3つめの問題に気付いていなかったので、ついつい目を遊ばせてしまう。


 すみません、教会の者ですが、勇者を殺してくれません? なんて言うものか。少し考えれば思い付くような当然の疑問なのに。なぜ何とも思わなかったのか。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


「報酬の渡し方や証拠の提示方法も定かじゃない。仮にメルみたいな規格外の強者が魔法で跡形もなく消滅させても依頼主は納得するのかって話だ」


「実に興味深いっす。試しに消し炭にでも」


「するなよ。百歩譲って依頼主が現れたとしても『あなたに依頼した覚えはない』とか言われてお終いに決まってる。或いはそこの部分のみ情報が漏洩してないとも考えられるしな」


 瞬時に不許可を出したライルにメルが唇を尖らせたが、多少くらいは正面で頬を引き攣らせている勇者様の心境を斟酌して欲しいと思う。リンは可哀想で仕方ない。


「第一にもっと大きな問題もある。例えばリンはいくらでならノアに喧嘩を売る?」


「いくらも何も私が勝てるとも思えないというか……」


「俺も同じだ。命あっての物種とも言うしな。挑戦するのは相当のアホか、身の程知らずか、呪術で傀儡にされてるか。何であれ正常な奴は勇者に喧嘩を売ったりしねえし、仮に成功しても後が恐い。教会が勇者殺害の罪を問う公算も小さくねえしな」


 リンは午前の襲撃を思い出す。あれは1つめにも2つめにも該当する典型的な愚者だった。ノアが黒竜に勝ることを鑑みれば無謀だと分かってもいいはずなのだが。


「間違ってはないかなぁ。襲ってくるのは弱小傭兵団ばっかだし、著名な呪術師や傭兵に挑まれたこともないし。暗殺に成功したら教会が掌を返すって話も充分に有り得る話だかんね」


 で? とメルは素っ気なく言う。


「結局は何が言いたいん?」


「依頼主が本当に教会だった場合、なぜこうも拙い計画を立てたのか。についてだ」


「あたしらが考えても分かるわけないっしょ。てかその議題は今日の騒動の話と変わんないしさ。さっき悉く否定したくせにあたしの推理に関心でもあんの?」


「そうじゃない。俺の見解を聞いて欲しいのさ。当事者のノアにな」


 ノアの首肯は早かった。ライルも早々に本題を語りだす。


「最初は勇者の離反によって人々の信頼を失った教会が逆恨みの報復を行おうとしてるのかと思ってた訳だが、噂じゃノアはしばしば教会に寄ってるし、教会の所属を示す銀製短剣も捨てずに各地で披露してる。本当に教会を嫌って旅に出たのか疑問が残るところだよな」


 そうだね、とノアが他人事のように相槌を打つ。ライルは薄く笑い、


「インテグラも言ってたが、愛用の黒服は魔術を使いやすくするためと思えば納得いくし、案の定、教徒はノアを同胞と認識してる。証拠として教徒の数は減ってない。逆にほんの少しだけ増えてる。端的に言って勇者の存在は邪魔じゃない訳だ。他に特別な理由がない限りはな」


 だが、と言ったライルの声色は感情が乗っていない。


「邪魔じゃないが満足もしてないってのが教会の本音かもしれねえな。第5の聖戦で最大の功績を残したのに教徒の総数はほぼ横ばいの状態だし、各集落が組合や傭兵団を後ろ盾に選ぶ傾向は強いままだ。教会は1つでも多くの施設を建てたいのによ」


 閃いた。リンは勢いよく手を挙げ、ライルが教師のように指名してくれる。


「ノアが言ってたわよね。暗殺を依頼する際に名前を晒すはずがない。逆に言えば名前の出てない組織が怪しいことになるわ。組合も傭兵団もノアの手柄をよく思ってはないでしょうし、勇者の暗殺を企てる可能性は皆無じゃない。そんな感じの噂を流したかったのかも?」


 それで組合と傭兵団の人気が下がれば相対的に教会の人気が上がる。しかも教会は暗殺の件を糾弾されても逃げ道に困らない。


 その気ならもっと上手くやるに決まっている。むしろ教会を陥れる策略ではないのか。我々は被害者である。と言い訳は立つ。


「俺も今日までそう思ってたんだがな。今回の騒動のお陰で別の狙いもあると気付いた訳だ」


「別の狙い?」


 さすがのノアも想定外だったらしい。メルも小首を傾げている。


「ここから北上するとガルダって霊峰があってな。東の麓にアンクトって街がある。そこの傭兵団に1日に1回は付近の集落で不死者を目撃したって情報が寄せられてるらしい」


「今のは発見した不死者を退治しての話かい? 退治してなかったら同じ不死者を別の集落で見ただけって可能性もあるけど」


「退治しての話だ。ちなみに付近ってのは馬車で1日程度の距離でな。その範囲内に18の集落がある訳だが、ここ3ヶ月で15の集落が不死者の襲撃を受けたらしい」


 室内に緊張感が走った。ノアなどは戦闘中と同じくらい厳しい表情を見せている。


「と言っても今日のイグノほどじゃない。多くても20体。少ないと3体だな。だから差ほど噂も広がってないようだ。現に3人とも知らなかっただろ?」


 揃って首肯する。ライルは煙草の火を消し、喫煙セットを片付けて、


「不死者に襲われた集落は敷地内で黒い願意石が見つかってる。多くても3つだけどな。そんでもって襲撃を受けてない所はカロッカとアンクトとバリケシルって話だ」


 どこも人口が20万以上の大きな街だ。しかしもっと分かりやすい共通点がある。


「すべて教会の施設がある街だね」


「逆だ。イグノを含め襲われた15の集落はすべて教会と無縁の集落なのさ」


「……なるほどね。僕の暗殺の話と同じ訳だ。教会の仕業ならこうも露骨な集落の選別をするはずがない。他の組織が教会を陥れるためにやったと言い逃れもできる。襲われてない集落が祈請玉ホーリーネスのお陰で魔物が近付きにくいともね」


「だな。だがもっとらしい台詞があるぞ」


 ライルはニカっと笑って、


「あの3つの街は神のご加護があったのだ!」


「……らしすぎて笑えないっすわ」


 メルが疲労感を顔全体で表わしながら嘆息した。ライルの言った教会のバカバカしい言い訳が原因ではない。この話の結論をいち早く理解したからだ。


「勇者暗殺の依頼はブラコンの行動を制限するためのものってわけね」


 メルのお陰でリンも一気に理解した。


 ジェノの優秀さは辺境の子供でも知っている。教会は是が非でも行いたい計画を有能な大司教に潰されないように避雷針を用意したのだ。


 それが勇者暗殺の依頼である。


 いかにノアが強くてもまさかの事態はある。ジェノが他の重要な案件を放置してでも暗殺の対策を講じようとするのは火を見るよりも明らかだ。


 そして、今の会議の内容をすべて思い返せば教会の狙いにも自ずと見当が付いてしまう。


「教会は僕に代わる新しい勇者を誕生させる気なのかもしれない」


 ノアは無感情に呟いた。悔しくも。リンの見解と一致する。


「勇者を失った教会は信頼を回復するため、いや、さらなる信頼を得るために擬似的な聖戦を起こし、仲間内の呪術師に解決させることで次の勇者を生み出そうとしてる訳か。今回の騒動はただのリハーサルで、三千の願意石で不死者をどのくらい作れるのか試したのかもね」


 短い間に2回も魔王を倒せば教会の人気は計り知れないものになる。その八百長の勇者は一躍時の人となり、同時にノアが過去の人となるのは必然だ。どれほど名を馳せようと新しい情報の前では埋もれるほかない。


 だがリンはどうしても解せなかった。聖戦には欠かせぬ存在がある。


「魔王をどう用意するのかしら」


「……リンはあの剣のことを知ってる?」


 ノアが示したのは壁に立て掛けた彼の長剣だ。知らない者などこの国にいない。


騎士の誉れアロンダイト。魔王を斬り伏せた聖剣でしょ?」


「そんなの大嘘だよ。教会が勝手に言ってるだけさ。これは一昨年の誕生日に兄さんが鍛えてくれた魔法剣で、第五の聖戦の時に使ったのも兄さんがくれた名もなき鋼鉄の剣だった」


 まじかよ、と呟いたライルの口はポカンと開いている。リンも驚くばかりだ。


「あたしは知ってた。魔王を倒した剣をジェノが回収したこともね。要するにどうでもいいんよ。魔王がいようがいまいが勇者とその仲間以外は現場を見ないわけだし、後でテキトーに『え? あー、魔王っすか、いましたよ、超強かったっすね』とか言えばいいんよ」


 メルの言い分は滅茶苦茶だが、リンが嘘の情報を信じていたのも事実だ。


「ブラコンの終の願いも本当は聖なる武器じゃなかったような?」


「全く以て違うね。どっちかって言うと邪悪な武器かな。本当は風神殺しエアブレイカーという神様を殺すためのもので、過去の持ち主が翼竜ワイバーン上級悪魔グレートデーモンとかの強い魔物を倒したのを契機に、教会が勝手に聖なる武器と認定したらしい。西風の神を屠った伝承は有名なのに無茶してくれるよ」


 その伝承はリンでも知っている。段々と歴史のすべてが疑わしくなってきた。


「伝承の件はさておき、困ったことになったわねん。ライルが結論を述べる前に全員が同じ解答に辿り着いちゃったしさ。これをただの推論として放置するのはいかがなものかと」


「だね。特に僕は他人事じゃないしさ。ちなみにライルはこれからどうするの?」


「アンクトに行く。あの街は東西で幅を利かせてる組織が違うからな。教会が不死者に襲わせるかもしれねえだろ?」


 そっか、と頷いたノアがリンに目を向けてくる。意図は容易く読めた。


「なら私達も一緒に行くわ。また魂魄暴走を起こされても困るもの」


「そりゃ心強い。もう高位呪体化を使う気はさらさらねえけどな」


 肩を竦めるライルの隣にふわりとメルが降りてくる。にっこりと笑って、


「おめでとん! これで毎晩のように黒竜の瞳のお礼ができちゃうわよん!」


「……生ハムとチーズを食いまくる気かよ」

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