第6話 裏垢女子




「……私とマリアは最初は本当に仲が良かった……」



アヤカはカーディガンの裾をぎゅっと握りしめ、うつむきながら話し始めた。



「……マリアは優しくて可愛くて私は、マリアの事が好きだった。何でも相談しあえて本当に親友みたいな仲だった」



「じゃあ何で……」



なぜ仲が壊れてしまったのだろう。親友と言えるほど好きだったのに。



「マリアといると、いつからだろう。自分がゴミみたいに思えてきたの。凄く苦しかった……。劣等感が抑えられなかった……。マリアの事が大好きなはずなのに」


「どうしてですか?君でもそんな事を思うのですね」


ショウは「意外」と言う表情でアヤカに問いかける。俺もアヤカがこんな事を言うなんて予想外だった。自信満々でプライドと自尊心が高いように見えていたから。



「マリアと出かけるとマリアは、いつもファンの子に声を掛けられてて、いつもチヤホヤされてた。マリアは自慢の親友だった。なのに段々それが虚しくなっていったの。誰も私を見ていない。私は『アヤカ』じゃなくて『マリアのいつも隣にいる子』。私には何もない。マリアの隣にいるただのおまけで、私は空っぽなんじゃないかって」




「そんな事ないよ。アヤカだって充分可愛いじゃないか」



アヤカにそう言葉を掛けながらハッとした。俺もいつの頃かそんな気持ちになった事があった。自分には何もない。消えてしまいたいと。




「あなた達に私の気持ちなんてわかんないよ!私は凄く苦しかったんだから!……私もいつしか有名になりたいと思うようになっていった。有名になれば自分の存在意義が分かるような気がしたの。皆に認めてもらえる気がしたの。『マリアのおまけ』じゃなくて私だけを見てもらえる気がしたの。


だから、まずはもっともっと綺麗になりたくて美容の勉強をした。メイクもファッションもいっぱい勉強した。そしてSNSを始めたの。これで私もマリアみたいに人気者になれるかもって思ったの。


でも私は全然人気が出なかった。私がカフェの写真をSNSに上げても反応なんて誰もしてくれないのに、マリアが同じ店の写真を載せると何百も何千も反応が来るの。挙句の果てには私が先に載せたお店なのに『マリアが紹介してたお店』って言われて悔しかった。マリアはあんなに人気なのに、何で私は……って思うようになっていった。劣等感が前より強くなっていった」



「マリアはそれを知っていたのか?」





「知らないと思う。言えるわけないじゃない。言ったらもっと自分が惨めになる!表面上は友達を続けてた。その後も自分なりにいろいろ頑張ったの。


でも何をしても私は『マリアのおまけ』だった。


もう自分が分からなかった。自分自身が本当に有名になりたくて頑張っているのか、マリアに負けたくないだけなのか、チヤホヤされたいだけなのかそれさえも良く分からなくなっていった」




俺は何と言葉をかけていいのか分からなかった。ショウもただまっすぐにアヤカを見つめて話を聞いている。身体にまとわりつくように吹いている、生ぬるい風だけがその場の空気を支えてくれているような気がした。



「そして私は裏垢を作った。本音を吐き出す場所が欲しかったから。自分の下着姿とか、きわどい写真を軽い気持ちでネットに載せた。そしたら今までじゃ考えられないくらい沢山の反応が返ってきた。皆が私を可愛いって言ってくれた。嬉しかった。私ここに居ていいんだって思った。皆が私を受け入れてくれるって。


……私はここまで、曝け出さないと居場所がないのかとも思った。これが良い事なのか、悪い事なのか分からないけど私の居場所が出来たから最終的にはいいかなって思う事にした。


心が病んだ時は、リストカットの写真を載せれば皆が心配してくれた。マリアじゃなくて私だけを皆が見てくれてるって嬉しかった。そして私はきわどい写真をどんどん載せるようになっていった。可愛いって言ってくれるだけじゃなくて、たまにお金とか、プレゼントを送ってくれるファンも増えていった。フォロワー数もどんどんマリアに近づいて、私が感じていた劣等感も徐々に消えていった。


マリアは何も知らないから、私のリストカットを凄く心配してくれたけどね。私には裏垢があると思えば、劣等感を感じる事もなくなって明るい気持ちでまたマリアと接する事が出来るようになったの。そんな中、マリアに当時の彼氏の事を相談されたの。さっき言った、モラハラの元カレの事ね」



「裏垢が、良いか悪いかは置いておいて、気持ちが落ち着いたなら何でいじめたんだよ」



「マリアは彼の事で凄く苦しんでた。泣いていた事も沢山あった。マリアを支えてあげたいと思う反面、苦しんでいるマリアを見ていたら、自分の方が優位に立てているような気がして内心笑ってた。でもマリアの人気は上がる一方で、マリアの事が何だか憎らしくなっていった。だってSNS上では彼氏いないって言ってたんだよ。ファンを騙してるって事じゃない?アツシくんだってショックだったでしょ?」



「まぁ……それはそうだけど……」



「最初はちょっとした嫌がらせのつもりだった。裏垢から、マリアのアカウントに『キモイ』ってメッセージを送ったの。そしたら少しだけ心が軽くなった気がした。当然だけど返事は返ってこなかった。どうせ見ていないのだろうと思ってその後も何回も何回も送った。


そして慣れて来ると、ネットの誹謗中傷だけじゃ心が落ち着かなくなって、私はマリアの事をリアルでもいじめるようになった。最初は皆にバレないように少しずつ嫌がらせをしたの。そしたらマリアはどんどん精神が不安定になっていって、授業中とか泣き出すようになった。


でも私のリストカットの数に比べたらマシでしょって思ってた。今までいっぱい良い思いして来たんだからそのくらいいいじゃんって。マリアが情緒不安定になってきたら、他にもマリアの事をいじめるクラスメイトが出てきて嬉しかった。皆マリアの事が気に入らなかったのよ。心の中では、お高く留まってって思っていたのよ!私はその子達と手を組んだ」




でも俺が見かけるマリアはいつも友達に囲まれて楽しそうにニコニコ笑っていた。幸せそうに見えていた。「目に見えているものだけが全てではない」と言う言葉をどこかで聞いた事がある。まさにそうだった。マリアのファンだと言いながら、結局俺には、マリアの表面しか見えていなかった。




「でもマリアはプロ意識が高くて教室の外ではいつもニコニコしてた。『SNSの有名人』という存在を演じきって隙を見せなかった。ファンからのイメージを絶対に壊さないようにしてた。そこがまた気に入らなくて私はマリアの大事な物全部奪ってやろうって決めたの。マリアという存在をもっともっと壊したかった。だから校内にいるマリアのファンの子にどんどん近づいた。マリアの悪口を吹き込んで、男の子のファンは皆私の事が好きになるように近づいた。


そんな時あの殺害動画が上がったの。最初はびっくりした。でもこれは神様がくれたチャンスなのかもって思った。マリアがどうなったのか知らない。生きているのか、死んでいるのかも知らない。どうでもいい。マリアの居場所さえ奪えればそれでいい。皆がマリアじゃなくて私だけを見てくれればそれでよかった。


上手くいったと思ってたのになー。こんなキモオタに邪魔されるなんてなー」





「そんなのって……」

「それは全て君の問題です」



さっきまでの脅えていたショウとは全然雰囲気が違っていた。俺はどう話したらいいのかうまく言葉が選べなかったが、ショウは何の迷いもなく話始める。





「君の自尊心の問題です。今回相手がたまたまマリアだっただけで君は誰に対してもきっと嫉妬し、妬み嫌がらせをするのです。マリアは何も悪くありません。君は自分の価値を自分で下げ、マリアに八つ当たりしているだけです」



そのまっすぐな言葉が自分にも言われているような気がして俺は少しうつむいてしまった。




「なによ!これが本当の私だもん。こういうやり方しか出来ないんだもん!」


アヤカは顔を真っ赤にしている。



「自分の本当の気持ちを誰かに伝えた事はありましたか?さっきまでのぶりっ子の君より、本心を話している君の方が表情もしぐさも綺麗でしたよ」



「キモオタのくせに生意気なのよ!……そうなの……私は自信がないの。あなたの言う通り、自信がないからマリアに八つ当たりしていただけなの……本当は自分でも心のどこかで分かってた」


アヤカは強い口調ながらも淋しそうに答えた。ぶりっ子で明るかったアヤカからは想像も出来なかった。こんな想いを抱えていたなんて。



「これが私の知っている事、全部。ね?先生は全く当てになっていないでしょ?マリアがいじめられている事に気づいていなかったのよ。私は殺害動画の件に関しては本当に何も知らない。マリアと連絡が取れないのは事実よ」



アヤカの表情はさっきよりもどこか穏やかだった。俺はカッコつけてばかりでショウのようにカッコイイ事を何ひとつ言えない。自分が何だか情けなかった。



「話してくれてありがとう」


「あとお詫びって言うか……マリアの元カレの事教えてあげる。マリアの元カレはトモキって言うの。……アツシくんごめんね。マリアの事助けてあげてね。もういじめたりしないけど、やっぱりマリアが居ないと張り合いないのよ。何だかんだ私はマリアが好きなの。どんな事があってもマリアは私の憧れで、尊敬する人なのよ」


「絶対、助けるから。……俺もマリアが好きだから」


そうだ。その為にアヤカと話したんだ。俺がマリアの為に出来る事を頑張らなければならない。


「……それから、ショウくんもごめんね。何かあったら協力するから」


ショウは静かに頷く。






空から雨が降り出したのか、それともアヤカが泣いているのか、一粒の雫が彼女の頬を流れていった。



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