第22話 本懐


 馬上の大可汗は超然としている。すぐ後ろにいてくる顧恵雲へ顔を向けることなく、

「今日か、遅くとも明日には陥ちる。守将は死ぬことになろうな」と言った。

 攻城戦のならいとして、それは已むを得ざるところではある。

「汝が死ねば、城攻めは止まるか?」

「止まらぬ」

 大可汗の返答は無情だ。

「一先ずは止まるやも知れぬ。だが包囲を解くことはあるまい。この地で次の可汗を選出するための大集会が開かれる筈だ。やがてアルトゥ・ウルが選出され、その下知により攻撃は再開される。陥落後の城内は地獄と化すだろう」

「ならば汝を殺したところで、すべては徒労とわるのか」

「それを余に尋ねてどうする」大可汗は前を向いたままだ。「自分で考えるが可い。答えは無数だ。人がなんと云おうと、おまえはおまえの答えを信じるものと思っていた」

 大可汗の言は、どこまでも自身の生死を他人事と見るかの如く恬淡としている。遠く、城攻めの喊声と、城内からそれに応える陣太鼓の音がする。現実味をうしない、幻の海から伝わる濤音にも似て、音はときに遠く、ときに近く響く。大可汗のつめたい目は、刺客の決意を促すように見える。


 詰まらぬ問いを発したと、顧恵雲は愧じた。

 徒労か如何どうか考えたところで、彼の為すべきことに変わりはないのだ。

 おのれが動くことで、何かが変わるかも知れぬ。何も変わらぬかも知れぬ。それは己の責任ではない。

 甘州は陥落を免れるか、驃騎将軍劉子洽シコウは生き永らえるか、商の命脈は保たれるか、家名の再復はなるか、弟の官途は開けるか、妹に佳き縁談は来るか、我が名は不朽の誉れを得るか。

 そのようなことではないのだ。

 いわんや、洛陽の廷臣たちが攘夷愛国に目覚めるかなどと。契泰の王族兄弟の確執がどこに落着するか抔と。

 今日だ。どうあろうと今日、おれは死なねばならぬ。隙を見つけて、おのれの死に場を見つけねばならぬ。願わくば、威なること神の如き大可汗の命を道連れにして。

 だが大可汗からひと時も離れず随き従っているのに、彼に隙は見つからない。近習たち親衛兵どもの堅いまもりに綻びは見えない。東の城門を攻める部隊の増員を指図し、南門に陣取る右賢王の部隊を激励し、城壁から雨と浴びせかけられる箭を造作なく打ち落とし、涼しい顔で本陣へ戻ったときにはもうひるになろうとしていた。


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