第14話
その日が暮れた。
顧恵雲は手足を縛られた姿で、大地に陽が沒むのを見ていた。月は何処に在るのか知れない。
特使一行を見舞った凶運を、まだ顧恵雲は知らない。だが知ったとしてなにが変わろう。自身の命運が尽きたとだけは知っている。それだけ知れば十分である。
「使者の一行は皆死んだ。生きているのはおまえだけだ」
死んだとは言い草だ、汝が殺したのだろう。胸に皮肉は泛んだが、同僚たちの死を聞かされても感情は特段動かない。外交の使者にはままあることだ。
「いまや交渉の任に当る者はおまえのみだ。はじめよう」
「待て、はじめるとは……なんのことだ」
「おまえは余を殺したい。そうだな?」
顧恵雲はゆっくり肯いた。まだ大可汗の言葉の裏を計り
「殺せるならば、殺すがよい。おまえに自由を与えよう。この陣で、あらゆる行動の自由だ。余をまた狙うもよかろう。ただし条件がある。余よりほかの者は殺めてはならぬ。刃を向けてもならぬ。決して右賢王アルトゥ・ウルと関わってはならぬ。
「これは……交渉なのか?」
「然り」
交渉などではない、と顧恵雲は思った。直ぐ殺されるのが当然のところを、およそあり得ぬ好遇である。大可汗の真意は量り難い。
「ならば答えよう。汝を弑する機会が再び与えられるならば、
如何な条件を課されようと飲むと云ったのに二言はないが、疑問は明らかにしておきたい。
「己に刃を向ける者が相手でも、己の身を守るためでも、剣を以て抵抗してはならぬのか?」
「そうだ。そのときは大人しく殺されよ」
「汝を殺すために、邪魔する者を排除するのもならぬか?」
重ねて生真面目に顧恵雲が問うのを、大可汗は一瞬呆れて見たが、すぐに言い切った。
「ならぬ。だが
「一太刀だな」
顧恵雲は諾した。諾したからにはけして約を破らぬと心に誓った。
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