第13話 可汗
顧恵雲は捕縛され厳重な監視の下に置かれたが、案に相違して、その場で殺されることはなかった。
朝になり、連れ出された場は前日の巨大な天幕ではなく、その裏にあるやや小ぶりの幕舎だった。両手両足を縛められたまま座らされると、大可汗があらわれた。
これほど近くに、
「虎のような眸だな。人語は解するのか? 昨日からおまえの話すところは一度も聞かなかった」
顧恵雲の胸に戦意はまだ燃えている。だが万事の休したいま、それを表に出すのは自尊心が許さなかった。未練と取られては堪え難い恥辱であると思った。彼は努めて穏やかに言った。
「大可汗は、召し捕った檻中の虎を玩弄するのが嗜癖か。悪趣味に淫するは王の道に非ず、だが……ふん。蛮夷の首領ならばそれも似合いか。疾く斬れ」
大可汗は答えず、かわりに問いを発した。
「誰に命じられた?」
「誰に?」
鸚鵡返しに顧恵雲は訊き返した。その問いに意味があろうとはとても考えられなかった。
命じたのは商朝の重臣に決まっている。それ以外になにが在ろう。と極めつける顧恵雲は知らなかったのだ――大可汗の命を狙う者は世に数多あることを。
一つには西方に大勢力を築きつつある
そして、最も近臣たちが警戒し、憂慮していたのが身内であり最も信頼できる筈の、実弟アルトゥ・ウル、皇太弟であるところの右賢王であったのだ。
顧恵雲が答えないでいると、大可汗がまた問いを発した。低い、だがよく徹る声だ。
「まだ余を殺す望みは捨てておらぬか」
知れたことである。
「天の我に機会与える限りは、何度でも汝の命を狙う」
だから早く斬れと云っている。
近習たちも、聴取など無用、即座に斬刑あるべしと思っている。老臣たちはこの場にいないが、もし彼らがいれば同じことを言っただろう。危険を放置するなど考えられぬ。
だが大可汗ひとりは、異なる考えを
その命で、顧恵雲は陣幕に留め置かれた。処刑の行われる気配はない。まったく腑に落ちぬ取り扱いだった。同じ大可汗の命で、同行してきた特使一行が悉く首を刎ねられたことを顧恵雲が知るのは暫く先のことだ。
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