かいぶつのうまれたひ プラスコミュニケーション
かくしてようやく期末試験一日目は始まり、終わった。
席を立つ生徒たちの喧騒で、にわかに慌ただしくなる教室。
「うむ、死力は尽くした。たとえ今死ぬとしても、悔いは残るまい」
「死んだ! ボクの夏休みは死んだ! 蘇生不能!」
「うーん、わたしはちょっと地理があぶないかも?」
「ところで、税務署の地図記号って卑猥だよね……」
篤、攻牙、藍浬、謦司郎の四人は、それぞれの思いを胸に、顔を突き合わせた。
「……忘れていたことがあるんだぜ」
攻牙が神妙な顔で口を開く。
「何だ。トイレは廊下に出て右に曲ったところだぞ」
「おめーにそんなことも覚えてられないアホだと思われていたことがショックだよ」
小さな手で眉間を揉みしだく攻牙。
「今朝学校に行く時に襲い掛かってきたイケメン変態がいただろ! あいつのことだ!」
「いやいや、イケメンなんて、そんな……」
謦司郎が照れくさそうに言った。
「確かにお前もイケメンで変態で学校行く時襲い掛かってきたけど違う! 今言いたいのはお前のことじゃない!」
「……ひょっとして、鋼原さんのお友達が来ちゃったの?」
うまい具合に藍浬が話を戻した。
「あぁ、あのタレ目の男か」
篤がぽんと手を打った。
「そいつに関してなんか対策とか立てなくていいのか? 見た感じ鋼原〝リバースブラッド〟射美よりやっかいそうな感じがしたが」
「ふぅむ……そうだな」
――実際のところ。
やっかい、どころの騒ぎではない気がした。
登校中の交戦において、篤は敵にバス停を抜かせることすらできなかったのだ。
それよりなにより、あの男には今までの相手にない凄みがある。
呼吸をするように人を殺める気配。今日の天気の話をする片手間に人を殺める気配。
ゾンネルダークもしきりに殺す殺すと叫んでいたが、あれはもう逆上したチンピラが吼えているのと大差はない。
タグトゥマダークの挙動からは、おぞましいほどの「慣れ」と「倦怠」が漂っていた。殺す、という現実を、どうということのない日常として捉えている、生物として壊れてしまった存在――
だが、それよりなにより。
――死にたい! 死のう!
その言葉。
どこか、ひどく、心をかき乱すセンテンス。
自分の切腹にも通ずる、自害の宣言。
だが、何かが違う。その言葉は、意図する行為が自分と同じでありながら、それを成そうとする理由に致命的な捻じれがあるように思う。自分の肺腑に、粘い石油を流しこまれるような気分にさせる、異様な捻じれ。
篤は小さく首を振る。
――考えすぎだな。
息を吐いた。
「確かに、解明しておく必要はあるかもしれない――」
篤は重々しい光を瞳に宿した。
「――なぜあの男は途中から突然珍妙な語尾を使い始めたのかということを」
「違うからな? そこはどうでもいいからな?」
「へえ、今度の敵はどんな語尾だったんだい?」
謦司郎が面白そうに聞いてくる。
――そういえば、謦司郎と霧沙希は、まだタグトゥマダークを知らなかったな。
篤は謦司郎に目を向けた(が、すぐに謦司郎はその場を移動した)。
「うむ、『ニャン』だ」
「『ニャン』?」
背後で謦司郎が聞き返す。
「そう、『ニャン』だ」
「『娘』を中国読みした時の『ニャン』?」
なぜ例えがそれなのか。
「否、『ニャンがニャンだーニャンダーかめん』の『ニャン』だ」
「あぁ、なるほど。キャラコピュラとしての『ニャン』ね」
「たまにお前らの会話にはついていけない物を感じるよボク……」
頭を抱える攻牙。
そこへ、躊躇いがちな声が被さった。
「あの、ね……ちょっといい?」
藍浬だった。
なぜかしきりに篤のウサ耳を見ている。
「そのかわいい語尾の人、さ……ひょっとしてネコの耳なんて生えてなかった……?」
「!?」
篤と攻牙は黙り込んだ。
互いに目を配りあう。
――もちろん、ネコ耳を確認したわけではない、のだが……
タグトゥマダークは、頭にニット帽をかぶっていた。今にして思えば、あれはかなり不自然だ。すでに汗ばむような季節である。だいたいスーツ姿にニット帽は似合わない。
篤が腕を組む。
「ネコの耳かどうかはわからんが、頭を隠している感じはあったな」
攻牙は胡乱げに眉を寄せる。
「だけどよー霧沙希。なんでネコ耳なんだ? いくら語尾が『ニャン』だからってそんな突拍子もないことが……」
攻牙は篤の頭を見る。
「……いやまぁあるけどさ」
「うん、わたしも半信半疑っていうか……正直関係があるのかどうかわからないんだけど……」
「何のことだ?」
「ちょっと、ついてきてくれる?」
藍浬が席を立つ。
「?」
篤、攻牙、謦司郎は、何だかわからないながらも彼女の後に続いた。
校舎の裏側、体育倉庫の陰に隠れて、ダンボールがひとつ置いてあった。
近づいてくる気配を察したのか、中から「みゅぅ、みゅぅ」とか細い鳴き声が漂ってくる。
「あっくん、たーくん、いい子にしてた?」
藍浬はダンボールの前にしゃがみ込み、小声で呼びかけながら蓋を開けた。
「おお~」
攻牙が覗き込んで声を上げる。
中には、ひどく小さな毛玉が二つ入っていた。いや、毛玉というか、小さな哺乳類のようだ。
藍浬の顔を見ると、二足で立ち上がってダンボール箱の壁に前足をつけた。「みゅう!」
「ふふ、ちょっと凶悪よね、このかわいさは」
藍浬が両手を伸ばして二匹をやさしく掴む。
こちらに向き直り、自分の頬に押し付けるように抱き上げた。
「今朝、拾いました」
左手の子兎を持ち上げた。
「こっちが『あっくん』」
右手の子猫を持ち上げた。
「こっちが『たーくん』です」
謦司郎がしみじみと頷く。
「なるほど、二匹あわせて『肉色の花園』というわけだね」
「びっくりするぐらい何も関係がねえなオイ」
篤はおもむろに歩み寄り、あっくんとたーくんを観察する。
「ふむ……」
顎に手を当て、まじまじと見つめる。
子兎――あっくんと、目が合った。
「……似ている」
「えっ?」
「あっくんに触ってもよいか?」
「う、うん」
藍浬からあっくんを受け取ると、顔の前に持ち上げた。
いきなり見知らぬ者に触れられたにも関わらず、子兎のあっくんはまったく動じる気配がない。みじろきひとつせず、篤の瞳を見つめている。
篤の眠そうな眼。あっくんのつぶらな眼。
視線を介して、何かがつながった気がした。
行き交う精神。静謐なそれ。
自分と同じ存在に出会ったという実感。出会えたという奇跡。
突き動かされるままに、あっくんを自分の頭の上に乗せた。ウサ耳の間に、ちょこんと稚い生命が乗っかる。
あっくんは、鼻をフンフンと動かして、ウサ耳の匂いを嗅ぐ。すぐにその場にうずくまり、ぶっとい前脚に頭を乗せながら、リラックスした様子で眼を細めた。
「おぉ――浮世を編み出す縁の、なんと趣き深きことよ」
篤は眼を閉じて、裡より生じた感動を味わう。
あっくんの落ち着き払った物腰に、自分と同じ『常住死身』の在り方を感ずる。
篤は眼を開き、あっけにとられている級友たちを見た。
「どうやら、アドバイザーを呼ぶ必要がありそうだ」
「ど、どういうこと?」
「尋常ならざる事態が発生している」
「まぁお前にウサ耳が生えた時点ですでに尋常じゃないけどな」
耳をほじる攻牙に向き直ると、篤は言った。
「攻牙よ」
「なんだ?」
「ケタイデンワの操縦方法を教えてくれ」
「お前が何を言いたいのかはわかるが伸ばし棒が足らねえよ!」
「ケーターイデーンワーの操縦方ほ……」
「番号だけ言え! ボクがかけてやるから!」
「む、すまんな」
●
集合場所は、以前鋼原射美の介抱をした公園に決定した。
「きーりさーきセーンパーイ! こんにちはでごわす~♪」
「はいこんにちは。……あら、ふふっ」
スマホで呼び出された鋼原射美は、真っ先に藍浬に飛びつくと、頬と頬を擦り合わせた。
「うに~」
「もう、くすぐったいわ、鋼原さん」
「霧沙希センパイのお肌はヒンヤリしてて気持ちいいでごわす♪」
射美と藍浬が会うなりユリシーズ空間を形成しだしたのを尻目に、(ついでに血走った目でその様を凝視している謦司郎も尻目に)篤と攻牙はさっき立ち寄ったコンビニの紙袋を漁って中身を取り出していた。
「……それでどういうつもりなんだ篤この野郎。まさかみんなでお茶しましょうってだけじゃねえよな?」
「正直ただそれだけというのも悪くはないとは思うが、まぁもう一人のアドバイザーが到着するまでは普通に昼食を楽しもうではないか」
篤が攻牙の携帯で呼び出した人物は、二人。
一人は敵方の尖兵であるところの鋼原射美。
そしてもう一人は、
「いったい誰を呼び出したんだよ?」
「お前たちの知らない男だ」
「ふふん?」
「わっ! なにこれ超カワイイでごわす~!」
射美があっくんとたーくんを見つけたようだった。
「みゅう!?」
「あっ、逃げないでほしいでごわす~!」
●
「やあ篤くん。お待たせしたね」
声がした。
振り返ると、青年が一人、立っていた。
「お久しぶりです勤さん。お怪我はすっかり良くなったようですね」
「いやまぁ、半分は君にやられた怪我なんだけどね。もう万全だよ」
それは、篤に普段から兄貴分(笑)として慕われている『亀山前』のポートガーディアン(笑)、布藤勤の変わり果てた姿だった(笑)。
篤は沈痛そうに目を伏せる。
「あぁ、こんな変わり果てた姿になって……」
「いやいや、もう万全だって。どこも怪我はないよ」
「ボロボロに薄汚れてないなんて、まるで人間みたいだ……」
「あたかも僕の正体がボロ雑巾みたいな言い方やめてくんない!?」
勤は一同を見渡しはじめた。
「……いやそんなことより」
攻牙と藍浬はコンビニ弁当のパセリをあっくんの前で誘うように振っている。射美は指をわきわきさせながらたーくんを追い掛け回していた。かすかに聞こえてくる「……フフ……ヘヘ……」という忍び笑いは、どうせホットドッグを目の前にした謦司郎が卑猥な妄想をたくましくさせているのだろう。
「彼らは? 友達かい?」
「えぇ、そのようなところです」
篤は四人に向き直ると、
「皆、本題に入るとしよう」
浪々とした声で宣言した。
藍浬があっくんを胸に抱きながら勤を見た。
「ふふ、はじめまして。諏訪原くんの級友の霧沙希と言います」
「あ、あぁ、どうも」
勤は頭を掻く。篤はそのさまを見ながら、うなずいた。
「この人は俺の村に唯一存在するバス停『亀山前』のポートガーディアン、布藤勤さんである。ほれ、みんな拍手で出迎えるのだ」
「「わー」」
ぱちぱちぱち。
勤は照れくさそうな笑みを浮かべた。
「やあやあ、どうも、ご紹介にあずかりました布藤勤です。あぁ、どうもどうも。本日はこのような催しにお招きいただきありがとうございます。布藤勤、布藤勤でございます。盛大な拍手ありがとうございます、ありがとうございます」
そして咳払いをひとつ。
「それでは歌います」
「皆、勤さんがお帰りだ。拍手でお送りしろ」
「「わー」」
ぱちぱちぱち。
「すいません調子こきました。やめて。拍手やめて」
と、いうわけで、全員が席に着いた。
射美が面白そうに眼を輝かせる。
「ほへー、ポートガーディアンの方でごわしたかー。政府の犬さんおつかれさまでごわす♪」
「うむ、この人は一級地脈鑑定士の資格を持っている、わりかしエリートな方のポートガーディアンだ。色々と謎を解き明かすヒントをくれることだろう」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってくれ篤くーん! ななななんで《ブレーズ・パスカルの使徒》の一員がこんなところにいるんだい!?」
勤が明らかな引け腰で叫ぶ。両腕で顔を隠すように庇い、射美から五歩くらい距離をとった。その上全身から脂汗が出る始末。
ビビり過ぎである。
「うふふ~、射美は絶賛スパイ活動中でごわすよ~」
「……ということらしいので、こちらとしても彼女を利用することにしました。まぁ希望的観測としては恐らく近づいても基本的には噛み付かないと思われるので安心です」
「がう~♪」
曲げた指を威圧的に掲げて猛獣っぽいポーズをとる射美。
「安……心……?」
勤は頭を抱えた。
篤は構わず話を進める。
「それで、鋼原よ」
「はいはい~♪」
射美が両手を挙げて、屈託ない笑顔で答える。
「この町にいる《ブレーズ・パスカルの使徒》は……つまり、当面俺たちと事を構えそうな十二傑は、あと何人いる?」
「射美を含めて四人でごわす~」
「各自の詳細を教えてくれ」
「んん~っと~……」
顎に人差し指を当てて、射美が語る。
一人目、タグトゥマダーク。
「いつもみんなのごはんを作ってくれるイケメンなお兄さんでごわす♪ 地方征圧軍での序列は第八位。超・めっさぽん強いでごわす♪」
二人目、ディルギスダーク。
「いつも独り言をブツブツ言ってる変テコなおっちゃんでごわす♪ 地方征圧軍での序列は第六位。超・めっさぽん・ファンタスティック強いでごわす♪」
三人目、ヴェステルダーク。
「いつも決断がやたら早い射美たちのリーダーでごわす♪ 地方征圧軍での序列は第三位。超絶・めっさぽん・ファンタスティック・エクセレント・ロマンティック強すぎワロタでごわす♪」
「篤くん! 逃げよう!!」
「いきなり何ですか勤さん」
「ヤバいよ! ヴェステルダークって! ちょっとシャレにならないよ! 逃げよう! 今逃げようすぐ逃げようナウ逃げよう!」
「落ち着いてください敗北主義者」
「言い切った!? いやいや、ホントにまずいんだって! 彼は《王》の一人だ! 僕たちとは存在の次元が違う!」
「何ですか《王》とは……いや、だいたいわかります。強いバス停使いなんですね」
「そんなレベルじゃないんだよぉ~!」
言い争う篤と勤を尻目に、攻牙が射美に問いかける。
「そういやお前の序列は何位なんだ?」
「……な、なんと上から数えて十一番目でごわす!」
「……」
嫌な笑みを浮かべる攻牙。
「ムキィーッ! その顔やめてでごわす~! 地方征圧軍十二傑がその名のとおり十二人しかいないなんてことは攻ちゃんは知らなくていいでごわす~!」
「その四人は、現在どう動いている?」
篤が、逃げようとする勤を組み伏せながら言った。
「えっと、確か~」
タグトゥマダーク:ヴェステルダークが借りたボロ借家で料理洗濯掃除に邁進するついでに、篤を抹殺しようと動いている。
ディルギスダーク:あちこち飛び回ってなんかしてる。あんまり家には帰ってこない。なにしてんのか不明。
ヴェステルダーク:ボロ借家の居間でタブレット端末とキーボードを広げてなんかしてる。《楔》がどうとか言ってたけどなんのことかわかんないでごわす~。
「つ、使えねえ……」
攻牙が目頭を押さえながら呟いた。
「えっと、それで射美は~」
「いや、もういい。お前はスパイ活動なのだろう。わかっている」
篤も目頭を押さえながら言った。
というか、味方の行動をあっさりバラすあたり、組織における射美の立ち位置がわかった気がした。
「……ええと、つまり」
篤に普段から兄貴分(笑)として慕われている『亀山前』のポートガーディアン(笑)、布藤勤は腕を組んでシリアス顔(笑)を取り繕った。逃走は諦めたらしい。
「やっぱり、彼らの目的は《楔》なのか……」
「知っているのか勤ーッ!?」
篤が叫んだ。
「なんでいきなりタメ口なの!? ……いやそれはともかく、篤くんはポートガーディアンじゃないから《楔》については知らないんだったね」
……と、いうわけで、ここから布藤勤の《楔》講座が始まるわけだが、すでにヴェステルダークの話の中で説明してしまったのであり、読者的には不要極まりないシーンである。
よって省略。
布藤勤、空気の読めない男である。
「……と、いうわけでこの地域のどこかに、皇停と呼ばれる《楔》が隠されているのさ!」(すごく得意げ)
「ふむ、所在不明のバス停、『禁龍峡』か……」
「あーあー、なんかヴェっさんがそんなこと言ってたような気がするでごわす~」
「どーも話が見えねえな」
攻牙がログテーブルに頬杖を突きながら言った。
「それと篤のウサ耳と何の関係があるんだ?」
「あぁ、それについては、似たような例が五十年ほど前にあったらしいよ」
……と、いうわけで、ここから布藤勤の『昭和タヌキ騒動ぽんぽこ事件』講座が始まるわけだが、すでにヴェステルダークが説明してしまったのであり、読者的には不要極まりないシーンである。
よって省略。
布藤勤、空気の読めない男である(笑)。
「……と、いうわけで、大地震とそれに伴うタヌキ化現象は、皇停『禁龍峡』の暴走が引き起こしたことであると考えられているんだ!」(超得意げ)
「超かわゆい~!」
「ぐぎゃあ!」
なぜか攻牙の頭を抱えて一緒にクルクル回りだす射美。
「離せバカヤロウ! 何なんだよ一体!」
「攻ちゃんがタヌキさんになったトコ想像してうっかり脳内最推しランキングに大幅な変動が来たでごわす~♪」
「ボクをネタに腐った妄想すんな!」
篤が勤に向き直る。
「つまり、この誉れ高きウサ耳も、『禁龍峡』が暴走した結果であるということですか?」
「そうだね、それ以外はちょっと考えづらい。何らかの特殊操作系バス停使いによる攻撃かとも考えたけど……」
「あ、それはないでごわすよ~」
もがく攻牙の頬をムニムニしながら射美は言った。
「タグっちとディルさんは内力操作系だし、ヴェっさんは外力操作系でごわす。射美の能力もそーゆーのじゃないでごわすし」
「いい加減離せコラーッ!」
「あだっ! か、噛むなんてひどいでごわす~!」
向かい合ってフシャーッ! と威嚇しあう射美と攻牙。
「ふむ、では『禁龍峡』の暴走で決まりだな。恐らく、タグトゥマダークにも俺と同様の症状が現れているのだろう」
篤はそう締めくくると、あっくんの耳にたーくんが猫パンチでじゃれかかっているさまを見た。
おもむろに、そこへ手を伸ばす。
たーくんは篤の手に驚いて「みゅ!?」飛び退ったが、あっくんは落ち着き払った様子で身を起こした。
申し合わせたかのように掌へとよじ登ってきたあっくんを、今度は頭の上へ運ぶ。
すると命じられたわけでもないのに、あっくんは頭を移動してウサ耳の間へちょこんと身を落ち着けた。
「ふ……」
安らいだ微笑みを宿す篤。
その様子を、全員が微妙な表情で眺めていた。
「……なんでお前は兎を頭に乗っけてご満悦なんだ……」
「美しく、気高い生き物だ。月の住民と呼ばれるのも頷ける」
「お前はもう語尾に『ぴょん』とでもつけてろよ!」
「わかったぴょん」
「やっぱいい! やめろ!」
「冗談だぴょん」
「……」
「……ぴょ、ぴょん」
周囲を、重苦しい空気が包み込んだ。
「お……い……? 篤くん? ま、まさか……」
やや青い顔をする勤。
「……付けるつもりはないのだが付けてしまうぴょん」
腕を組んで眼を閉じる篤。
「ちょっ! これ……もうこれ! 病院! 救急車!」
攻牙は頭を抱えた。
「まずいな……これはどんどんウサギ化が進行する流れだよ絶対」
汗をかく勤。
「どうやら見つけ出すしかねえようだな……『禁龍峡』をよ」
「えぇ~! いいじゃないでごわすか。諏訪原センパイ、カワイイでごわすよ~」
射美の不満げな声に、篤もうなずく。
「うむ、俺も特に不都合は感じていないぴょん」
「いや良くねえだろ! どーすんだよこのままウサギになっちまったら!」
「むしろ
仏像みたいなアルカイック・スマイルを浮かべる篤。
「もう多分バス停は使えなくなるぞ!?」
「大事なのは力ではないぴょん。決意と、覚悟だぴょん」
「まっとうな生活を送れなくなるんだぞ!?」
「営みがどのように変わろうと、俺の魂は変わらないぴょん」
「手の構造もウサギ化したらドスが持てなくなるぞ!」
「む……それは困るぴょん」
「なんでそこで引っかかるんだよお前は……」
疲れた声を出す攻牙。
「切腹は己の魂を純化するのに必要不可欠な儀式だぴょん」
篤は、哀愁が染み込んだ溜息をつく。
「……ままならぬものだぴょん。致し方がないぴょん。ウサギ化するにせよ、人間にとどまるにせよ、『禁龍峡』は見つけ出さねばならないようだぴょん」
とりあえず、そういうことになった。
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