第3話 虫が好きな教師




「失礼します。すみません、ヤマダ先生あの、お聞きしたい事があるのですが……」



職員室に行くとヤマダ先生は自分のディスクに腰掛け、蝶の標本を銅像のように全く動かずただただ、じっと見つめていた。


そして少しだけ見える目元からニヤニヤしているような表情が窺える。瑠璃色に光っている蝶の羽は遠くからでもはっきり見え、どこか惹かれる美しさだった。



職員室の中もいつもと変わらない雰囲気だ。


先生たちは淡々と書類を片付けたり、電話対応をしている。その中でも一人だけ蝶の標本を見つめているヤマダ先生の姿は何だか異様だった。一人だけ時間が止まっているようだった。



ヤマダ先生は男性で、確か三十二歳で独身だ。身長が高く少しぽっちゃりしているように見える。天然パーマなのだろうか。髪は長くはないがナチュラルなパーマがかかっている。いつもマスクをしていて顔全体はまだ見たことがない。見たことがあるという人の話も聞いた事がない。




「何でしょう。私は忙しいのです」


銅像のように動かなかったヤマダ先生が、少しだけ不機嫌そうに表情を変え、こちらを見て答える。



「あ、お忙しい所すみません。マリアさんの事なんですけど……」

「はぁ……」


俺が話をしている途中だったが、話をさえぎるように先生は大きなため息をついた。



「君のようにマリア、マリアって何人もの生徒が朝から私の所に来ています。昨日ネット上で何があったのか知りませんが、大きな問題ならとっくに警察でも何でも動いているでしょう!それにマリアさんのご両親から体調不良で休むと連絡が来ています。わかりましたか?これでよろしいですか?!」



先生はイライラしているのか威圧的だ。何かのスイッチが入ったかのようにベラベラと話していた。



「あの……」

「まだ、何かあるんですか?」


先生は凄く面倒くさそうな表情だ。辞めておこうか?でも今聞かないときっと後悔することになる。



「三年B 組にさっき行った時『マリアは変わってる子だった』って聞いたんですけど、先生から見たマリアさんはどんな人でしたか?」


「はぁ……きっとSNSだか何だかで仕事してるからそう言われただけでしょう。普通の子でしたよ。授業も真面目で。もういいですか?!私と虫達の大事な時間なんです!さっきから生徒がいっぱい来るせいで集中できないのですっ!!」


「わ、わかりました。すみません、ありがとうございます……」



「本当に君達は可哀想だ……狭い世界ばかり見て……蝶の良さもわからないなんて」







噂で聞いていた通りヤマダ先生は変わった人だった。自分の機嫌の悪さを人にぶつけてくるタイプの人間だと感じた。とても気を使うし、同級生だったら多分仲良くはなれないだろう。


ヤマダ先生の授業はまだ受けた事がなった為、個人的に話したのは初めてだった。


化学の授業を担当していて、虫が好きと聞いていた。虫が好きなのは良い事だが、ここまでとは予想以上だった。そして最後に人を見下すような態度をとって来たのが何だか不快だった。



しかし、俺が聞いていたヤマダ先生の噂はそれだけではなかった。



学校に置いてある生徒の個人情報の資料から、生徒やその家族の過去や趣味、それこそSNSを調べ上げ、夜な夜なニヤニヤ笑っているというのだ。


なんと恐ろしい。


本当の事なのかはわからないし、ただの都市伝説みたいなものだが。もしそれが本当だったら先生はもっとマリアに興味を持っているはずだろうし。




ヤマダ先生はマリアが体調不良で休むと言っていた。やっぱり俺がいろいろと深く考え過ぎていただけだったのか。それに俺の他にもマリアの事心配している人は沢山いたんだな。


確かにヤマダ先生が言っていたように、本当に殺されているか何かあったのなら、警察だって動いているよな。冷静になって考えれば簡単な事なのになぜ分からなかったのだろう。



もうこの件は解決したという事になるのだろうか?




だとしたら何のために「白いスミレ」の写真が投稿されたのか。特に意味はなかったのだろうか。



モヤモヤした気持ちは晴れないままだ。まだ何かが俺の中で引っかかっていた。



それにヤマダ先生は「マリアはどんな人なのか?」という質問にも適当に答えているようにも見えた。ただ虫を見たいから面倒くさくてそう答えたのかもしれないけど。


ヤマダ先生も本当は、何らかの形で昨夜の動画に関わっていて隠蔽しようとしているのではと怪しく見えてきてしまう。



解決したと簡単にはやはり片付けられない。謎が深まるばかりで様々な疑問が湧いてくる。








自分の世界に入りすっかり考え込んでしまった。


よく前も見ずに、廊下で歩きながら考えているといきなり誰かに肩を叩かれた。


「うわっ!」

 

思いもよらぬ出来事だったので、びっくりして大声をあげてしまった。




「ごめんなさい……驚かせるつもりはなくて……」




振り返るとそこには小柄でツインテールの良く似合う可愛らしい女子生徒が立っていた。


少しうつむきながら、上目使いでこちらを見ている。声も高くて可愛い。ダボダボのキャメルのカーディガンが良く似合っている。俺にはこんな可愛らしい知り合いはいないはずだ。クラスメイトでもない。



「え?誰……?」



もしかして俺、告白でもされる?恥ずかしそうに話す女子生徒を見てそんな事を考えてしまった。こんな事態にも関わらず、変に期待して良からぬ妄想をしてしまう自分が居た。







「わ、私はマリアの親友……話したい事があります……」


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