第3話
甘州城に籠った驃騎将軍は未だ都の決定を知らず、城壁の外を囲む
南の大門の正面、三里ほどの距離にひときわ大きな陣幕が望める。毎日その陣幕を発して大門のすぐ前まで馬を走らせる将の姿があった。
その男こそ契泰の長たる大
右賢王アルトゥ・ウルが異母兄である大可汗を敵視しているとは、一族重臣皆の知る処であった。
契泰に於いて、可汗位は兄弟に順に
箭は過たず大可汗の脳天へ向かったが、天の加護でも得ているのか、ふと路傍の狗にかまって体を曲げた大可汗の鬢をかすめただけで、箭は草原の中へ消えた。むろん大逆の大罪であって
捕縛されたアルトゥ・ウルの助命を泣いて請うたのは彼の母である。大可汗からすれば血のつながりのない母ではあったが、先代可汗の死に際し、まだ十八歳であった自分の王位継承の後ろ盾となり、その後も皇太后として陰に陽に支えてくれたのはこの女人である。
また、四歳で実母を亡くした彼の、幼少時に母がわりとなってくれた女でもある。大可汗はこの女の親身な恩愛を忘れていない。彼女の
アルトゥ・ウルの一矢は、最初からなかったことにされた。
この大嘘を吞み込んだ者たちも、二年ののちアルトゥ・ウルが右賢王の座に返り咲いた時には、さすがに声をうしなった。
草原じゅうを
二年ぶりに兄の尊顔を拝して、右賢王の証である鉄
賜った盔は鳳凰の尾羽根で飾られてあったが、それは堪え難き屈辱の刻印となったのである。
以来、戦場に於いて右賢王の活躍は群を抜いている。火の如き猛攻で敵を抜き、如何な大軍を前にしようと怯むことがない。まるで身命共その限りを知らぬかの如く。
忠義ではない。兄可汗のはからいを、恨みこそすれ恩に感じることは毫もない。右賢王は妄執に憑りつかれて常に戦場の最も激烈な戦闘を求めた。
我が武を見よ。敵を蹂躙する姿を見よ。我が鋭箭は整然たる敵陣を射貫いて崩し、我が利剣は難戦にあって血路を切り開く。斃した敵兵の骸は我が通り過ぎた背後に累々と積もる。血塗られた我が誉れを見よ、憎き兄よ、偉大なる大可汗よ。鳳凰の
右賢王は、果てることない悪夢のなかに生きている。
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