聖女の戦い

 骨人形も死霊も所詮は雑魚だ。特に前者は一発の殴打で崩れ、大きな足で蹴れば周辺の同胞を巻き込みながら吹っ飛ぶ始末。後者も宙に浮くのが鬱陶しいのみで大した驚異は感じられず、メルの無詠唱ノンキャストで発動される中級魔術によって容易く屠れた。


 それでもリンは慎重に事を為していく。退路を奪われないように目撃した敵はすべて倒し、不死者の気配を背後に感じた際は反転をしてでも排除しに向かった。なのでライルの姿は未だに拝めていないが、進行のスピードはそう悪いものでもない。


炎霊の憤怒イフリートレイジ!」


 メルは力強く言い放ち、深紅に発光した樫の杖を横一文字に振るう。


 次の瞬間、通路前方の地面に赤く煌めく魔法陣が浮かび上がり、そこから耳を劈く轟音と共に巨大な火柱が生じた。立ち上った灼熱の業火は数十の不死者を呑み込み、瞬く間に塵も残さず焼き尽くすが、まだまだ無尽蔵と思えるほどの骸骨達があちこちに残っている。


 引き続きメルは魔法の詠唱に入った。二種の魔法を同時に操るのは非常に困難らしく、大地を踏み締めながら口を高速で動かしている反面、舌を噛まないように移動速度の方は超低速となっている。


 そのせいで俊敏に動くリンを無視してメルに突撃する不死者が多く、しかしリンが迎撃に専念すれば済むことなのでさほどのデメリットにはなっていない。


 今も団体客がメルを目指して駆けてきたものの、リンが近衛兵のように素早く立ち回り、足を振り回して文字通りに一蹴する。気付けば周囲の地面は骨だらけだ。


 二人の相性は非常に良かった。リンがメルを中心に円を描いて行動すれば囲まれたとしても負けはしない。低位呪体化にも拘わらずメルの強さは途轍もなかった。


 1回の詠唱に費やす時間は30秒足らず。敵の方から向かってきてくれるお陰もあってか、二人が1分間に倒す不死者の数はアリスに引けを取っていない。


 殲滅速度を鑑みれば全体で千匹は倒しているはずだ。なのに不死者が多く見当たるのは未だに発生が続いているせいかもしれない。


 もしやノアやジェノが手こずるような魔物が地下墓地で暴れているのだろうか。とリンが二人を心配したのも束の間だ。すぐに仲間を案ずる暇はないと理解した。


 目が合ったのだ。再び生じた火柱の奥。散らばった骨の中央に佇む大鷹の化身と。


 その形状はまさしく人間だ。褐色のパンツや革のブーツ。所々が敗れた黒いドレスシャツを身に付けながらも、上着のボタンがすべて外れているせいで胸元の真っ白な羽毛を露出している。琥珀色の円らな瞳や弧を描いた嘴も鳥類の血を色濃く思わせるが、黒ずんだ藍色の毛で覆われた両肩の先にあるのは翼ではない。人間と同じ腕だ。


 ライルの所持品と思しき斧槍ハルバードを羽毛塗れの両手で持ち、次々に襲い掛かってくる不死者をいとも容易く迎撃している。


「むぅ。ノアの予想が当たってんね。飛べないタイプの鳥人だったわけか」


 メルの目付きが鋭くなった。鳥人は有翼種が強いと言われるが、妖鳥ハーピーのように翼を持ちつつも腕を持たない種は弱い方に分類される。中途半端に飛べるよりも武具を巧みに使いこなす鳥人の方が圧倒的に厄介なのだ。


 そしてこの魔物はそれの代名詞に当たる。


罪深き鷹ギルティホークね。赤呪術師の分際で良質な魂を持ってんじゃん」


 メルが言ったのは武芸に優れた個体が取り分けて多い鳥人の名称だ。古の時代に天界へ戦争を仕掛け、神の手によって翼を手折られたとの逸話があり、それを裏付けるかのように罪深き鷹の戦闘力は数多い鳥人の中でも上位に入る。


 やがて巨大な火柱が消失した。ライルのいる広場と違って両陣営の間に不死者の姿は一つもない。なのに大鷹の化身は不気味にもリン達の方を見据えながら武器を振るっている。


「私達の助力を待ってるのかしら? 実は魂魄暴走を起こしてないのかも」


「楽観が過ぎるっすわ。あれは援軍を求めての視線よか敵軍の観察に近い――」


 メルが唐突に詠唱を開始する。ライルが二人に向かって駆けだしたのだ。


 速い。住居一戸分の距離を進むのに1秒すら掛かっていない。心音が十回も鳴れば交戦となるのは必至だ。


 リンは迷わずメルの前に移動し、だが既にライルは長めに持った斧槍を振りかぶっている。


 カウンターは無理だ。手も足も届かない。しかしリンが回避に転じればメルの死は免れないだろう。


 一か八かで斧槍を叩き落とすしか――不意に背後の気配が大きく動いた。


 ドガァ! と斧槍が石畳の道に大穴を空ける。間一髪で横っ跳びしたリンは総毛立ちながらも、やや離れた場所で口を動かしているメルの姿を見て胸を撫で下ろした。


 今のは全面的にリンが悪い。斧槍の長さを考慮せずにメルとの間隔を小さくしすぎてしまった。メルが瞬時に機転を利かせなかったら確実に殺されていたと思う。


 が、反省は後回し。


 石畳に武器の自由を奪われている今がチャンスだ。


 間合いに注意! とリンは自分に強く言い聞かせて攻撃に転ずる。一足飛びで近付き、同時にライルが想定外にも回し蹴りのモーションに入った。地に突き刺さった斧槍の柄を持ったままで右足を大きく振り回す。


 キックはリンの頭部を狙ったものだ。少し屈めば容易く避けられる。


 リンはショートレンジを保つために背中を丸めるのみで回避し――思考と身体が固まってしまった。


 回し蹴りはフェイントだった。いや、そもそも今の行動は攻撃でないのかもしれない。


 いつの間にか。斧槍の刃がライルの頭上にある。回し蹴りの最中に拾い上げていたようだ。


 ライルは柄を短く持っている。間合いは完璧だ。このままでは間違いない。死ぬ。


 止まれ! とリンは強く念じながら渾身のレフトフックを脇腹に入れる。殴打の感触は人間にするのと大差ない。ただし耐久力は大違いのようで骨の一本も砕けた様子がなかった。


 一番の問題はライルが盛大に息を吐きだしたのみで倒れなかったことだ。間に合わないと思いつつもリンは最大限の力を足腰に込める。予想に違わず。行動は相手の方が先だ。


鋭き月ルナーレイ!」


 死神の鎌が下される直前、メルの力強い声が響き渡った。


 数瞬の内に矢ほどもある四条の太い光が後方から飛来し、腹部を三箇所も貫いたことでライルの攻撃が中断される。


 好機。リンは素早く間合いを調整し、追撃のために力強く踏み込む。


 しかし拳を振りぬく前にライルが獣のような呻き声を上げて大きく後退した。


 今のはメルが死霊の撃墜に使っていた魔術だ。きっとリンのために魔法の詠唱を中止したのだろう。無詠唱で発動してくれるのはとても心強いが、如何せん威力は甚だしく心許ない。


 ライルは血を滴らせながらも平然と佇み、ふざけたことにメルの与えた傷が秒刻みで治っていく。鋭き月で穿った跡は僅か5秒足らずで塞がってしまった。


「もういっちょ!」


 再び光の矢が放たれる。が、ほぼ同時にライルは真横に跳ねた。今回は掠ってもいない。


「このスピードでもやっぱフェイントを入れないと一発すら当たんないんね。道理でリンが二回も死にかけるわけよ。手加減前提の魔法を唱えてる場合じゃないみたい」


 同感だ。とはいえメルが全力を出すのはライルの死を意味する。その救済すべき相手はなぜか攻撃を再開しないため、リンは怪訝に思いつつもメルの隣まで跳躍した。


「でもどうにかして助けないと……」


「勘違いっすわ。あれを見んさい」


 メルの視線の先に突破口があった。一箇所のみ鋭き月の傷が癒えていない場所がある。右の脇腹だ。直前にリンが全力で殴った場所である。


「襲ってこないのはダメージが存外に大きいからと見た。要するに治療中ってわけ」


「……今が仕留めるチャンス?」


「一対一で勝てるんなら止めないわよん」


 無理だ。佇むライルに隙はない。仕掛けても過去2回の攻防と同じ結果になる。


「あたしがあの動きに付いてけない時点で魔法の詠唱は無意味に等しい。それが今の間によく分かったんよ。比べてリンのパンチは効果的だって保証されたし、魔法や魔術と比べて手加減の幅が広い上に命中率も高い。ここは役割分担をハッキリさせとくべきじゃない?」


 異論などない。状況の判断力はメルの方が遙かに優れていると理解している。


「私が前衛でメルが後衛。メルの魔術で隙を誘って、私がそこを衝けばいいのね?」


「うい。基本はカウンターになっけどね。魔術を撃っても避けられるだけだしさ」


 言い終わるとメルは自らの作戦に反して魔法の詠唱を始める。説明なしでも広場から近付きつつある不死者の対策だと分かったが、発動することなくメルは口の動きを止めた。


 間延びした咆吼が広場の方から届いたからだ。目を向けるとシャボン玉に乗った少女の姿が見当たる。まもなくメルが狙っていた不死者の群れは愚かな火によって無に帰った。


 これで邪魔者はいない。そう思った矢先にライルが構えた。脇腹の傷は完治している。


 ライルは躊躇いなく踏み込み、リンも相手に合わせて両足に力を込めた。


霊蝶の戯曲ホーリーネスウィング!」


 同時にメルが支援に適した魔術を放った。杖の先端から光の球体が6つ飛び出し、それらは即座に一対の羽を生やす。蝶を模した破壊の象徴達は悠然と宙を舞い、リンの跳躍を見計らってライルの方へと向かっていく。


 この魔術は回避不可能だ。6羽の霊蝶は術者の思惑に従って動く。そのことを知ってか知らずか、ライルは唐突にスピードを殺し、短く持った斧槍をリンのいない方向に振るった。


「なんそれ! 有り得ないってば!」


 リンはメルの抗議に共感せざるを得ない。信じ難いことにライルが飛び交う蝶を両断したのだ。霊蝶の突進は一羽のみでも鋼鉄の剣を容易くへし折ると言われるのに。


 見た目は普通の斧槍だ。特別な呪術が施してあるのかもしれないが、リンに課せられた使命はその解答を見つけ出すことではない。散った霊蝶が生み出した隙を衝くことにある。


 リンは瞬時に踏み込み、しっかりと腰の入った鉄拳を鳥人の鳩尾に叩き込んだ。ライルが多量の唾液を撒き散らしながら身体をくの字に曲げ、すると体勢を整えるために退くかと思いきや、仰け反った状態で右の拳を振り上げる。


 いちいち避けはしない。リンは斧槍を握ったライルの左手の甲を蹴飛ばす。


 が、目的の場所に当たらなかった。寸前でライルが斧槍ごと左手を挙げたからだ。


 リンのキックはライルの太股にヒットし、一瞬後に骨の砕けるような音がした。3羽の蝶が挙がった左手に連続で突撃したのだ。見ればライルの拳は血で真っ赤に染まっている。


 そんな状況でもライルは殴打を続けようとしたが、リンが蹴り付けた場所に他の霊蝶が近付いていくと後方に跳びつつ魔力の塊を断った。大した判断力だ。回避か迎撃の一方でも忘れていたらリンが追撃を入れていた。


 しかし追撃の権限を持っているのは前衛のみではない。


「鋭き月!」


 絶妙のタイミングだ。四条の光はライルの着地を狙い澄ますように突き進み、


「だから! なんで避けれんのよ!」


 一発も被弾しない。ライルは着地してすぐに横っ跳び。一条のみ避けきれなかったものの、それは斧槍の刃で見事に防いでいる。リンの脳裏にある予想がちらついた。


「きっと学習してるのよ! 同じ魔術は二度と通用しないと考えるべきかも!」


 体勢を立て直されては厄介だ。リンはライルとの間合いを一気に詰めるが、リーチの差が厳しすぎる。素手の追撃と斧槍の迎撃では後者が何十倍も有利だ。


 と言っても左手を砕かれ、片足も負傷したライルの攻撃はやや速さに欠けている。

 

 迎撃に対する回避は容易い。だが追撃を当てるのは非常に困難だった。小回りが利かないはずの斧槍をライルは器用にも盾として扱うのだ。パンチもキックも全く当たらない。避けられ、或いは斧槍で払われてしまう。


 やがてメルが再び霊蝶を生み出したが、どうやら予想が的中していたらしい。ライルはリンの攻撃を捌きながらすべての蝶を斬り伏せてしまった。一度も被弾せずに。


「憎たらしいなぁ! OK! とっておきを使っちゃう! リン! 援護をよろ!」


 続け様に魔術を回避されたのが気に食わなかったと見える。メルが柳眉を逆立てながら詠唱を始めた。


 リンは気が気でない。メルが紡いでいる呪文は聞いたことのないものだった。


 十中八九で魔法だ。リンは逃げ出したい衝動に駆られつつも、懸命にメルの真意を読み解いてみせる。


 きっとメルはライルを屠るつもりで魔法を詠唱しているのではない。なぜならメルはを指示したからだ。リンが魔法の巻き添えになる公算は限りなく小さい。


 ならばリンが取るべき行動は決まっている。攻撃など当たらずともよい。とにかくライルの治癒行為をひたすらに妨害し、間違ってもメルの元に行かせないよう注意を払うのみだ。


 手は緩めない。膨大な運動量によって汗みずくとなってもリンは決して手足を止めたりしない。メルの纏う魔力が冷気を帯びても。独白のような詠唱が終わるまでは。


「覚悟しんさい!」


 なぜかメルは二人の近くに寄ってくる。斧槍の間合いの外ではあるが、危険なことに変わりはない。


 しかし問いを投げる時間はなかった。いち早くメルが青く光った杖を振る。


人魚の雫マーメイドティアーズ!」


 不覚にもリンの身体が強張った。それほどにメルが纏った魔力の量は凄まじい。


 動きを止めたのはライルも同じだった。リンと交戦中にも拘わらず呆然とメルの方を向いている。いや、メルが生み出した大きな水の塊を、畏怖するかのように凝視していた。


 ドスン! と久々にリンの拳がライルの脇腹に突き刺さる。


 なのにライルはどうしても水玉が気になるらしい。リンの攻撃に散漫な集中力で応じ、先程までが嘘のように次々と打撃が決まっていく。


 腹部を中心に7発も入れてやればさすがの罪深き鷹も膝が笑い始めた。


「実は効果なっしん! 膨大な魔力を使うけど飲み水を作るだけの魔法なのだ!」


 見かけ倒しにも程がある。だが魔力に敏感な相手には効果覿面だったようだ。リンでも背筋が冷たくなるほどの力を感じたのだから、ライルは危険性を感じずにいられないのだろう。


 これぞ好機とばかりにリンはライトフックをライルの顎に入れ、続けて左の鉄拳もプレゼントする。脳震盪を起こしたのか、鳥人の足がぐらりと揺れた。


 チェックメイト。


 リンはライルの肩ほどに跳び上がると側頭部に向かってキックを――、


「ぐあぁあぁあ!」


 突然の叫び声に驚いてそのまま着地してしまった。


 今のは人間の声だった。もしや。


 と思ったのが失敗だ。ライルは斧槍を勢いよく振り上げ、


平原の濁流ウォーターアサルト!」


 メルが樫の杖を人魚の雫に叩き付けた。飲み水の塊はいとも容易く弾け飛び、小型の弾丸となって鳥人に向かっていく。


 無数の凶器はそのすべてが命中。ライルは斧槍を残して紙くずのように後方へと吹っ飛ぶ。しぶといことに気を失ってはいないようだった。


 その証拠にライルが蹈鞴を踏むようにして着地した。先程の場所から十数歩も離れた位置だが、リンはもう眼前にいる。次で確実に仕留めるためにハイキックの姿勢に入った。


 本当に手強い。ライルは瞬時に頭を低くした。が、それもリンの計算の内だ。


「テイル!」


 身体を捻る直前、リンのお尻に極太の尻尾が出現した。


 ハイキックは避けられ、だが身体の回転に伴って尻尾もぐるんと回って――直撃!


 遠心力を容赦ないほど乗せた尻尾が屈んだライルを完璧に捉え、さながら砲弾のように吹き飛ばした。


 ライルは真横にあった住居の側壁に叩き付けられ、崩壊するのではと案ずるほど石造りの壁に大きなヒビが入ったが、ようやく鳥人が機敏な動きを止めることになる。


「……殺してないっすよね?」


 メルがいつの間にやら浮いている。二人が不安がって見つめていると、期待に応えるかのようにライルの姿が変貌を始めた。本来の、人間の姿へと戻っていく。


 二人で横たわったライルに近付き、メルが恐る恐ると言った感じで彼の口に手を寄せた。


「呼吸してんね」


 くはぁ、とリンは安堵の息を盛大に吐く。


 めちゃくちゃ疲れた。こんなに神経を磨り減らした戦闘は初めてだ。格上相手に手加減を強いられるような戦いはもう二度としたくない。


 前髪を払うと汗の粒が飛んでいった。額の汗が垂れてきたから反射的に左手の袖を近づけたが、その布もびしょびしょに濡れていると気付いて苦笑い。衣服どころかブラもショーツもびっしょりだ。


 あぁ。シャワーを浴びたい。というかもう寝たい。でもその前に生ハムたべたい。


 と、願望を並べ終えたところで一呼吸。油断大敵。今はまだ作戦行動中だ。


 今はまだ戦術的勝利を収めたに過ぎない。勝って兜の緒を締めよだ。

 

「魂魄暴走中に受けた傷は呪術師に反映されないんかね。主立った外傷はないけど」


 メルの言う通りライルの身体は無傷だった。砕いた左手も綺麗な紅葉の形に戻っているし、衣服や皮膚などに多量の血液が付着しているものの、あれほど殴る蹴るを行ったのに筋肉質の上半身には痣一つ見当たらない。身体の内部が損傷していない保証は全くないが。


「一応は治癒を施した方が良いのかしら?」


「ふみ。でも治癒の魔術は外傷しか治せないし、呪術だと怪我の場所や程度次第で必要な秘薬が変わるから現状では施しようがないし、魔法なら効果があるかもだけどあたしは使えないんよ。無色の御霊は治癒系の魔法と相性が悪いみたいで中位呪体化でも不発に終わったんよね」


 ならばお手上げだ。さすがに魂魄暴走を目の当たりにした直後に高位呪体化を試せとは言えない。


「ブラコンなら低位で使えるはずだし、見たことないけどクロスケも中位で使えるみたい。だからライルのことはあの白黒コンビに任したらいいかと」


 リンは首肯し、自分の命を顧みない正義漢を改めて見てみる。


 濃い茶色の髪は前後も左右も伸びに伸び、あごの無精髭もそこそこ長いのでパッと見た感じでは浮浪者のようだが、口髭の方は完全に剃ってあるため故意に伸ばしているのだと分かった。背はジェノと同等くらい。体格はライルが勝っている。斧槍を得物とするのも頷けるような筋骨隆々の青年だった。


「あたしも雑魚の掃討を手伝おっかな」


 メルが空を仰いでいる。視線を追ってみると笑えないものが見えた。建物の二階の窓際に夫婦と思しき男女と子供の姿がある。


 本当にいたらしい。ジェノが懸念していた逃げ遅れが。


「これであたしらが噂を広める必要はなくなったわよん。カンガルー娘の奮闘ぶりはじっくりと見てたっぽいしさ。連中が行く先々で饒舌に語ってくれるっしょ」


 言うだけ言ってメルがリンの反応も待たずに広場の方に飛んでいく。元気だなぁ、と思いながらリンは疲労の溜まった肩を軽く叩き、しばらくして気付いた。


 体よく押し付けられてしまった。失神中のライルや逃げ遅れの家族を。


「まあいっか。疲れてるし」


 リンは嘆息すると、呪体化を解かずに尻尾だけは消してその場に座り込んだ。心配げな様子の家族に手を振ることで顔に滲んだ不安感を払拭してあげる。


 そしてリンは思ってしまった。


 あの時の自分も無茶をせずに強者の登場を待つべきだったのかもしれない。


 青呪術師の称号に責任感なんかを覚えず、子供は子供だと自覚して家にでも閉じ籠もっていた方が良かったのだ。

 

 そうすれば。きっとお母さんの呪いも……。

 

 今さら悔いても後の祭だ。そう思いつつもリンは俯いてしまう。

 

 迂闊だった自分が憎くて堪らない。例えそれが無知な子供時代のことでも。

 

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