第7話

 シアターに入り、弥生ちゃんが奥の席、俺は通路側の席に座る。数分して映画が始まった──。


 どんな映画かは既に携帯で調べてある。病気を患った少女と普通の高校生男子との切ない恋物語だ──でも、泣ける!


 俺が必死で涙を堪えていると横から、鼻をすする音が聞こえてきた。弥生ちゃんもきっと、泣きそうなんだな。


 こんなこともあろうかと、ティッシュは持ってきている。でも、泣いている姿を見られるのは嫌かな? ──まぁいいや、顔を向けなきゃ良いんだ。


 俺はジーンズに手を突っ込み、ポケットティッシュを取り出すと、正面を向いたまま弥生ちゃんに差し出した。


「ありがとう」と、弥生ちゃんは小さい声で言って、受け取る。俺は「うん」と返事をしてポケットティッシュから手を離した。


 ──しばらくして、弥生ちゃんは肘掛に腕を乗せる。そのままの姿勢でいたかと思ったら──直ぐに下ろした。それから、乗せたり……下ろしたり……腕を表に向けたり、裏にしたりと落ち着かない様子だった。


 どうしたんだ? 少し考えてみる──あ、もしかして……俺はゴクッと固唾を飲み込むと──弥生ちゃんの腕の上に俺の腕を重ねて、優しく弥生ちゃんの小さくて可愛い手を握った。


 ──いま弥生ちゃんは、どんな表情をしているんだろ? 外れだったのかな? そう不安に思っていると、弥生ちゃんはギュッと俺の手を握り締めてくれる。どうやらこれが正解だったようだ。


 ※※※


 シアターから出ると、弥生ちゃんは「これ、ありがとう」と、ポケットティッシュを差し出す。俺は「うん」と返事をして受け取った。


「次、どうするの?」

「まだ時間あるかな? 近くに気になってるカフェテラスがある。一緒に行かない?」

「うん、大丈夫だよ」

「じゃあ行こ!」


 弥生ちゃんは、よほど楽しみにしていたのか、俺を置いて歩き出す。俺は早足で弥生ちゃんに合わせた──。


 弥生ちゃんが気になっているだけあって、店内は女性客やカップルで賑わっていた。俺達はとりあえずコーヒーを買って、外に出る──。


 外は芝生の上に、いくつか白のテーブルと椅子が置いてあり、植木で庭を囲っているので、通行人の視線が気にならない様に配慮されていた。


「えっと……混んでるねぇ。もしかして、空いてない?」

「うぅん、良く見て」


 弥生ちゃんはそう言って、早足で動き出す──テーブルにコーヒーを置くと「ここ、空いてるじゃない」


 小さいテーブルに椅子が1つ。きっとこれはお一人様用の席だ。俺はゆっくり近づき、とりあえずテーブルにコーヒーを置く。


 すると弥生ちゃんはニコニコしながら、ここに座れと言わんばかりで自分の太ももをポンポンと叩き始めた。


 懲りないねぇ……と、俺は近づき弥生ちゃんの前に立つ──が、前のように慌てた様子は無かった。


「座っちゃうよ?」

「どうぞ」


 弥生ちゃんはそう返事をして笑顔を崩さない。


「じゃあ遠慮なく」と、俺が腰を落とし空気椅子のようにしても──弥生ちゃんは声を上げたりもしなかった。


 それどころか──後ろから手を回してきて、俺をガシッと抱き締め「自動シートベルト付きで~す」と言ってきた。


 背中に柔らかい山が二つ当たっているのを感じ、顔がカァ……っと、赤くなるのを感じる。お一人様の席だから、周りから死角になる様な位置にあるとはいえ、これは流石にマズいだろ!


 それにツンデレ声優のようにクールさを感じる声から、そんな可愛らしいセリフを聞くと、キュンキュンしてしまうではないか!


 俺が立ち上がろうと体を動かすと、弥生ちゃんは止めるかのようにグイっと自分の方に俺を引き寄せた。俺は完全に弥生ちゃんの太ももの上に座ってしまう。


「ねぇ、恭介君」と、弥生ちゃんは甘えたような声で話しかけてくる。俺はそのままの姿勢で「なに?」と返事をした。


「私が轢かれそうになった時、恭介君。せっかく仲良くなれたのに、離れるのは嫌だって言ってくれたよね?」

「うん」


 弥生ちゃんは俺の背中にオデコをくっつけると「私も同じ気持ち……せっかく仲良くなれたのに、恭介君と離れるのは嫌だから」と言ってくれた。


 ──映画を観て、寂しくなっちゃたのかな? 


「うん、俺も気を付けるよ」

「うん……」


 ──もう少しこうしていたい気分だけど、弥生ちゃんの足が痺れてしまうよな。


「ごめん、そろそろ立つわ」

「あ、うん」


 弥生ちゃんは返事をして手を離す。俺は立ち上がり、弥生ちゃんと向き合うように体を向けた。弥生ちゃんは俺をみつめ、ニヤァっ……とした顔を浮かべる。


「どうかした?」

「恥ずかしかった?」

「そりゃ……ねぇ。あれは卑怯だよ」

「やったぁ、リベンジ成功!」

「くそぉ……負けた」

「ふふふ」


 俺はコーヒーを手に取り、口を付ける。チラッと弥生ちゃんの方に視線を向けると、弥生ちゃんは嬉しそうに笑窪を作りながら、コーヒーを飲んでいた。


 ──体が離れてから少し経っているのに、まだ心臓がドキドキしている。恥ずかしかったのもあるけど……きっと俺、いま凄く弥生ちゃんが好きなんだ。

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