第5話 親友の虚言



「騙されないでください!彼女は……アヤカは嘘をついています!!」




男子生徒はアヤカを指さしながらそう言った。


少し手が震えているようにも見える。俺は予想外の言葉に頭が追い付かない。流石にアヤカには、からかわれているとは思っていたけど、嘘とは何の事だろう。


「何言ってるのよ。アツシくんこの人怖い。助けて」


アヤカは俺の制服の裾を掴んでくる。口元に手を当てて脅えているようにも見える。俺はアヤカを守るべきか。


男子生徒はアヤカの怯えた様子を見てもおかまいなしに話してくる。




「僕の名前はショウです。僕、知ってるんです。そのアヤカって人、本当はマリアの事いじめてたんですよ!この前たまたま見ちゃったんです!親友なんて絶対嘘です!!」


「え?」



俺はアヤカに視線を移す。アヤカはさっきと同じように一瞬怖い顔をした気がした。



「そんな事する訳ない!マリアは私の親友だもん!アツシくん私の事信じてくれるよね?」



うるうるの瞳で俺の事を見つめて来る。確かな証拠がある訳でもないのにアヤカを責める事は出来ない。



「あ、えっと、ショウくんの見間違えではないの?アヤカちゃん違うって言ってるし……」



「絶対に、間違いではありません。証拠の動画もここにあります!そんなぶりっ子に騙されないでくださいよ!アヤカはそうやって君以外のマリアのファンにも言い寄っているんですよ!」



そ、そうなのか……?俺はまた、アヤカに視線を移す。さっきまでのアヤカの言葉はやはり演技だったと言うのか。



「アツシくん!こんなキモオタ男に騙されないで!」


キモオタ男は流石に酷いだろう。こんな暴言を吐く子だったのかと驚いた。焦って必死に抵抗しているように見えてしまう。



「キモオタ男って……ショウくん、証拠の動画って?」



「わかりました。これが証拠です」



ショウはシンプルなクリアカバーのついたスマホをスッと差し出た。慣れた手つきで手際よく動画を再生する。俺は眉をひそめて覗き込んだ。









そこにはアヤカとマリアと数人の女子生徒の姿が映っていた。さっき三年B組で見かけた女子生徒達だ。


階段下にいるようだ。あまり使われてない用具室の側にその階段はある。俺も前に先生に頼まれて行った事がある。ここは殆ど人が来ないし、声も届きにくい。そして薄暗く埃っぽい。


アヤカを含め、四人でマリアを囲んでいるようだ。明らかに楽しい雰囲気ではない。




「キモイんだよ!何調子に乗ってんだよ!」


そう言ってアヤカがマリアを突き飛ばした。マリアは抵抗せずに尻もちをついた。うなだれるように、うつむいている。女子生徒の一人がマリアの髪を掴んで顔を覗き込んでいた。



「何だよ、その目!写真みたいに笑えよ!マーリーアーちゃん!アハハッ」



少しだけマリアが顔を上げた。マリアの顔は、目はいつもネットで見るようなきらめきはなく、別人のようだった。




「き、君達、何しているんだよ」


そこにショウの声が入っていた。脅えながらも必死にマリアを助けようとしている。動画を撮られている事は皆、気づいていないようだ。



「遊んでただけだもん!ねーマリア?」


アヤカはそう言うとマリアの腕を無理矢理引っ張り、女子生徒達と立ち去ってしまった。


マリアの顔は一瞬しか映っていなかったけど、淋し気に笑っていた。俺はその笑顔に胸がギュッと締め付けられた。



ここで動画は終わっていた。









「僕は本当はすぐにマリアを助けたかった。でも誰かに言った所で、僕の言う事なんて誰も信じてくれないだろうし……何かあった時の為の証拠として撮って置いたんです」



ショウはそう言いながら震えていた。


「あなたあの時のキモオタ男だったのね!勝手に動画なんか取って盗撮じゃない!犯罪よ!アツシくんもそう思うよね!プンプン!」


ここまで来てもぶりっ子キャラを保っている事に感心してしまうし、証拠を出されても開き直っている事に尊敬もしてしまう。なぜこんなに心が強いのだろう。それと同時に俺の中で怒りの感情が湧いてきてしまった。



「ショウくんの動画が本当なら、俺は君の事を許さない」




「酷い!さっきまであんなに優しかったじゃない!えーん」


アヤカは泣いている素振りをしている。絶対に嘘泣きだ。ショウがすかさず口を開く。


「アヤカの嘘はそれだけじゃない!マリアのアカウントにいつも誹謗中傷を送っているアカウントがあったんです!そのアカウントがアヤカの物だったんです」


「え?」


衝撃的な事実にまた驚いてしまう。リアルでもネットでも嫌がらせをしていたなんてとことん酷い。


ショウはマリアの為に必死で調べたのだろう。


「そんなアカウントいっぱいあるじゃない!それこそ私だって証拠はないでしょ?」


アヤカは絶対に認めようとはしない。意地っ張りなのか、プライドが高いのか。



「じゃあ、これ、見せてしまってもいいのですね?」



「べ、別にいいけど。絶対に私のアカウントじゃないもん!」


「見てください」


ショウはまた俺にスマホをスッとさしだす。そこには女の子がきわどい写真を沢山載せているアカウントがあった。顔こそ隠してはいるがツインテールの感じがアヤカに似ている気がする。


「アヤカの裏垢です。アヤカはきわどい写真を載せて自分のファンを増やしつつ、マリアへの誹謗中傷を繰り返していたんです」


高校生の俺にはまだ、刺激が強いような恥ずかしくて、目を逸らしたくなってしまうようなきわどさだった。この写真の少女が本当にアヤカなのだろうか。


「でもこれだけならまだアヤカだってわからないだろ?」


「このアカウントの別の写真も見てください。拡大すると奥の方にアヤカのカーディガンと同じものが映っています」


「本当だ……」


「あとこっちの写真もよく見ると……」




「あーあ。うっざ!何なのよ!あなたの方こそ私のストーカーなんじゃないの?!」




ショウの言葉をさえぎるようにアヤカは口を開いた。いきなり口調が変わったことに俺はビクッとしてしまった。


「ア、アヤカちゃん?落ち着いて……」


「もう!何でアツシくんも私に騙されてくれないのよ!まじ使えない!全部台無しじゃない!」


アヤカをなだめようと思ったが「全部台無し」と言う言葉が引っかかった。マリアの殺害動画に何か関係しているのだろうか。




「どういう事?」


「もうヤダ!しらない!」 


「どういう事だって聞いてるんだよ!!」



その場が静まり返ってしまった。

俺は感情が高ぶって大きい声を出してしまった。ショウもアヤカを睨みつけていて、アヤカは本当に泣きそうだ。二対一で女の子を責めるのは良くない。いじめと同じじゃないか。


アヤカがマリアにした事と同じだ。俺は深呼吸して心を落ち着かせた。



「……大きい声出してごめん。台無しってどういう事か話してくれないかな?」 


「……わかった。でも条件がある」

「条件?」



「話す替わりに私の裏垢の事は皆に言わないで欲しいの……お願い……」




やっぱり裏垢はアヤカの物だった。なぜそんな写真を上げているのだろう。自分の身体は大切にした方がいいのに。



でも「皆に言わないで欲しい」と言うその声は、これまでの会話の中でも読み取りにくかったアヤカの本心が、一番こもっているように感じた。



「わかった。マリアの事もういじめないって約束してくれるなら。あとは、もう嘘はつかないでね」







「……うん。……私とマリアは最初は本当に仲が良かった……」




空が曇って来て、何だか雨が降り出しそうだ。





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