第23話
天頂から陽が大地を灼いている。時は一刻また一刻と過ぎる。大可汗の周囲に近習たちの姿が絶えることはない。
顧恵雲は先刻から、視線を大可汗に貼りつけたまま逃がすことがない。太陽と、無慈悲に過ぎる時とに責められ、顧恵雲の全身から汗が流れつづけている。流れる先から汗は草原の風に運び去られる。
その間も大可汗は指示を四方へ飛ばしつづけている。次々と伝令がやってきては戦況を伝え、大可汗は指示を与え、頷いた伝令はまた去っていく。声は届くが
やがて大可汗は陣幕へと戻るだろう。北方からの遣いに謁見し、西方へ書翰を
陣幕の中へ入って
馬蹄の地を
アルトゥ・ウルを前に、誰もが道を開いた。云うまでもなく彼は右賢王、即ち皇太弟であり軍事の大権を
道を開けた者どもはだが、通り過ぎる右賢王の表情の尋常ならざるを見て、
真っ先に反応したのは近習グゼ・ブユクだ。向かってくる騎馬の将へ向け鋭く警する。
「御前なれば、右賢王ッ」
右賢王と大可汗とを結ぶ線上に躍り出で、
「どうか下馬をッ」
グゼ・ブユクの後に数人がつづいて、道を塞ぐ。右賢王の馬は勢いを緩める気配がない。
「下馬を」
「止まられよ」
「どうか、どうか」
口々叫ぶ近習どもと、右賢王との間はもはや幾らも距たっていない。
次の瞬間右賢王は、鞘から抜いた剣を斜めに薙ぐ。グゼ・ブユクの頸から鮮血が迸り、あたりを染める。
顧恵雲の頭は混乱し、眼前の事態は夢としか思えず、その視線は右賢王と大可汗との間に定まらない。大可汗のふり返るのが目に入る。目が合う、大可汗の目はなにかを問うようだ。顧恵雲は声なく、目で「ちがう」と云った。ちがう、右賢王と謀ったのではない、己は約を破ってはいない。
顧恵雲の声なき抗弁を、大可汗は容れた――容れたのだと顧恵雲は信じる。大可汗は直ぐに右賢王へと視線を戻す、その視線の先では三騎の武者が親衛兵を相手に暴れている。大可汗の眸はいまも冷徹だ。
「かけがえのない命
大可汗が呟く。漢語で発せられた低い声は、混乱のなか誰に届くこともなく消える。黄砂が舞いあがり武者たちをつつむ。大可汗の胸中は竟に誰にも知られぬ運命である。
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