第2話


 朝議は速やかに開かれた。景帝の顔はいかりの余り蒼い。恇懼する重臣たちはたれも敢えて一声を発し得ない。

 帝の下問するに及んで漸く返奏したのは丞相曹陳だった。曰く、天に時あり、命に運あり、一戦の勝敗は未だ王朝の盛衰を決するに足らず。いま劉将軍の兵を甘州城にやすんじ得たは天の皇祚をたすくる証に非ざるや。機を逸せず師を興し、劉将軍と相呼応して契泰キタイを討つべし。

 景帝の表情は晴れなかった。竜顔の色を窺い、すかさず大なる濁声で並み居る重臣どもを驚かせたのは中書令に任じられたばかりの陸湛慶である。

 見損なったり、劉将軍。ほとんど叫ぶほどの調子で中書令は言った。敵に倍する兵力を与えられておき乍ら大敗を喫し、臆病にも城内へ逃げ込もうとは。

 百歩譲って、一度の敗北ならば責もすくなしとしてもよかろう。だが、何故に将軍は、再びの会戦を挑み漢土の盾とならなんだか。むざむざ兵を四散させ、徒らに城に籠り北辺の地を蛮夷の蹂躙するがまま放っていると云う。是れ、背信以外のなにものであろう。だが畏れ多くも我が帝の恵澤は八方へ遍く。今暫く統帥の大権を劉将軍の掌中に留め、辱を雪ぐ機会を与えてやっては如何いかん。宜しく残兵をあつめて堂々契泰に相対するがよい。以て直ちに契泰を追いはらわばよし、若し然非しからずんば、いよいよ我が朝に仇なす者と見做して間違いなし。らば生きて再び京師へ戻ることを許してはなるまい。


 援軍の請に応えるか否か。割れたふたつの上奏を前に、重臣たちは去就に惑った。むろん最高権力者は帝を措いては丞相たる曹陳に違いない。だがいま最も景帝の覚えめでたいと云えば断然、陸湛慶だった。昨秋皇子を産んだ愛妾陸氏は、彼の妹なのである。陸湛慶の才覚など多寡が知れている。そう承知してはいても朝議に連なる重臣たちは、いずれ彼が権力を握る可能性を思わないではいられなかった。天運の巡りあわせ次第によっては、彼は次の皇帝の伯父になるかも知れないのである。

 結句、増援の出兵は見送られた。だがひとまずにせよ劉将軍が敗戦の責で断罪されずに済んだのは、重臣たちのせめてもの良心と云えるかも知れない。累が将軍の両親や妻子にまで及ぶことも免れた。



※ 王朝により中国の官職名には異同があるが、ここでは丞相は皇帝補佐に相当し、人臣として最高位の役職。中書令は、それより二段ほど格が下る。(あくまで、この物語上の設定)


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