青々

 前方には雲一つない青い空。左に見えるは国内最大の青い湖。


 そして手鏡があれば自分の青い顔を拝めるに違いない。見事な青々とした世界にリンは心までもブルーになる。


 大丈夫じゃない。ノアの問いを予感したリンは先に心中で答えておく。


「リン、大丈夫かい?」


「こいつ。無遠慮な速度でぶっ飛ばしときながらいけしゃあしゃあと言いやがって」


 メルが素晴らしい完成度でリンの心情を代弁してくれた。このぐったりとした顔が目に入らぬか。頬ずりも容易い距離にあるというのに。


「ともあれ話が違くない? ざっと見ても二千以上はいるっしょ、これは」


 だね、と同意したノアはメルの一つ前の発言に対して何か言いたげだったが、


「発生場所は地下墓地だよね。死霊使いネクロマンサーの仕業という可能性は?」


「どうかなぁ。魔力量が豊富な青呪術師でも同時に操れる不死者の数は百前後なんよね。可能性の話なら、仲良しの死霊使い達が不死者作成大会を開いてるとか、見習いが実験で作成しては操作権を放棄してるってのもあるっちゃあるけどねぇ」


「となると願意石プレイストーン、いや、この規模だと熾天石セラフストーンか、模造熾天使セラフィックスタチュー模造堕天使デモニックスタチューの公算が大きいか」


 反射的にリンは顔を上げた。模造熾天使はどんな呪いでも打ち消せると言われる神秘の女神像である。その力は絶大で像の片腕ですらあらゆる秘薬の代用品として機能するらしい。ただし解呪の効果を持つのは純白の像に限られ、漆黒の像は模造堕天使と言って悪魔の召喚や魔界の開門などに使われる。前者は百年、後者は50年に一度しか歴史書に登場しない秘宝中の秘宝だ。


「石像系の線はないっしょ。それよかあたしの同類の確率の方がよっぽど高いんじゃないかなぁ。無色の御霊クリスタルファントムで魂魄暴走を起こせば万に近い不死者でも操れるし」


 メルの話を聞きながらリンは改めてイグノの様子を確認する。山間に作られた村落の敷地は二千足らずの人口の割にとても広範囲で、普段なら草木の緑や地面の茶が目立つはずだが、今は無数の不死者が蠢いているせいでどこもかしこも白い。


 ただ一箇所のみ例外がある。中央の広場らしき空間にやたらと動き回る黒っぽい豆粒が存在し、それが素早く移動するたびに周囲の白い物体が吹っ飛んでいる。


「大鷹の姿って聞いたけど。見事なまでに地べたで戦ってんね。仮にも鳥のくせに猪突猛進が過ぎるっしょ。敵が地上にいるから当然っちゃ当然だけどさ」


「高位呪体化を維持してるのかもしれないよ。或いは飛べないタイプとか」


「いやいや後者はないってば。ニワトリやペンギンじゃあるまいしさ」


「僕は翼のない大鷹を想像してた訳だけど。兎にも角にも近場の森にでも――」


「ひゃっ!」


 リンは情けなくも叫び声を上げ、ノアをぎゅっと抱きしめてしまった。


 ノアと同等の、しかし禍々しい印象を微塵も感じさせない気配が真下に発生したのだ。


「この尋常じゃない強さの魔力はブラコンのリフィスマーチよね?」


 途端にメルの雰囲気から余裕がなくなった。愕然と地上を見下ろして、


「いくら数が多いからってブラコンは雑魚を相手にいちいち呪体化するような奴じゃない。まさか正義の傭兵を退治しに来てるのかな……」


 その可能性は濃厚だ。教会は魂魄暴走を起こした者を人間と認めず、司教以上の役職で呪術師の資格を持った者には、それらを発見した場合は問答無用で駆除せよ、と指示していると聞く。


 対象が我に返る確率と周辺が被る損害を考慮すればやむを得ない話だ。例の傭兵も呪術師の端くれなら高位呪体化のリスクを理解しているはずで、最悪の事態を承知した上で試みたのだから何をされても文句は言えないのである。


 だが。そんなの無情すぎる。


「ジェノならそこら辺の事情を察して手加減するとか……」


 ないっすね、とメルが即座に断言した。


「仮にも大司教かつ前大司教の息子だかんね。基本的にブラコンが規則にルーズなのは知人が相手の時だけなんよ。でも、ノアはどう読む?」


 今になって気付いた。ノアは至って平静だ。これっぽっちも緊張感を窺えない。


「呪体化したのは間違いなく傭兵を倒すためじゃないね。だって兄さんの位置は村の外だ。戦闘以外の目的で呪体化したと考えるべきじゃないかな?」


「そっか。今のあんたも戦闘じゃなくて飛行が目的で呪体化してるもんね。で? ズバリ何の目的でブラコンは莫大な魔力を解放しちゃってるわけ?」


 ノアは目尻を下げて断言する。


「兄さんは僕達に降りてこいと言ってるのさ。上空のアルトの魔力を感知してね」


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