第8話

 年が明け、冬休みの俺はダラダラとテレビゲームをしながら過ごしていた──コンコンとノックが聞こえ、俺は「はい」と返事をする。


 母さんが入ってきて「恭介。おせち、飽きたでしょ? コンビニで何か甘い物とか買って来てよ」


「あぁ、分かった。区切りの良い所で行くから、お金その辺に置いといて」

「うん」


 俺は区切りの良い所でゲームをやめ、ネイビーのダウンジャケットを着てコンビニへと向かった──コンビニに着くと、適当にお菓子とデザートを買い物カゴに入れレジに行く。


「え……」


 黒縁眼鏡をしていて一瞬、分からなかったけど、レジにはコンビニの制服を着た弥生ちゃんが立っていた。可愛いな、眼鏡姿も似合ってる。


 俺はカゴをカウンターに置くと、「ビックリした」と話しかけた──だけど弥生ちゃんは返事をすることなく仕事を続ける。


 聞こえなかったのかな? 俺はもう一度、「ここでバイトしてたんだね」と声を掛けてみた──だが、弥生ちゃんは視線を合わせず、合計金額を言うだけだった。


 なんだよ……俺は納得いかなかったが、後ろに人が居るのを察し、お金を払うと直ぐにお店を出た──。


 あー……何だか無性に腹が立つ。俺、なんかした? ──怒りが収まらない俺は、携帯を取り出す。そしてメッセンジャーアプリを選択すると『無視することないじゃないか』と、打ち込んで送信した。


 鼻で深呼吸をして、携帯を手に持ったまま歩き出す──少しして携帯をみたが、まだ既読にはなっていなかった。


 バイト中とはいえ、さっきのやり取り、気にならないのかよ? 携帯画面をみたまま歩き出すと──ようやく既読マークが付く。俺は立ち止まり、どんな返事が来るのか様子をみた。


 すると──急に後ろから車のクラクションと共にキーキーっとブレーキ音が聞こえてくる。そしてドゴッ!!! っと、明らかに車に何かが当たった嫌な音がした。


「ゴクッ……」


 冬だというのに手に汗が滲み、張り裂けそうなぐらい心臓がバクバク……と高鳴っていくのが分かる。


 すごく嫌な予感がする……怖い……振り向きたくない。でも……俺の頭を過ぎった事が本当に起きていたら? ──俺は意を決し、ゆっくり後ろを振り返った。


「あぁ……」


 俺は邪魔な買い物袋を放り投げ、地面に横たわる弥生ちゃんに向かって走り出す──何でだよ……何でこんな事になってんだよッ!!!


 俺は道路を渡り弥生ちゃんのもとへと着くと「弥生! 大丈夫か!?」と、声を掛ける──だが、弥生ちゃんは目を瞑ったまま返事は無かった。


 意識が無い……どうする? どうすれば良い? 俺はまず携帯で調べようと電源を入れる──いや、そうじゃないだろッ! 先に、救急車だ。


「えぇ……はい。人を轢いてしまいまして。はい」と、弥生を轢いた中年の男が電話をしているのが聞こえてくる。


 もう警察か救急車を呼んでいる? じゃあ俺に出来る事は何だ!? 


 俺はしゃがみ込み、弥生の状態を確認する──弥生の頭の方から、純白の雪がジワァ……と赤く染まっていくのが分かった。


「頭を打ったのか!?」


 何か……何か止血するものは無いかっ。俺はキョロキョロと辺りを見渡す。男はまだ誰かと電話しているし……コンビニに行って帰って来てからで間に合うのか!?


「クソっ!!」


 俺はコートを脱ぎ捨て、下に着ていた白色のセーターまで脱いだ──弥生の頭を少し上げると、セーターで押さえる。


 これで合ってるのか? こんなに強く押さえて弥生、痛くないか? 俺は空いている手を使って携帯で止血方法を確認していった──。


 深々と降る雪が弥生を濡らしていく。俺は手を伸ばしてコートを手に取ると、弥生に被せた──。


 とりあえず今やれそうな事は無さそうだ。あとは救急車を待つしかない──弥生ちゃん、ごめんな……俺が『無視することないじゃないか』なんて書かなければ、こんな事にはならなかった……本当にごめんな。


 白いセーターを真っ赤に染める程の大怪我を負っている弥生ちゃんの姿をみて──俺は涙を堪えるなんて出来なかった。

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