出立

 一部の例外を除いて呪術師の実力は保有する魂に左右されると言われる。


 12の若さで青呪術師の称号を獲得し、有頂天になっていたメルは自己の力をさらに高めるため、魔法師の墓と呼ばれる王族以外立入禁止の遺跡に侵入したらしい。


「そら忍び込むっしょ! だって魔術師の墓じゃないんよ? 魔法師なんよ? 魔法の行使を可能とするような激レア魂が彷徨ってるかもしんないじゃん!」


 メルは当時の興奮を知らしめるかのように力説している。現在の着衣はノアと同じ漆黒のワンピースだ。


 黒い衣服には魔力の流れを円滑にする効果があると聞くが、ポニーテールにした茶髪は真っ赤なリボンで装飾され、湯浴みの後に変えた下着も全く以て黒くない。他色の衣服が多くあった点からもなんとなくで選んだものだと思われる。


 場所は変わってリンの宿泊室だ。既にリンも白い普段着に着替え、ベッドの縁に腰掛けながら天井に視線を向けている。そこに空中で胡座を掻いたメルがいるからだ。


「でも浅はかというか、見事に墓穴を掘っちゃったのね。場所が場所だけに」


 厳しい感想を述べつつもリンはメルから目を離せないでいる。


 信じられない。浮遊の魔術は条件次第でリンも使えるが、メルの空中での移動速度は飛行の領域にある。


 魔法だ。メルは西風の加護ゼファーズブレッシングと呼称している。


 魔術の浮動フロートと違って発動中の自由度は地上にいるとき以上で、注ぎ込む魔力の量によっては鳥よりも速く飛べるらしい。


「うい。当時のあたしってば若かったかんね。物事に対する推量が浅すぎたんよ」


 今でも充分に若い少女は姿勢を変えずに旋回しながら、


無色の御霊クリスタルファントムが激レアなのは事実だし、低位呪体化ファーストトランスで魔力の総量が十倍以上に膨らむのは反則も反則だけどさ。街中で魔法を披露しても賞賛の言葉は一つも飛ばないわけでして……」


「そういえば声や影も認識不可能みたいね。必然的に魔法もそうなるのかしら」


 要するに森の中で傭兵達を吹っ飛ばしたのはメルの仕業ということだ。その方法が魔術であれ魔法であれ、少なからず勇者様による音速の剣術や魔法の行使はなかったようである。


「でも後悔はしてないんよ。この呪いを解く方法は判明してないし、孤独に耐えられなくて自殺を考えたこともあったけどさ。一応はクロスケが発見してくれたし」


 メルは柔和に微笑む。恋する少女のような、どこか恥じらいを含んだ優しい顔だ。


「……あれ? 秘宝の効果で発見されたのは想定外だったのよね?」


 そうよん、とメルが即答した。リンは頭上に疑問符を浮かべて、


「昨晩の出来事を思い返すとジェノやアリスもメルを認識してたのは明らかだわ。あの三人はどうして見えるの? 特に第一発見者のノアはどうしてメルの存在に気付いたのかしら」


「偏に保有してる魂のお陰よん。リンも巧妙な猫の獲得を契機に身体能力がそこそこ上がったっしょ? 同じように認識力が著しく向上する魂もあるわけ」


 ふと思う。ノアの所有する、恐らくは魔王の討伐に一役買った魂はどんなものなのか。


「とにかくリンも他言しちゃダメだかんね。組合と連合はあたしが遺跡に侵入した件を王族に報告してないからさ。糾弾のついでに無理な要求を突き付けられるかもしんないし」


 質問のタイミングを逸してしまった。気になるが、問うのは今でなくても良い。


 リンは素直に頷き、思い切って先延ばしにしていた話題を振ってみる。


「本来ならノアに尋ねるべきだけれど。私が二人の旅に付き添うのは可能かしら?」


「……不可能じゃないけどねぇ」


 一転してメルの表情が曇った。音もなくリンの眼前まで降りてくる。


「あたしも提案したんよ。見られる公算が小さいとはいえノアの宿泊室であたしの洗濯物を干すのは色んな意味で危ういし、リンがいれば教会の過激派もアホみたいな真似を止めるはずじゃん?」


「……でもダメだったみたいね」


「うい。リンのママの件を気にしてるみたいでさ」


 予想外の理由だった。リンは眉を顰める。


「現場にいたジェノならともかく、ノアが気に掛ける理由はなくない? まさか。もっと早く魔王を倒してれば、とか思ってるの?」


 だとしたら大間違いだ。そもそも魔王に挑むべきは13歳の少年でなく、各国を治める王族だったのだ。ノアは賞賛こそされても非難される道理がない。


 が、それはリンの早合点に過ぎない。メルは想像だにしなかったことを言った。


「逆よん」


 逆? とリンは思わず聞き返した。逆の意味が分からない。


「もっと遅く倒してれば、んー、違うか。ぶっちゃけノアは魔王を倒さなければ良かったって思ってんの」


 言葉を失った。そしてリンは思い出す。自分は世界を救っていないと呟いた勇者の表情を。


「リンはさ。前回の聖戦についてどんだけのことを知ってんの?」


「一般常識の範囲でしか知らないわ。魔王と呼ばれる強力な魔物が現れたのは前回で5回目とか。それが今から7年前とか。出現の4年後にノアが3人の青呪術師を率いて倒したとか。魔王の消滅と共に魔物の目撃例が激減したとか。大まかに言えばこんな感じかな」


「最後のはちょっとだけ違うわねん。魔王の死を機に魔界に繋がる門が閉じたから魔物の絶対数が減ったわけ」


 では本題、とメルは淡々とした声で言った。


「魔王は4年も世界を支配してた。その間に出た犠牲者の数を当ててみんさい」


「……大雑把にしか答えられないかも」


「うい。あたしも正確な数は知んないし」


 大まかで良いなら、とリンは思案に暮れてみる。


 7年前の世界人口は約20億。聖戦中に滅びた国の総数は全体の2割くらいのはずだ。しかし国にも大小があるので単純計算で4億とはならない。壊滅寸前の国を多めに見積もって概算すると、


「世界人口の5%くらいかな? 約1億?」


「残念。約五百万でした」


 聞き間違えたと思った。いくら何でも少なすぎる。だがメルは訂正をしない。


「しかも犠牲者の8割以上が魔王の出現した年ってお話よん」


「……嘘でしょ? 百万以上の軍人を抱える強国が八つも滅びてるのよ?」


「リンは思ったよりおバカさんなんすね」


 メルはリンの主張を冷たく一蹴した。怜悧な顔付きを見せて、


「国が滅びる条件を思い浮かべてみんさい」


 一瞬で頭が冷えた。軍人の全滅と国の消滅は全くの別物だ。


「国の統治者とその後継者、王国で言うと王族が滅びれば国も滅びるわけよ。状況的に王位目的の内紛は絶対に起こんないしさ。だってそうっしょ? 王位を継ぐのは魔王に再戦を求めるのに等しい行為よん。真っ先に自分を殺してくださいって頼み込むようなもんだしねぇ」


「でも五百万は少なすぎない?」


「それは偏に魔王の知略が人間じみてたせいっすわ」


 またも意味が分からない。今回のリンは沈黙で応じてみせる。


「第五の魔王は随分と人間味が強かったみたいでさ。基本的に白旗を揚げた国は強い魔物に監視させるだけで終わらせたし、国を制圧しても配下に略奪の許可を出さなかった。逆に王家が蓄えてた資産や食料を国民に配ったとか、王族の命も無闇に奪わなかったとかってお話」


 リンは複雑な心境だ。何せメルの情報は非常に信憑性が高い。魔王はフェインを拠点としていたが、呪術師試験は普通に行われていたし、魔物に襲われることはあっても、集落が壊滅しただの占拠されただのと言った噂を聞いたことはない気がする。


「降伏した王族を襲う魔物はいなかったみたいだけど、魔王側も一枚岩じゃなかったからリンの故郷みたいな例は少なからずあった。でもそん時は一部の強者が撃退するか、魔王の派遣した強力な魔物が粛正してたって噂よん。結論を言えば魔王は良き統治者だったわけ」


「ひょっとして多くの国で王族以上の評価を得てたの?」


「うい。国民は俺様のために働いて金を貢げ。兵士は俺様のために戦って死ね。美人は俺様のために嫁いで跡継ぎを産め。どんな名君であっても極論で言えば王族の在り方はそんな感じっしょ。食っちゃ寝一族の弔い合戦なんか誰もしないわけよね」


「否定はしないけれど――」


 唐突に理解した。リンは思わず胸に手を押し当てる。息が、苦しい。


「察しちゃった? あたしの言いたいことやノアが悔いてる理由を」


 リンは小さく頷く。酷い。ふざけている。泣きたくなるほど残酷な結論が出てしまった。


「フェイン王国が国境の門を閉ざしてる理由をリンは知ってる?」


「……隣国が戦争してるから」


「正解。戦火や難民を国内に入れないための処置っすね。そこで次の問いよん」


 心音が途端に鈍くなった。メルの問いは余りにも呪われている。


「魔王が滅びて3年くらい経ったけどさ。その間に出た犠牲者の数を当てられる?」


 手が震えた。暑くもないのに額は汗で塗れている。


「魔王の出現前も戦争は多かったけどさ。当時の比じゃないっす。だってどこも聖戦のせいで疲弊してたし、攻め込めば楽に落とせる国なんていくらでもあったわけ。そこで生存した各国の王が一斉に名乗りを上げたんよ。我こそが魔王の次に世界を統べる王だってね」


「……3年間の被害者数は?」


「リンが最初に言ったくらいかしらん」


 溜息も吐けない。僅か3年で魔王がいた時の20倍もの犠牲者が出たというのか。


「でも。今の話と私のお母さんに何の関係があるの? 魔王の政治が悪くなかったのは当時に見た各集落の様子を思い出すと納得がいくけれど。私や村人にしてみればノアは立派な英雄だわ。魔物に襲われた他の村人達もきっとそう思ってるはずよ」


「中途半端に察しが悪いわねん。じゃあ尋ねよっか。なんで一人旅してんの?」


 首を捻りたくなる質問だ。何を今さら、と思いつつもリンは答える。


「お母さんの呪いを解くためよ」


「なんで6年が経っても解けてないん?」


「それは。私の出来が悪いというか」


「違うっしょ。秘薬を得るための魔物が見つかんないからっしょ」


「運が悪いのは認めるわ」


 運? とメルは鼻で笑った。勘違いも甚だしいと言った目付きでリンを見つめ、


「魔王が生存してたら宝石塗れだって既に見つかってたんでは?」


 リンは愕然とした。そうだ。メルも言っていたではないか。


「魔王の死を機に魔物の数が激減してしまった。これが宝石塗れを見つけらんない一番の理由っしょ。リンだって宝石塗れの目撃件数については調べたんじゃないん?」


 リンは頷くことしかできない。この3年間で宝石塗れの目撃例は1件もないが、魔王の存命中は半年に2回以上も出現の記録が残っている。否めない。メルの見解は正しすぎる。


「理解した? 魔王の消滅がもっと遅かったらリンのママはもう治ってたかもしんないの。未公開の解呪本も混乱に乗じてブラコンが盗み見れた可能性は濃いしさ」


 今の意見も的を射ている。当時のジェノは国の守護神と呼ばれ、国民を魔物から守るために奔走していた。状況次第で解呪本の保管場所に潜入するのも容易かったと考えられる。


 リンは不覚にも思ってしまった。もう1年ほど魔王が延命していれば――、


「でも保証はない」


 見上げればメルがまたも天井付近で旋回している。


「多くの人が魔王を受け入れてたのは間違いない事実と言える。魔物が村を襲うなんて話は大昔からあることだし、人間同士の争いが中止されたのも大きいかんね」


 だけど、とメルは胸を張って言った。


「あたしの読みでは保っても半年だった。だって教会が言うにこの世界は神々が創りし聖地だし、いつまでも魔王の支配を許すはずないっしょ。事実として第二と第四の魔王は教会を主力とした各組織や各国の連合軍によって滅ぼされてるしさ。ノアが先陣を切らなくても近い内に偉ぶりたい王族貴族が自分勝手に拳を振り上げてたに違いないっすわ」


 尤もな話だ。過去の聖戦に関しては疎いのだが、言われてみればその通りだとリンは思う。


 それにしても情けない。この年下の少女の方がよっぽど先見に長けているようだ。


「でもブラコンの説では一か月の猶予だったみたい。歴史書では少数精鋭の部隊で魔王を倒したことになってるけどさ。ノア達の本当の任務は偵察だったらしいんよ」


「え? 魔王の力量や魔王軍の戦力を探るついでに倒しちゃったってこと?」


「うい。本当は偵察後に数百万の大軍で攻め込む予定だったんだってさ」


 寝耳に水にも程がある。リンは作戦責任者の心情を思わず察してしまった。


「魔王は最強の魔物の代名詞なのに、第五の魔王は思いのほか弱かったのね」


「ノー。ブラコン曰くノアが不在なら億単位の呪術師が集まっても敗北したに違いなかったらしいわよん。世界中の翼竜ワイバーンと乱戦する方がマシって言ってたし。文句のなしの最強っすね」


 リンはメルの反論に一握の違和感を覚えた。戦局の行方がノア次第というのはおかしい。


「他に倒せる人もいたはずよ。ノア以上に強い人もいるってジェノが言ってたもの」


 いるわよん、とメルはあっさりと告げた。


「ブラコンの実力はクロスケを凌ぐから」


 ドキリとした。直後にリンは察する。ジェノは教会からノアの暗殺を命じられる可能性を懸念し、最悪の事態を回避するためにリンの同行を提案したのかもしれない。


「箝口令のせいで詳しくは分かんないけどね。ひょっとすると魔王を倒したのはブラコンなのかも。あの2人が魔王に挑んだのもアレックス・ハミルトンの仇討ちが目的だしさ」


「ジェノは養子だから実子のノアに仇討ちの実績を譲ったのかもってこと?」


「うい。でもノアは良しとしなかったわけ。だから教会を飛び出して、魔王退治の名誉をブラコンに返したってあたしは考えてる。真実は教えてくんないけどさ」


「でも倒したのがノアじゃないなら腐敗化の件を気に病む理由に矛盾が生じない?」


「仇討ちを持ち掛けたのがノアだったのかも。元を正せば僕が悪い、みたいな?」


 とにかく、とメルはリンを置き去りにして結論に入ってしまう。


「兄弟が魔王を倒して正解だったのは確実。大軍を率いて侵攻した結果、魔王が激怒して人間が絶滅しかけるストーリーもブラコンの話では有り得たみたいだしさ」


 なぜ有り得るのか。リンはやはり疑問を感じる。そうなれば世界人口の半数が不幸に遭っても不思議ではないものの、絶滅の話が出る前にノアかジェノが倒していたと思うのだ。


 或いは当時の状況でしか倒せなかった理由でもあるのだろうか。その手の公算は大きいが、肝心の理由は雨粒ほどの見当も付かない。――ふと叩扉の音が部屋に響く。


「ノアだけど。ちょっといいかな?」


 メルに視線を投げてみる。丁寧にも顔に書いてあった。よくない。追い返せ。


「話なら朝食の席まで待ってくれると助かるかな」


「んー。悪いんだけど。実は捜しものがあってさ」


「む? 受け取った棺桶袋の中に貴重品は」


 理解するのと同時に言葉が詰まった。リンは再びメルを見つめる。こいつか!


 端から自覚はあったらしい。メルは観念したようにジェスチャーで許可を示した。


「OK。ついでに乾いた洗濯物を渡そうかな。どうぞ入ってくださいな」


 一言の礼の後にノアが入ってきた。感嘆に値する。メルを見るのは一瞬のみ。以降はリンに視点を定めて自然な動きで近寄ってくる。本当に優秀だ。


「ふぅ。心なしか蒸し暑いね。換気しない?」


 手を団扇にしながらノアは問うた。リンが願いを受け入れる前に、


「窓を開けてもあたしは出ていかないわよん」


 メルが冷たくあしらった。途端にノアは足の動きを止める。


「支度ができてるのなら朝食に行くのもアリかな。昨晩のお詫びに生ハムをご馳走するよ」


「ばーか。そんなので釣られると思ったら大間違いだっての」


 メルに舌を出されてもノアの表情に然したる変化はない。大したものだが全く以て無駄な努力だ。後々の関係を思えば早々に認識の件を伝えるべきだとリンは考え、


「あんたさ。何してんの? 女が部屋に入れた挙句、ベッドで待ってんのに」


 行動はメルの方が早かった。微風のようにノアの背後に忍び寄ると耳元でそっと誘惑する。


「ほらほら。押し倒しちゃいなさいよ。リンリンもきっと待ってるわよん?」


 誰がリンリンだ。心中で毒づくリンを余所にノアの頬が赤々と染まっていく。


 お陰で謎が解けた。昨晩にも見つめ合うのみで赤面することが数回あったが、あの時もこうしてメルがアホらしい提案をしていたに違いない。リンは思春期の少年に強く同情しながら、


「真に受けないようにね。押し倒すのならメルの方にしといて」


 ノアの顔色が一瞬で元に戻った。リン。メル。リンと交互に仏頂面で一瞥して、


「なぜ?」


「クロスケらしい実に簡素な質問っすね。もっと慌てないと面白くないっての。リンが気を利かせてもう2時間くらい知らないフリをしてくれたら良い塩梅だったのに」


「気を利かせたからこその暴露です。しかも2時間とか長すぎるし」


 メルとリンは軽い調子で言葉を交わすが、ノアの雰囲気は重くなる一方だ。


「冗談を言ってる場合じゃないよ。これは非常に由々しい問題だ。兄さんの意見を求めたいけど、もう出立しちゃったし。……ひょっとして兄さんはこの事態を予見してたのか?」


 リンとメルは顔を見合わせた。どういうこと? と双方の面に書いてある。


「さっき頼まれたのさ。リンを旅の連れにするようにね。大凡の理由も聞いたよ。兄さんが僕の所持秘薬をしばしばチェックしてたことについても」


「腐敗化の件を口止めした憶えはないのだけれど」


「分かってるよ。黙ってた理由にも見当は付いてるからね。他にも」


 ごほん、とノアは小さく咳払いして、


「旅の件に関しては昨晩に私が提案したのだが、ああ見えてリンの性格は慎重を通り越してトロいのでな。お前の方から誘ってやってくれ」


 厳格な性格診断がチキンハートにグサリと刺さった。言われずとも分かる。ジェノを真似ているのだろう。リンは傷心もそこそこに問うてみる。


「ちなみにノアの返事は?」


「手助けしたいのは山々だけどメルのことを露呈する訳にいかない。かと言って旅の連れにいつまで隠し通せるかも分からない。簡単には応じられないよ」


「……メルの件は露見しちゃってますが」


「だね。お陰で兄さんの破天荒な提案を実行せずに済むし、女の子用の服や下着を買う時に周囲から白い目で見られることもなくなる訳だ」


「それはつまり……?」


「見えない女の子との二人旅はかなりの心労を伴ってね。だから本当に、心底、いや魂の根底から歓迎するよ。どうぞよろしく」


「なんそれ。あたしと二人じゃ不満なわけ?」


 歓迎しすぎだっての、とメルがふて腐れて背を向けたが、差し出されたノアの手をリンは感謝しながら握った。嬉しさが滲むようにリンの表情が自然と柔らかくなっていく。


 また一歩。母親の呪いが解ける時に近付いたのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る