血ゲロのひとつも吐かされたことのない野郎がヒーローを名乗ろうなんておこがましいにもほどがある 剛
「っ!?」
その姿に、攻牙は見覚えがあった。今、一番出会いたくない男だ。
電動車椅子に乗る、規格外の巨漢。その顔は漆黒のロン毛に覆われてほとんど見えなかった。
ベルトとハーネスによってぎちぎちに縛り上げられた巨躯は、どこか倒錯した恐怖を抱かせる。
ただそこにいるだけで、場の中心を自分のところに引き寄せてしまう。そういう存在感を秘めた姿だった。
深く、重い沈黙が、あたりに垂れ込めた。
「ディ、ディルさん!」
ディルギスダーク。地方制圧軍序列第六位のバス停使い。内力操作の深奥を極めた男。
「んな……バカな……」
思わず、乾いた声でつぶやいた。
――なんでここに奴がいる!?
もちろん、攻牙がゲーム勝負に向けて自宅にゲーム機を取りに来るという予測は立たないことはない。でかい悪の組織なら攻牙の住所を調べ上げることも可能かもしれない。
――だけどそれだけでこのピンポイントすぎるエンカウントを説明するのは無理がねーか!?
ありえない、とまでは言わないが。攻牙はこの状況にどこかきな臭いものを感じる。
何か見落としているのではないか。焦燥まじりの疑惑が胸を騒がせる。
暗黒の巨漢は、おもむろに口枷を噛みしめ、頬を歪めた。
「――ク……ク……」
そして、かすかな駆動音とともに、車椅子が動き出す。
こちらに、近づいてくる。
攻牙と射美は、何も言えず立ちすくむ。
――そうだ。こいつがまっとうに格ゲーの勝負なんか挑むわけがないのだ。
ディルギスダークはゲームに思い入れなどない。公正な勝負など興味の埒外なのだろう。あのアホみたいな永久ループキャラを見ただけでわかる。こいつはゲーム全般を遠回しにバカにしているのだ。
邪魔できるところは徹底的に邪魔してくるに決まっているのである。
「おいおい……だからって練習すら許さねえってのはちょっと肝っ玉が小さすぎやしねえか?」
額に汗を浮かべながら、攻牙は挑戦的に哂う。
「――ク……クク……ク……」
空気が、変わった。
奴は唇をまくりあげ、乱喰い歯を剥き出しにして、
ぎちり。
と、笑みを浮かべた。頬は異形と化すまでに歪み、まるで口が耳まで裂けているかのようだった。
「――ク、き……き……」
巨大な喉仏が蠕動し、昆虫の羽音のような喘鳴を大気に刻む。
電動車椅子の前進は続く。ゆっくりと、ゆっくりと。
「う……」
攻牙と射美は、気圧されるように一歩退いた。
近づいてくる。近づいてくる。
「――クク、クカカッ……」
まるでディルギスダークを中心に空間が歪んでゆくかのような心地だった。
「は、ハッタリでごわすよ。ディルさんは見ての通り、一人じゃ階段を上がれないでごわす」
射美が小声で言う。
「でもホーミング八つ裂き光輪があるんじゃねーのか!?」
「それは飛んでくる時にでっかい音を立てるでごわす。今は近くにいないでごわすよ」
一理ある。
「――き……き……きき……!」
ディルギスダークの忍び笑いは、徐々にトーンが高くなっていった。
車椅子は近づいてくる。少しずつ、少しずつ。
「だけど……ならなんでこいつは笑っているんだ!?」
「わ、わかんないでごわすよぉ!」
黒い巨躯の中で、何かの内圧が高まっている。そんな予感に、攻牙と射美は精神をすり減らしていった。
恐怖が予感を呼び、予感が恐怖を呼ぶ。
「――ひひ……クク……ききき……ッ!」
車椅子が階段のすぐ前で止まった。
瞬間。臨界点。
ディルギスダークはいきなり全身の拘束具を引き千切って立ち上がった。
「――非ヒヒヒヒヒヒヒヒはハハッは母歯母覇母刃ハハハはぁーッハッハッハッハッハッハッハハッハhッハッハハハアーーーーーッッ!」」
口腔をカッと全開にし、異常な笑い声が爆発する。
「ひっ!?」
そのまま倒れ掛かるように四つんばいになると、蜘蛛を思わせる動作で階段を這い上がってきた。凄まじいスピードだった。
「ぎゃあああああああああああ!!!!」
じゃあなんで車椅子に乗ってたんだよ!!
わからない。なにもわからない。理解できない。
二人は恐怖に突き動かされ、階段を脱兎のごとく駆け上がっていった。
獣のような息遣いが、背後から迫ってくる。その事実が、冷静な判断力を奪ってゆく。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
涙目になりながら、二人は三階分の階段を一気に駆け上がり、こけつまろびつ廊下を走る。
だが、いつまでも続かない。
ほどなく二人は行き止まりに突き当たる。
「どどどっ、どどどどどうしよう攻ちゃん! 行き止まりでごわす! 袋小路実篤でごわすよ!」
「白樺派の作家かよ! くくくくだらねえこと言ってねえで早くバスを呼べ! 急げ早くハリー!」
「ここ三階でごわす~! マンション壊れちゃうでごわすよぉ!」
「――ヒヒへ経ぇーへへへはははーはーははーヒヒヒヒヒヒイイイイイイヘェエエエエエエエエキキキココカカカカカカカッッ!!」
異常な角度に曲げた四肢をカサカサと高速で動かして、ディルギスダークが肉薄する。もう完全に人間には見えなかった。タタリ神に見えた。
攻牙と射美は抱き合って顔を青くさせた。
息がかかるほどの至近距離。原形もとどめないほど歪んだ顔を突き出し、首を傾げた。
――もーダメだぁ!
二人は眼をぎゅっと閉じた。獣じみた呼気が、頬にまとわりついた。
――脳内有象無象ども! てめーらの意見を聞こう!
即座に脳みその各所から暖かいコメントが寄せられてきた。「奴の喉をかっ斬れ。当然ナイフは持っているな?」と大脳辺縁系在住の脳内暗殺者がつぶやき、「この距離であれば沈墜勁からの通天炮が有効だぞ」などと海馬在住の脳内武術家が嘯き、「君の遺族には十分な補償を約束しよう」と脳幹における本能のうねりを監視していた脳内陸軍士官は冷徹に丸眼鏡をクイッとやり、「攻牙……! お前一人を死なせはしない……!」と脳下垂体に巣食う脳内魔王と対峙していた脳内勇者は涙の決意を固め、「あーあーあー、これはあのー、あれだね、隣の……鋼原さん、だっけ? あのー、彼女のあれだ、イヤボーンに期待するしかないねこれ、ぶっちゃけ詰んでるわこれ。……ところで『詰んでる』と『ツンデレ』って似てね?」と視床下部の狭間で寝そべっていた脳内親父が爽やかに笑った。
少しは役に立つことを言えお前ら。
そして。
しゅたっ、と。
足音がした。
「困るなぁ。その二人は僕の友達なんだ」
典雅なテノールが、二人の心を包み込んだ。
「えっ」
眼を開けた瞬間、二人の眼の前には、すらりと長い足があった。
視線を上に向けると、スマートな後姿が見える。
「謦司郎……!」
「ヘ、ヘンタイさぁん!」
彼は暗緑色の頭だけ振り向き、にこりと屈託のない笑みを見せた。
その背中は、いつもより広く見えた。
「やあ二人とも! 女の子が使った筆記用具にも興奮できるようになった男、闇灯謦司郎だよ!」
自慢のつもりなのかそれは。
謦司郎はディルギスダークに向き直り、肩をすくめた。
「いや、さて。この落とし前、どうつけてくれるのかな? かわいそうに、涙まで浮かべてるじゃないか」
「――ないわ。マジないわ」
ぽつりと呟くディルギスダーク。
「――格好よく登場したはいいが、後ろで抱き合って震えている無力な二人を救うことが可能かは極めて疑わしかった。ただ素早いだけが取り得の男がひとり加わったところで、この圧倒的戦力差をくつがえせる道理はなかった」
「おやおや本当のことを言わないでほしいなあ、傷ついちゃうから」
柔らかく微笑みながら、謦司郎は攻牙と射美のそばにしゃがみ込んだ。
「さて二人とも? ちょっとビックリするだろうけど、我慢してね。アレを見せるなんて不本意だけど、非常事態だからね」
「ごわわ?」
「アレってなんのことだ?」
「――不可解な言葉だった。この男は何か切り札を隠し持っているとでも言うのだろうか。稚拙極まりないハッタリと言わざるを得ない。ないわ。マジないわ。この世には嘲笑を買わずにはいられないものが三つある。ひとつめは見え見えのハッタリをかます思春期の少年。ふたつめはエロ画像を求めてネットを東奔西走する思春期の少年。みっつめは『あいつ、ほんとは俺のことが好きなんじゃないか』とかどう考えても気のせいな疑惑にやきもきする思春期の少年。よっつめは思春期の少年」
どれだけ思春期の少年が嫌いなんだ。
そう思った瞬間、攻牙と射美は謦司郎の腕にとらわれ、素早く小脇に抱え込まれてしまった。
「おい!?」
「ご、ごわっ!」
「――もしやそれで逃げるとでも言うつもりなのだろうか。ない。それはない。ありえない。なぜなら闇灯謦司郎は、他人も一緒に瞬間移動するなどということを今まで一度もしたことがないのだ。明らかにそうしなければ不自然な場面ですらそうしてこなかった。すなわちできないからだ」
「残念でした」
右脇に射美、左脇に攻牙を抱えながら、謦司郎は朗らかに微笑んだ。
「できないんじゃなくて、やりたくないだけなんだ」
攻牙は、その言葉を聞きながら、目前に生じた異変に、息を呑んだ。
眼に映る光景が、霞んでいる。まるで、風景画を巨大なモップで荒っぽく塗りつぶしていく過程を見ているかのように、掻き消されてゆく。
「こ……これは……!」
そして。
世界が。
変わる。
●
奣ケキ月釤ア」ケニ日
。。 、ス、ホツセ時「」・ ッ「」分サツ衞フ。ヲハャノ秒
レモョニホ爍ロナ郤ャクゥ。「シオニサクミ、ォ、鬣ッ・ク・魎スタミにて
「射美」のターン
……とても、寂しい眺めが、目の前に広がってたでごわす。
鈍くかげる空がどんよりとした色を投げかけていて、太陽は見えなくて、灰色の曇り空を透かしてぼんやりと光るばっかりで……
冷たい大気が、あたりに吹き溜まっているカンジ。風が吹くこともなくて、なんだか息苦しいでごわす。
広がる地面は、一面の灰白色。まるで白骨をすり潰した粉が積み上がっているみたい。
――なんか……怖い、カンジでごわす……
動くものの姿はなんにもなくて、草も木も一本も生えていない。
灰色の空と、灰色の大地がさびしく広がるばっかり。
何の音もしない。
そんな中に、降り立つヘンタイさん。積み重なった灰が、音もなく舞い上がっていったでごわす。
まるで、海底の光景みたい。
「な、なんでごわすかここは……?」
射美は耐えきれなくて、声を上げたでごわす。
こんなヘンテコな場所は、朱鷺沢町にはないはずなのに。
そして、トンデモないことに気づく。
「こ、攻ちゃんがいないでごわすよ!?」
そう、ここにいるのはヘンタイさんと射美の二人だけ。ヘンタイさんがもう一方の脇に抱えていたはずの攻ちゃんの姿がない!
だけど、ヘンタイさんはそのことにゼンゼン驚いてないみたいでごわす。
「……行こう。キミは、こんなところに一秒だっているべきじゃない」
変に硬い声色で、そうつぶやいて。
次の瞬間、また風景がかき消えてゆくでごわす。
まるで、こんな世界を否定したいとでも言うみたいに、性急に。
……だけど、去りぎわの一瞬、射美は、見たでごわす。
白紙のように何一つない世界の一点。ほとんどヘンタイさんの足元近く――
何かが。
転がっていて。
それは――
「……っ!?」
風に吹かれて、すり減ったそれは。
人間の、ガイコツに、見えたでごわす。
●
七月二十一日
午後二時四十分四十八秒
嶄廷寺家が住まうマンションの前にて
引き続き「射美」のターン
「ごわわーっ!」
「うぉぉーっ!」
熱気がむっと押し寄せてきたでごわす! 同時にバスの車体で照り返す陽光が、とってもまぶしい。
元の世界! すっごくホッとするでごわす~。
「いっやー危なかったねー」
能天気なヘンタイさんの声。
「なんだ!? あれか!? お前のオハコの瞬間移動か!?」
脇に抱えられている攻ちゃんが騒ぐ。
よかった! いる~!
「そんなとこ。さ、早くバスに乗ろう。彼はきっとすぐ追いかけてくるよ」
「おーよ」
攻ちゃんは地面に降り立つと、バスの出入り口に駆け寄った。
そして、射美は抱えられたまま、ヘンタイさんの顔を見上げた。
「ヘ、ヘンタイさん……」
「ごめん。さっきの光景については、今は何も聞かないでくれるかい?」
「で、でも!」
「ごめん」
「うぅ……」
いつになくマジな口調のヘンタイさん。いつもこんな感じならカッコイイのになぁ、と思う。
「おいお前ら何やってんだー! 早く行こうぜー!」
バスの昇降口に足をかけた攻ちゃんが、そう呼びかけてくる。
すると、ヘンタイさんは急に明るい口調になった。
「はっはっは、鋼原さん? 比較対象が霧沙希さんくらいしかいなかったから、あたかも貧乳キャラみたいなイメージがついちゃってるけど、いやいや十五歳でそれなら十分十分。育ってる育ってる」
……って。
なんか、おムネのあたりでごそごそウゴめく感触が……!
「ヘ、ヘンタイさんのヘンタイーっ!」
フラチな手を振りほどき、射美は飛びあがってヘンタイさんのアゴにしょーりゅーけん!
「へぶぅ! ……ハァハァ……」
「と、とりあえずっ! 何も見なかったことにしておくでごわすっ!」
するとヘンタイさんは目尻を下げて、
「うん……ありがと」
なんだか申し訳なさそうに言うのでごわした。
●
七月二十一日
午後二時四十六分三十秒
霧沙希家リビングにて
「 」のターン
霧沙希邸のリビングにて、攻牙は巨大な液晶ワイドテレビの前に立っていた。すでにゲーム機は接続され、『装光兵飢フェイタルウィザード』のデモがテレビに流れている。ミュートにしているので、音は鳴らない。
眼の前には篤と射美が正座して座っており、後ろのソファには謦司郎と藍浬が腰掛けている。
攻牙は一同を見渡して小さく深呼吸し、
「即死コンボだっ!」
そう一喝した。
「奴が弱パンチから始動する永久コンボを持っていることはもう話したと思う。要するに小パンを一発でも食らえば敗北確定というわけだ。正直言ってボクはラウンド中に一発も攻撃を食らわない自信はないし……それはお前らも同じだと思う」
腕を組む。
「だからこその即死コンボだ。相手に何一つ行動のチャンスを与えないまま瞬殺するんだ。それ以外に勝ち目はねえ! ボクたちは一週間以内に即死コンボを習得し……それを奴に叩き込める立ち回りも学ばなくちゃならねえ!」
「応」「はいでごわすっ」「難易度高そうだねえ」「が、がんばります」
四人の返事を受け止めた攻牙は、鼻息も荒く尋ねる。
「ちなみに! お前らゲームの経験はどんくらいだ?」
「うーん、ごめんなさい。ほとんど経験なしだわ」
「あのあのあの! クイズするやつとか太鼓のやつとか超たのしかったでごわす~♪」
「囲碁ならばそれなりに嗜んでいるぞ」
「ククク……僕がやるゲームなんて言わなくてもわかるだろう? ぐふふ、ぐふふふふ……」
大丈夫かこのメンバーで。
画面には、蛍光色に光るラインが交差してマス目を形作り、ひとつひとつにキャラクターの顔が表示されている。
そして画面の右下と左下には、キャラクターの全身が映し出され、ゆるやかな立ちモーションを繰り返していた。
キャラクターセレクト画面。ここで自分の操作するキャラを選ぶのだ。
「むお……」
「ほえ~」
篤と射美は無線式のコントローラを持ったまま、ぽかんと口を開けていた。
というか、初めて火を見た原始人みたいなリアクションをするんじゃない。
「これは……なにをするものなのだ?」
「まだゲームは始まってねえよ!」
「と、とりあえず、ひとり選ぶんでごわすよね?」
「そーだ十字キーを動かしてみろ」
「むむむ?」
まず十字キーが何なのかもわかってなさそうな篤を尻目に、射美はかちゃかちゃとコントローラーをいじった。
電子音っぽいSEが鳴ると同時に、左下のキャラクターが次々と切り替わってゆく。
「うお、なんだ?」
「左手の親指が当たってる所があんだろ。そこを適当に押すんだよ」
「むむ? ……おぉ、すごいぞ! 動いたぞ! 絵が変わったぞ!」
「そんなことではしゃぐな!」
「ほへ~、けっこうカワイイのが多いでごわすね~♪」
カーソルを動かして、キャラクターを順繰りに表示させながら、射美は言った。
「……そーかぁ?」
まぁアニメっぽいというのは否定しないが。
「おぉ……おぉぉ……」
一方篤はデタラメにカーソルを動かして、キャラの絵が変わるたびに感嘆している。
そしてしみじみと言う。
「攻牙よ……面白いな、このゲームは」
「まだゲーム始まってねえから! キャラセレで面白がる奴はじめて見たぞ!」
「で、攻ちゃん先生? どの子が強いんでごわすか?」
「うーん……」
攻牙は少し考え込む。
「総合的な面で性能が高い奴とか、対戦ダイアグラムで上位の奴とかは確かにいるが……今回はそう単純じゃねえからなぁ」
攻牙たちの目的は、別に格ゲーうまくなって大会で優勝しまくり全一とか呼ばれることではない。
ディルギスダークというたったひとりの特殊な敵に勝てればいいのである。
それには、奴が使用したチートキャラクター「Insanity Raven」に対して相性のいいキャラクターを選ぶ必要がある。
「ヴァズドルーか……ムーングラムかなぁ」
「名前じゃわかんないでごわすよ~」
「一番下の列の左から二番目と四番目の奴だ」
「攻牙よ、この男はなぜ宙に浮いているのだ?」
「多分ヨガでも極めてんだろ!」
「よっし、射美はムーングラムって子にするでごわす~!」
ディコーン! とかいう音とともに、射美のカーソルが激しく点滅し、キャラクターが選択されたことを知らせる。
それは、光の球体をいくつも衛星のように従えている、直立二足歩行のウサギであった。標準の半分ほどの背丈で、ちょっとメタボな体型とつぶらな瞳が愛らしさをアピールしまくりである。短い脚でくるりと一回転し、「やるぞ~」みたいな感じで腕を突き上げた。
「カワイイでごわす~♪」
「むむっ、取られた……!」
「ざんねんでした~! 早いもの勝ちでごわすよ~♪」
無念そうに肩を落とす篤。一体どれだけウサギが好きなのかと思う。今も頭にあっくん乗っけてるし。
というか同じキャラでの対戦など普通に可能なのだが、めんどくさいので攻牙は黙っておくことにした。
それから篤のカーソルはフラフラとあてどなく彷徨いだす。
「うむむぅ……」
「はよ決めれ! サムライっぽい奴もいるぞ?」
「む? どこだ?」
と篤が反応した瞬間、画面上部でカウントされていた時間がゼロになり、強制的に試合が始まる。
その瞬間、たまたまカーソルが合っていたキャラクターが、篤の操作キャラクターとなった。
「ん? なんだ?」
「よりにもよってそれかよ!」
銀色のロングヘアと黒いメイド服の少女だ。おたおたと不安げに周囲を見渡し、目をウルウルさせている。
しかし、そのスカートからのぞくのは白い脚ではなく、一本の巨大でぶっとい大剣なのだった。ヤジロベーのように自立している。
初見の人は高確率で「なんだこれ」と突っ込むデザインであるが――
「うむ、見事な平衡感覚だ」
「違う! 注目ポイントそこじゃない!」
画面が暗転し、上昇するエレベーターで戦うステージが現れる。背景は見渡す限りの広大な図書館であり、異様なまでに巨大な本棚が摩天楼のごとく乱立していた。
『第一燐界形成-Round 1-』
ラウンドコールが響き渡る。『装光兵飢フェイタルウィザード』においてこの時間は、設置技をいかにしてピタゴラ連鎖させるかという駆け引きが繰り広げられる非常に重要な局面なのだが、操作方法すらわかっていないであろう初心者ふたりを混乱させる必要もないかと思い、攻牙は何も言わなかった。
『閃滅開始-Destroy it-』
「うぉっ、えっ、はじまったでごわすか?」
二足歩行ウサギ――ムーングラムが小刻みに左右に動いた。
「……とりあえず、操作方法な」
Aボタンが弱パンチ。Bボタンが強パンチ。
Xボタンが弱キック。Yボタンが強キック。
Rトリガーで設置技を生成。
「あとは十字キーで移動だ。OK?」
「うおージャンプかわいいー」
ムーングラムがぴょんぴょん跳ねている。長い耳がわさわさ揺れまくる。
「……十字キーの上を押すとジャンプだ」
「ふむ」
すると、メイド少女もジャンプを始めた。しかし、その高度は兎人ムーングラムより明らかに低い。見た目よりも遥かに重い体らしく、跳躍する前に一瞬力むような仕草が入り、いざ跳躍すれば汗を飛ばしながらバタバタと腕を振り回す。そして着地した瞬間にはホッとした表情で息を吐くのだった。
この、格ゲーにあるまじき鈍重な挙動のメイド少女を、エオウィンと言う。
曰く、「萌えサンドバッグ」。
曰く、「出るゲームを間違えてる」。
曰く、「倒すと罪悪感を覚えるレベル」。
などなどありがたくない賛辞をプレイヤーから捧げられる弱キャラである。どうも作中設定で旧世代の戦闘用ロボらしく、他のキャラクターがキラキラした光の粒子を撒き散らしながらスタイリッシュに飛び回るのに対し、エオウィンはミサイルだのドリルだの火炎放射だのレトロギミック満載な戦い方である。しかしその可愛らしい仕草から、幾多の硬派ゲーマーを萌えの道に引きずり込んでいった魔性の女でもあった。下半身大剣だけど。
「動きが……重いな……」
攻牙が「よりにもよって」などと言った理由はここにある。エオウィンには気軽に行えるアクションがほとんどない。あらゆる動作に、初心者でも見切れる大きな隙がついてまわるのだ。
「……まあいいや。とりあえず技表を見ろ」
攻牙はプラスチックのケースから説明書を引っ張り出し、必殺技のコマンドが書かれたページを広げた。
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