第42話 僕とパンツと親友の秘密
土曜の二時間目の終わりに戻る。
次の三時間目が体育であるため、女子は急いで教室を出て、女子更衣室に、男子は教室で着替えを始めた。
僕はさりげなく春樹のパンツを確認した。ボクサーの黒のパンツであった。とくにそれ以外の特徴はなかった。おかしいなぁ。立花さんは自信満々に探偵計画を話していたのだが、なんの変哲もないパンツであった。
その日は、雨だったため、急きょハンドボールから、体育館で新体操に変わった。僕はあまり体育は得意ではないのだが、新体操はどちらかというと好きな方だった。というのも、新体操っていうのは、基本的に伸びる運動が多いのだから、自然女性が美しく見えるってものである。手を伸ばし、腋をさらけ出し、脚を広げ、股を晒し出すといった日常ではありえない状態を、それも公衆の面前の前で堂々と見ることができるのだから、これはもう温泉の雪景色のなかお風呂に入る美女の次に魅力的なシーンと言っても過言ではない!
だが、その日は、新体操を前にして僕は憂鬱であった。そりゃ新体操なのに、僕が観察するのは女子じゃなくて、男子の、それも男子のパンツなのだから、もうがっかりだった。まぁ、立花さんからは、春樹のトイレには一緒にいってはいけないといわれていたので、いつパンツをみようか悩んでいたのだが、新体操ならば、止まっているときもあるので、パンツを透視することも容易であり、捜査としては絶好のチャンスとなったのだが。
体育が始まり、いつも通り、僕と春樹は準備体操のパートナーとなった。
この体育の二人組になれっていう仕組みは実に社会の、一人ぼっちだと生きていけない感がでていて毎回不快に僕は思うのだが、一人がそれを否定して騒いだどころで社会がどうのこうのできるわけじゃなく、社会につぶされてしまうのだし、結局僕も一人にならないようにこうやって毎回親友とペア組むことを暗黙の了解としているのだから、何も言えないのである。
僕の新体操なのに女子を見られないという負の感情がこんな暗い思考を生み出してしまったのだが、とにかく、新体操前特有の建前は身体を伸ばすため、実際は腋を見るための準備体操が始まった。
僕と春樹は向かい合い、座って、そして足を左右に広げ、その左右の足をお互いにそれぞれ足裏を付ける感じにして向かい合った。イメージできるだろうか、足を左右に大きく広げて、そして、身体をその広げた足のすき間に倒して延ばすという、定番の伸ばして身体を柔らかす運動を向かい合って二人でやるバージョンである。その恰好のまま、先生がこれからやることに関して、説明をし始めた。
春樹は熱心に先生の方をみて説明を聞いていたが、まさにそれは僕にとっても、春樹が僕から目を逸らし、僕が春樹のパンツを透視する絶好のチャンスであった。僕は頭を新体操のあらゆる欲望から、春樹のパンツのことだけを考え、そして、全神経をパンツと、視力に使って、パンツを透視した。
そして、僕は信じられない結果を見てしまうことになった。
春樹はさっきはいていた黒のボクサーパンツではなくて、水色に水玉模様が描かれている、女性用パンツをはいていたのだ。
僕は最初に説明した通り、パンツがどんな柄であるかしか情報を得られないのだから、衝撃を受けてもパッと立ち直れるのでは、と思うかもしれないが、そんなことあるわけがなかった。
友人が体育中に女性用パンツをはいていたなんて、もはや意味不明であり、立花さんの話を聞きながら想像していた予想をはるかに上回る事実に、正直、僕は能力が間違っているのではということを疑うのも忘れていた。ただ、僕が何十年も見てきた、男性特有のふくらみの上に履かれた、水色水玉パンツを想像し、呆気にとられ、先生の話が終わったこともわからなかったほどだった。
そして、その最大の失敗は、茫然としている僕の顔を春樹に見られてしまったことだ。春樹は最初こそ穏やかな笑みを浮かべていたが、僕が春樹のパンツ部分を見つめ、茫然としているものだから、流石に気づき、笑みが消えて、顔が真っ青になっていくのであった。
イケメンなのに何故か体育中に女性用パンツを履いた男と、それを何故かそれをズボン越しから見ることができる男の対面。先に行動を起こしたのは前者だった。
「ねぇ、優。」
そう呼ばれてふと僕は顔を上げると、急に春樹は肩をつかんできて、顔を接近させ、そして、いままでの付き合いのなかで一度も見たことのないような、人を見透かすような、冷たい目で僕を見つめた。
「見たのか。」
これも聞いたことのないほどに冷たい声だった。いつもは明るい、暖かい声なのに。僕はそんな春樹につい、咄嗟に、
「いや、僕は何もみてないけど。」
そういうと、春樹は目を見開いて、
「嘘をつくなんて、君らしくないね。」
そんなことをいい、そして続けて、
「僕は見たよ。優の心を。」
ぞっとした。冷たく、見透かしたような目も、声も、そして言葉も、すべてがいつもの春樹と違いすぎて、怖かった。まるで秘密を知りながら、嘘をついた僕を心の底から憎むようであった。
「放課後、静かなところで、二人きりで話そう。」
「それなら、放課後、屋上で話そう。あそこならきっと誰も来ないはずだから。」
なんとか震えながらも、僕はそう伝えた。
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