血ゲロのひとつも吐かされたことのない野郎がヒーローを名乗ろうなんておこがましいにもほどがある 刺
席を立ち、隣に座らせていた霧華を背負い込む。
外に出てみると、屋敷の巨大さが際立った。下手な集合住宅と同等のサイズである。
後ろを振り返ると、円盤は空中浮遊して怪音を撒き散らしていた。こちらに飛んでくる気配はない。
「ふっふーん、効果テキメンでごわすね♪」
しばらく未練がましそうにそこらを漂っていたが、やがて進入できないと悟ったのか、Uターンしていずこかへと飛び去っていった。
俺に続いて外に出てきた攻牙が首を傾げる。
「一体何がどーなってんだ? なんで去っていったんだよ?」
「蚊取り線香のスゴいバージョンでごわすよ!」
「なるほど、そういうことであったか」
「わかってねえくせに納得すんな篤!」
その時、玄関の巨大な扉がゆっくりと開いた。
「あっ!」
鋼原が猛然と駆けてゆく。
「藍浬さぁん! 諏訪原センパイとその他三名の拉致完了でごわすよーっ!」
中から現れた人影に飛びつく鋼原。
「きゃふっ!」
セミロングの黒髪が一瞬舞い上がった。
「もう、びっくりしたなぁ」
飛びつかれた勢いで倒れ掛かるも、なんとか踏みとどまる人影。
霧沙希藍浬がそこにいた。涼しげな空色のワンピースに、白いレースジャケットを重ね着している。
「ふふ、おかえりなさい射美ちゃん」
「ただいまでごわす~。……んにゅ~♪」
まるで骨董品を磨くような手つきで鋼原の頬を撫でさする霧沙希。
鋼原は眼を細めて身をゆだねていた。
――相変わらず仲睦まじいことだ。
タグトゥマダークとの戦いにて姿を消していた鋼原だが、どうやら《ブレーズ・パスカルの使徒》とは決別する決心を固めていたようだ。再び俺たちの前に現れた時には、吹っ切れた良い顔つきをしていた。
最初は学校を辞めて一人でバイト暮らしをするつもりだったらしいが、霧沙希に引きとめられた。「ダメよ射美ちゃん。学校にはちゃんと行かないと」そんなところでいろいろあり、今では霧沙希家の居候に納まっている。
ふと、霧沙希がこっちに眼を向け、ふくふくと微笑んだ。
「ふふ、いらっしゃいみんな。無事でよかったわ」
「うむ、危ないところであった」
「とんでもねー大冒険だったぜ」
「この家は安心だから、ゆっくりしていってね」
背後で謦司郎の鼻息が吹き荒れた。
「ふむ、立派なお屋敷だね霧沙希さん。それで、つかぬことを聞くんだけどさ、メ、メイドさんとか、いるのかな? ねえ、いるのかな? どうなのかな?」
「ふふ、ざんねんでした。昔はいたんだけど、今はわたしと射美ちゃんだけで維持しているわ」
「明日に……希望が持てない……」
「そこまで凹むことなのかよ!」
「さ、中に入って。お茶の支度ができてるわ。ひさしぶりのお客さまだから張り切っちゃった」
「射美としては紅茶よりもお菓子が気になるでごわすよーっ♪」
「そうだ! 霧沙希さんと鋼原さんがメイド服を着れば万事解決じゃないか!」
「お前ちょっと黙ってろ」
皆で屋敷の中に入る。
直後、廊下の真ん中に小さな白いかたまりを見つけた。
「おぉ、あっくんではないか。久しいな」
子兎のあっくん。
しばらく前に、霧沙希がひろった二匹の小動物の一匹。
俺はあっくんを抱き上げた。
「その後どうだ? 霧沙希の家は快適か?」
あっくんは何も言わずに俺を見ている。しかし、その眼から、俺はあっくんの意志を読み取る。
「……なに、それは本当か?」
驚きの事実。
表情を引き締める。
「そうか……たーくんも色々と考えていたのだな」
あっくんは、相変わらず「たわば」とも「あわびゅ」とも「うわらば」とも鳴かない。
「えっと……何やってるでごわすか?」
「あっくんとお話をしているのだ」
「え……なんでごわすかこの突然すぎる幼児退行」
「霧沙希よ」
「……うん」
「たーくんがこの家を去ったというのは誠か?」
「それが……」
霧沙希は少し眉を寄せる。目もとに若干の寂寞が乗る。
「本当よ。昨日からいなくなっていたの。射美ちゃんと探しに行こうとしたんだけど、その……」
霧沙希は携帯を取り出した。
「メールがあったの」
スマホを受け取ると、画面を見た。
差出人:このアドレスを登録しますか?
件名:なし
本文:子猫を拾った。「たーくん」と名乗っている。お前の家から来たそうだ。ついて行きたいと言うので、好きにさせている。
なくしてしまった「弱さ」を、それでも傍に置いておけば、いつか自分の中に戻ってきてくれるかもしれない。
「これは……」
あっくんを頭に乗せながら、俺は目元が険しくなるのを止められなかった。
「タグトゥマダーク、か?」
霧沙希はこくりとうなずいた。
「間違い、ないと思う」
「そうか……」
なんとなく、押し黙る一同。
タグトゥマダークの存在は、重く黒い疼痛となって、心にこびりついている。今まで俺たちが想像すらしなかった憎悪と絶望が、あの男の心を形成しているように思われていた。
「だ、ダイジョーブでごわすよ!」
鋼原がわたわたと手を振り回した。
「最後に会ったときのタグっちは、スゴく落ち着いてたでごわす! あれはもうアレでごわす! 改心して仲間になっちゃうフラグでごわすよーっ!」
――だと……良いのだがな……
俺は自らの顎をつかみ、眼を閉じる。文面からは、たーくんとタグトゥマダークの間に意思の疎通が成立していることがわかる。ちょうど、俺とあっくんのように、言葉に頼らない会話をしているのだろう。
そういう経験が、あの男の心に良い影響を与えてくれれば良いのだが。
「ところで、さっきから良い香りが漂ってきているね。一体なにかな?」
なんとなく沈んだ空気を払拭するように、謦司郎が言った。
その意図を察したのか、霧沙希はふわりと微笑む。
「ふふ、それは見てのお楽しみ。射美ちゃん? みんなをリビングに案内したら台所に来てね」
「はいは~い♪ ほんじゃあ、ご案内でごわすよ~♪」
●
七月二十一日
午後一時五十分四十七秒
霧沙希家リビングにて
引き続き「俺」のターン
というわけで紅茶とケーキを嗜みつつ、優雅な作戦会議が始まった。
俺はフォークに突き刺さった洋菓子の欠片をしげしげと観察しつつ、口を開いた。
「まず聞こう。何故、この屋敷は攻撃を免れたのだ? 何か……結界のようなものでもあるのか?」
「うーん、わたしにもよくわからないんだけど……」
霧沙希は紅茶をかき混ぜながら首を傾げる。
「姉さんがいるからそうなっているんだと思う」
霧沙希藍浬の姉。
霧沙希紅深。
人里から孤絶した山中に居を構える変人として、俺の村では若干有名であった。
「お前の姉君は……バス停使いだったのか? その能力で障壁を作っていると?」
「どうなんだろ。姉さんがバス停をもってるとこなんて見たことないなぁ。でも、ちょっとだけ不思議な力を使えるのは確かね。まぁ本当にちょっとしたものなんだけど」
「どんな力だ?」
「バス停を使えなくする力」
破格の超能力ではないだろうか。
「それは……その、つまり、どういうことだ?」
「姉さんの周りで、バス停の力が一切働かなくなるし、召喚もできなくなるわ」
「…………」
絶句する。
一体何者なのか。
それだけではない。霧沙希藍浬にしたところで不可思議な現象は引き起こしている。タグトゥマダークも、彼女は《絶楔計画》の要であると言っていた。姉妹そろって、何かしら巨大な秘密を持っているのだろう。
本来ならば……きちんと能力の詳細について聞いていたほうがいいような気はする。だが、なぜかそれは躊躇われた。霧沙希が自ら口を開かない限り、それは聞いてはならないことにように思える。
とはいえ――だいたいの察しはつく。
恐らく、願いを具現化する力……と言ったところなのだろう。
神のごとき能力であるが、どうやら自分の意志では操作できないようだ。あくまで無意識のうちに芽生えた、強い願望によってのみ発動する、と。
ふむ。
……まぁ、今は彼女の姉君のことだ。
「その力が及ぶ範囲はどの程度なのだ?」
「厳密に、ここまでは範囲内……って決まっているわけじゃないの。姉さんに近づくにつれて、だんだんとバス停の力が弱くなっていって、……うーん、だいたい五十メートル以内に入れば完全に使えなくなるかな」
想像以上に、広い。少なくともこの屋敷は楽々と覆い尽くしている。鋼原が「ここだけは安全」というのもうなずける話だ。
「しかし……たとえば、お前の姉君が外出などすれば、ここは安全ではなくなるということだな」
「まぁそれはそうなんだけど……うーん、それに関しては心配ないと思うな」
「なぜだ?」
霧沙希は頬に手を当てて、朗らかに微笑んだ。
「だって姉さんったら、ここ何カ月か自分の部屋から出てこないんだもの」
「なんと」
「うふふ、悟りでも開くつもりなのかしら? 家族が聖人だなんて、ちょっとくすぐったいわね」
「それはすごい。心から応援させてもらおう」
「オイそれっていわゆるヒキ……」
攻牙が何かを言いかけるが、霧沙希の何一つ姉を疑ってなさそうな微笑みを向けられてもごもごと口ごもる。
「それがすごいんでごわすよ~♪ 部屋の中にトイレもお風呂もあって、食事はドアの下についてるちっちゃいドアから受け取るんでごわすよ~♪」
「うむ、徹底しているな。よほど瞑想に集中しているのだろう」
攻牙がまた何か言いたそうな顔をしている。
まあ。それはともかく。
重要な議題。これからどうすべきか。
「降りかかる火の粉は払わねばならぬ。捕らえられた五人も救出せねばならぬ。そして、そのためにはディルギスダークが挑んできたゲーム勝負に勝たねばならぬ」
迷いのない声で確認する。
「ちょっと、いいかな?」
澄んだテノールが、大気に染み込んでいった。俺は即座に振り返るが、その時にはすでに声の主は姿を消していた。
「実はみんなに今まで黙っていたことがあるんだけど」
背後から、紅茶の香りがかすかに漂ってきた。謦司郎がソファの背もたれに腰をあずけて紅茶を傾けているようだった。
「あんだよ?」
攻牙がケーキを頬張りながら言う。
「実は僕、ディルギスダークの目的について、だいたい知ってるんだよね」
発せられた言葉の意味を咀嚼するのに、二秒の沈黙を要した。
「……あの……えーと……なんだって?」
「いやなに、僕はこれでも一応、街を守るために動いてはいるわけだ。うん」
背後から、ソーサーにカップを置く音がした。
「鋼原さんが学校に襲撃してきて以来、僕は街を東へ西へと飛びまわっていたんだ。そしてほどなく《ブレーズ・パスカルの使徒》のアジトを発見したんだよね」
「なぬー!?」
眼を剥く攻牙。
「あー、そっか。だからあのときもアジトの近くにいたんでごわすね」
瞠目する一同をよそに、鋼原だけは手をポンと叩いて納得顔。
「ヘンタイさん、あのときはホントにありがとうでごわした♪」
「いやいや、僕は何もしてないさ。鋼原さんはきっと一人でも大丈夫だったよ」
「???」
鋼原は満面の笑みを浮かべている。
「それで、わりと四六時中アジトの中に入り浸って、何かいいエロ本はないかなぁと物色していたら」
「わざわざ敵の本拠地に乗り込んですることがそれか!」
「中国語の字幕が入った、やたら画質の悪いアニメのDVDが見つかったりした」
「明らかに海賊版だ!」
「けっこう面白かったよ」
「アジトの中で堂々と見たのかよ!」
「で、まぁ、ついでに悪の組織の作戦や弱点なんかわかんないかなぁ、と気配を殺しながら数日間をそのボロ借家で過ごしたんだけどさ」
それで全然気づかれなかったのだから凄まじい。タグトゥマダーク戦のとき見ないなと思ったら諜報活動をしていたようだ。
「いや、ディルギスダークが自分の心情や行動を延々とつぶやき続けてくれるキャラクターで助かったよ。おかげで彼が朱鷺沢町で何をしようとしているのか、だいたい知ることができた。ただ……僕はバス停や〈BUS〉の特性については全然わからない。得られた情報が正しいかどうかは、篤と鋼原さんで吟味してほしい」
こほん、と咳払いをしてから、謦司郎は諜報活動の成果を話し始めた。
●
七月二十一日
午後二時三分三十七秒
霧沙希家リビングにて
「 」のターン
攻牙は、ミルクと砂糖をガパガパ入れた紅茶を一気飲みしながら、謦司郎の説明を聞いていた。
「まず、ディルギスダークは朱鷺沢町にあるバス停『萩町神社前』、『谷川橋』、『針尾山』、『姫川病院前』……これに篤ん家がある御四紀村の『亀山前』を加えた五つを用いて、この地域全体を巨大なバリアーのようなもので覆うつもりらしい」
「……何のためにそのようなことをする?」
篤は不可解そうに腕を組んでいる。
「ディルギスダークは『目覚めの儀式のため』と言っていたよ。この意味はよくわからないけど、とにかく朱鷺沢町近郊から人の出入りを一切禁じてしまうつもりらしい。そのために、五つのバス停たちを特定の位置関係に配置しなおすみたい」
「……つまり、外界からの影響を一切遮断したのち、この地域の〈BUS〉相を好きなように改変するつもりなのか……」
「まあ、専門的なことはよくわからないけど、多分そんな感じ? で、その『特定の位置関係』っていうのが……あ~、霧沙希さん。ここらへんの地図を貸してもらえるかな」
「あ、うん。ちょっと待ってね」
藍浬が立ち上がった。リビングを出ていき、ほどなく折りたたまれた紙を持って戻ってくる。
「こんなのでいい?」
「十分十分」
ティーセットが脇に寄せられ、テーブルに大きな道路図が広げられた。
「篤は後ろ向いててね。オトナの時間だから」
「むぅ」
篤はくるりと向きなおり、背もたれに向かう形で正座した。
篤の視界に入らないということに関して、謦司郎は絶対に妥協しない。何故そこまで篤に見られるのを拒むのか、確かなことは攻牙にはわからない。
篤は篤で、謦司郎の姿を見ることにさほど執着がないようだった。普通はめっちゃ気になると思うんだが。
「いや、さて」
謦司郎がキュポン☆とペンを抜いた。
まず、現在のバス停の配置について。
『姫川病院前』、『谷川橋』、『針尾山』の三停が一直線に並んでおり、それより北に二キロほど離れた位置に『萩町神社前』がある。
また、『姫川病院前』から西へ五キロ眼をやれば、『亀山前』を有する御四紀村が山中に紛れている。
位置関係を図にするとこんな↓感じである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『萩町』
『亀山』 『姫川』『谷川』『針尾』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「で、ディルギスダークはこの配置を、こう変えるつもりらしい」
キュキュッと謦司郎は地図に書き込んだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『萩町』『亀山』
『姫川』 『針尾』
『谷川』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
要するに正五角形の形になるらしい。
『姫川病院前』と『針尾山』の位置は変わらない。
「……エルダーサインか。いかにも意味ありげじゃねーか」
攻牙はニヤリとした。こういうケレン味は好きだ。
これは何かすごい魔法陣的なものを構築して、でかいことをしようとしているフラグである。
更に興味深いことに、この巨大な五角形の中心点には、ゲームセンター『無敵対空』が存在している。
凄まじく意味深であった。
「あー、篤? もうこっち向いていいよ」
「む、そうか」
振り返り、座りなおす篤。
攻牙は考えをまとめてゆく。
「ふん……これで奴がポートガーディアンどもを洗脳した理由は一目瞭然だなオイ」
「ほえ、どゆことでごわすか?」
「バス停なんてデカいものをいちいち運ぶのは重労働だし目立つ。それより洗脳した駒たちを所定の位置に向かわせて……そこで一斉に召喚させた方が遥かに簡単だし邪魔されにくいだろ」
「あ、ナルホドでごわす」
そこで篤が首をかしげた。
「むむ、しかしバス停は本質的に、元いた場所へ戻ろうとするものだ。それをあまり長いこと引きとめていると、バス停使いの精神に著しい損耗をもたらすことになるぞ」
大抵は一時間とかからず戦いは終わるので、ほとんど意識されることはないが、例えば三時間ほど召喚しっぱなしにすると、頭痛や吐き気を催しはじめる。六時間で意識の混濁、十二時間で回復不能な脳障害が発生する。
――あれ?
攻牙は自らの思考に違和感を覚える。
――なんでボクは召喚制限時間を詳しく知っているんだ?
しかしまぁ、良く覚えていないだけで、実は篤や射美から聞いていたのかもしれない。そう考えてみれば、なんだかそんなような気もしてくる。
「おいおい篤……」
気を取り直して、攻牙は肩をすくめた。
「悪の組織がそんなことを気にすると思うか?」
「むむむっ」
〈目覚めの儀式〉とやらがどの程度で終わるのかよくわからないが、少なくとも放っておいていいわけがない。
それに、攻牙の脳裏には、寒気とともにタグトゥマダークの言葉が浮かび上がる。
――《絶楔計画》は、その第五段階において朱鷺沢町近郊の〈BUS〉相を根本から書き換えるニャン。その影響は……ははっ! こんな山間にこびりついたカビにも等しい人里なんて一瞬で蒸発しちゃうニャン。
いったい、〈目覚めの儀式〉とは何を目覚めさせるためのものなのか。
かすかな焦燥が、肺腑を舐める。
攻牙は唸った。
「……思案のしどころだなオイ? 邪魔するならむしろこっちを邪魔したほうがいい気がしてきたぜ。要するにディルギスダークはゲーム勝負なんぞ持ちかけてボクたちの眼を自分に引き付けておいて……その間に洗脳ポートガーディアンどもに重要な計画を進めさせようっていうハラだぜこりゃ」
「それでも、ゲーム勝負は受けて立たねばなるまい。俺たちが下手なことをやれば、霧華や勤さんたちに危害が加えられぬとも限らぬ」
「まあ……そーだなぁ……」
攻牙は思案顔で親指でこめかみを突っつく。
その眼が、ふと何かに気付いたかのように見開かれた。
「なー篤」
「なんだ?」
「お前の『姫川病院前』ってディルギスダークに折られたんだよな?」
「あぁ……不覚を取った」
攻牙は、正五角形に点が打たれた地図を見やる。
「じゃあこの五角形結界ってもう完成しないんじゃねーか?」
「……!」
篤の使う『姫川病院前』も、五角形結界の一角に組み込まれている。
ということは、『姫川病院前』が壊れている限り、〈目覚めの儀式〉は始まらないのではないか?
普通なら、ただでさえ少ない戦力が大幅ダウンしたことを嘆くところであるが……
攻牙はこの難局を、むしろ勝機と捉えた。
「なるほど、言われてみればその通りだ。恐らくディルギスダークとしても、『姫川病院前』を折ってしまったのは想定外だったのだろう」
「ふふん……」
攻牙は、そこまで楽観的にはなれなかった。
――何らかの策略の一貫か……?
だが、現時点では判断材料が少なすぎる。
「しかし、この状態がいつまでも続くわけではないぞ。神造兵器たるバス停には、自らを修復する機能が備わっている。一週間もすれば、『姫川病院前』は再び力を取り戻すことだろう。そうなれば、もはやいつ結界が完成してもおかしくない。即座に〈目覚めの儀式〉とやらは始まってしまうことだろう」
篤がそう言いながら、ケーキの欠片をパクついた。「うむ、甘い」
「つまり――タイムリミットは一週間ってわけだ」
攻牙は腕を組む。
「やるべきことは決まったな。あと一週間以内にディルギスダークを格ゲーでブッ倒す! そしてポートガーディアン四人を解放して全員でディルギスダークをフルボッコにするぞっ!」
射美は胸の前で二つのにぎりこぶしを作った。
「おおお、なんか燃えるシチュエーションでごわすよ~!」
「まあ」
藍浬がほっそりとした指先を合わせ、華やいだ顔を見せた。
「みんなでお泊り会ね!」
「え」
攻牙は何とも言えない顔で藍浬を見た。
「よいのか?」
篤が聞いた。
「もちろん。それに、なんだか怖い円盤が追ってくるんでしょう? ここ以外では練習なんてできないと思うんだけど」
「そりゃそーだけどよ……その……なんか問題が……」
眉を寄せて頭をかく攻牙。
「あっ! 攻ちゃんがテレてるでごわす~♪」
「ううっうるへーよ! ボクは一般的な常識に則って遠慮してるんだ!」
ほっぺ突こうと迫ってくる射美。身を引く攻牙。
そんな様を見ながら、藍浬はふくふくと微笑んだ。
「ふふふ~、わたしお泊まり会って一度やってみたかったの」
「うむ、厚意に感謝するぞ霧沙希よ」
ケーキをまぐまぐと味わいながら、篤は重々しくうなずく。
「クックック……楽しい合宿になりそうだね……」
謦司郎は一人エロっそーぅな笑みを浮かべていた。
●
七月二十一日
午後二時三十分十九秒
霧沙希家玄関にて
引き続き「 」のターン
と、いうわけで、格ゲー強化合宿(おとまりかい)的なものが始まってしまうわけだが、その前にやるべきことが残っていた。
「念のため聞いておくんだが霧沙希」
「うん? なぁに?」
「この家にゲーム機は置いてあるか?」
「……うーん、ごめんなさい」
というわけで、格ゲー練習のために攻牙の家までゲーム機とソフトを取りに行く必要があったのである。
「それじゃあちょっくら行ってくらあ」
「気をつけてね。すぐに帰ってきてね」
「ちょっと行って取ってくるだけだ十五分で戻るぜ!」
「ドッライブ♪ ドッライブ♪ 攻ちゃんとドライブ~♪」
鼻歌まじりにバスの天板に飛び乗る射美。
「はやく乗るでごわすよ~♪」
「わーったよ!」
中に乗り込んで座席についた途端、ありえないほどの勢いで超加速。「ぐぇ!」
霧沙希邸を出発した射美と攻牙は、人気のない山道を物凄い勢いで下ってゆき、あっという間に街中に入る。
人目につくので、速度は落とした。
どこかレトロな商店街の景色が流れてゆく。
ぼんやりと窓の外を眺めながら、攻牙は口を開いた。
「……なあオイ射美ー」
『なんでごわすかー?』
スピーカーごしの、少しくぐもった声。
攻牙は居住まいを正しながら言った。
「お前組織を抜けたんだってな」
『そーでごわすよ~。悪のセンペーから正義のケシンに華麗なるクラスチェンジでごわす~♪』
「ボクを庇ったせいか?」
『……それは単なるキッカケでごわすよ~。もうちょい前から、ヴェっさんたちは間違ってるんじゃないかなぁっていう思いはあったでごわす』
言葉が見つからず、黙る攻牙。どこか落ちつかない様子で、外を見る。
「……ごめん」
『!?』
「仲間と決裂させちまったことについては……ごめん」
『……こッ……』
「こ?」
『攻ちゃんがデレたーッ!!』
「うぜええええええええええええ!!」
みたいなことを言い合いながら、五分程度で嶄廷寺家に到着する。
「ほへー、ここが攻ちゃんのおうちでごわすか~」
朱鷺沢町的基準で考えるならけっこうでかい三階建てアパートである。
「待ってろ。すぐ戻る」
「えぇっ、射美も行くでごわすよ~!」
二人で階段を駆け上がり、三階の一室に到着する。しかし玄関に鍵が掛かっていた。
「……あんのアホ親父め……出かけてやがるな……」
まあ好都合だ。射美を連れている所を見られたら、何を言われるかわかったもんじゃない。
ポケットから合鍵を取り出し、中へ入る。
「おっじゃまっしま~す♪」
「いやスグ帰るんだぞ?」
「うおー、すごい! マンガいっぱい! ちょっと貸してでごわす~♪」
「いいけど……読んでるヒマねえと思うんだが」
攻牙はテレビの横に置いてある白いゲーム機の配線を外すと、コードを丸めて箱に収めはじめた。
今のところ、『装光兵飢フェイタルウィザード』家庭用移植版がリリースされている唯一の機種である。
移植精度は相当高いが、まったく同じというわけではなく、アーケード版で可能だったバグ技が軒並み修正されている点と、大量の設置技を表示した際ゲームスピードが若干遅れる点に注意しなければならない。
機体を箱に収め、プラスチックの取っ手を持ち上げた。
「おし行こうぜ射美この野郎」
振り返ると、射美は床にぺたりとしゃがみ込んでマンガに読みふけっていた。
「射美ー? 霧沙希ん家戻ってから読めよまったく」
マンガを取り上げる攻牙。
「あう~」
一体何を読んでいたのかと見てみると、ひょんなことから女装した美少年が親友(男)に一目惚れされてさあ☆変☆態☆みたいなアブノーマルストーリーだった。女装時はポニーテールの活発系少女という設定らしい。
「ぶーッ!!」
思わず放り投げてしまった。
なんてもの読んでんだあのクソ親父!
「攻ちゃんって、そういうの好きなんでごわすね……♪」
紅潮した頬に手を当てながら、射美は眼をそらした。
「ちっげーよ! ボクのじゃねーよ!」
「うふふ~、ザンネンながら射美は女の子でごわすけど、攻ちゃんがどうしてもと言うなら、髪を伸ばしてポニーテールにしてもいいでごわすよ~!」
「せんでいいわい!」
「愛い奴愛い奴~♪ ぷにぷに~♪」
その後、ゲーム機を持って玄関を出ても、射美によるぷにぷに攻撃はしつこく繰り返され――
――階段を降り切った先に異様な人影を発見するまで続いた。
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