決行

目的の部屋へと潜入した僕はそのまま周囲の状況を確認する。

ここは伯爵の服などが保管されている倉庫だ。

武力に固執する前の伯爵は服を集めるのが趣味だったらしい。

今は使われることが無くなり警備も手薄になっている。

そもそも貴重品などは存在していないもんね。

警備は1時間に1回の巡回のみ。

倉庫に入ってくるわけではなく扉のまえに来るだけで、もうそろそろ来る時間だ。

コツコツと足音が聞こえてくる。

調べた通り巡回が来たみたいだ。

僕は不認識化インヴィジブルを維持したまま聞き耳をたてる。

コツコツという足音が一度止まり声が聞こえる。


「はぁ、疲れた。一時間に一回巡回とかめんどすぎだろ。」

「そういうなって、こうして巡回することで領主様の安全ちがいねえが守られるんだから。」

「へっ、そんなこと言ってお前もおこぼれもらうためにここにいるんだろうがwww。」

「まあ、否定はしないけど。」

「でもあの傭兵団の子はもらえねぇんだよなぁ。胸は小せぇけど顔は好みなんだけどなぁ。」

「どっかの貴族様なんだろ?流石に貴族様には手出せないからな。」

「案外傭兵団のハゲ団長にしこまれてるかもしれねぇけどなwww。」


そんなことを話しながら遠ざかっていく巡回兵。

僕はその足音を聞きながら考える。

傭兵団に女?

調べた感じだとそんなのいなかったはずだ。

イレギュラーの存在に驚愕しながらも計画を続けるしかない。

僕は意識を切り替えもう一度外を探る。

さっきの兵士は完全にいなくなったみたいだ。

そのまま倉庫を出て音もなく伯爵がいるであろう部屋に向かう。


伯爵はこの時間、楽器を演奏しているらしい。

武力に固執しているはずの伯爵がなぜ演奏などしているのだろう。

僕にも、しっかりとした理由までは把握できていないけれど多分、儀式魔術の一環だと思う。

儀式魔術は膨大な時間とエネルギーを使用して発動する大規模魔術だ。

その効果は魔法を超え、神法にすら匹敵する。

伯爵は、音を媒介としてエネルギーを増幅し発動させようとしているんだろう。

同じ旋律を固定された空間内に何重にも奏で、込められたエネルギーを増幅、循環させることで旋律に込められた術式を発動させる。

どんな術式を発動させるつもりかはわからないが、演奏を行なっている間はエネルギーを旋律に乗せ続けるため、演奏後はエネルギーがほぼない状態になるだろう。

僕はその隙を狙うためにこの時間にこの場所にやってきている。

扉越しに聞こえるどこか絶望感を感じる音色を聴きながら、僕は屋根裏へと移動する。


―――――――――――――――――――――――


15分ほど経っただろうか。

伯爵は演奏をやめ手に持つ笛をしまい始めた。

結構危なかった。

いくら不認識化インヴィジブルのエネルギー消費が少なくても、僕のエネルギー量ではもうもたない。

この後傭兵団の殲滅があるからこれ以上使ってるとやばかった。

僕の真下に伯爵が来たタイミングで僕は不認識化インヴィジブルを解除して、重力のままに落下する。

そのまま伯爵の背後に降り立ち口を押さえ込んで短刀を首に突き刺す。

ブシュッ!という鈍い音と共に血が噴き出す。


「君は...」


ぼそっと伯爵が言葉を漏らすが聞き入れず能力を発動する。


「浸透開始。」


瞬間から僕のエネルギーが流れ込み伯爵のエネルギーに浸透して行く。


「私を...殺し...て...あ...とう。」


ゾワリと背筋が凍る。

なんだこれは。

伯爵の中に黒いエネルギーを感じる。

どす黒く、暗く、どこまでも深い。

明らかに異質なエネルギーが放出される前に僕はエネルギーを操作する。


「っ!浸透:握」


伯爵に浸透させた僕のエネルギーを圧縮させ、握り潰すように中央へ収束させる。

グシャ、と音を立てながら伯爵の体は小さな肉塊へと変貌する。


「はぁはぁ、なんだよ今。」


得体の知れないエネルギーを今なお感じながら肩で息をする。


「とりあえず、伯爵はこれで終わり。次は傭兵団だね。」


肉塊となった伯爵を回収して、部屋を後にしようと僕は歩き出す。

淡く、微かに、そして暗く光る、伯爵の血が作り出した術式に気づかないままに――――。

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