第46話 お祭りの後は……
私とピノは、おイモを配る列に並んだ。
列はかなり伸びているけど、どんどん渡されるので動いている。なんだか楽しみになってきたわ。配るのは神殿の人なので、私たちに気付いていた。ウィンクして大きなサツマイモを二つ、渡される。
「シルクスイートです。スイーーーィト」
やたらスイートを強調するわね。受け取った焼きイモが熱い熱い!
ちょうどいい包み紙もないので、ハンカチに包む。ホッカイロを持っている気分。イモの甘い匂いが、とてもおいしそう。
屋台がある場所から少し離れた、静かな木の間にシートを敷いて一緒に座った。他にもぽつぽつと人がいて、食べたり飲んだり、楽しんでいた。警備兵も歩いているから、安全ね。
お祭りの風景が見渡せる場所で、並んでイモを食べる。
うーん……いい雰囲気とは言い切れないわ。イモを片手に、だもんなあ。
アユと焼きまんじゅうは、大きな葉っぱをお皿にして置いている。この世界のお祭りでは葉っぱをお皿にするのが、一般的なのだ。焼きソバとかは木のお皿で、持参しないと別料金だよ。
焼きイモはしっとり柔らかくて、とても甘かった。さすがシルクスイート。
美味しい、お腹が空いてたんだなあ。
ピノのおすすめ、焼きまんじゅう。実は食べるのは初めて。前世で……車がたくさん止まっている場所で見た記憶が、ぼんやり浮かんだ。あれは、高速のパーキングかな……? 結局、メンチを買った気がする。
まだ温かい焼きまんじゅうに、かじりついた。ふんわりしたまんじゅうの皮に甘い味噌だれが染みていて、とってもおいしい! おイモとまんじゅうだけで、おなかいっぱいになりそう。
飲みものを買っておけば良かった言ったら飲みもの、甘いものもいいですね、と言えばベビーカステラっぽいものと、ピノが色々と買ってきてくれる。しかも笑顔で。気を付けないと、食べ過ぎそうだわ。
ピノから神殿騎士のお仕事の話を聞いたり、以前の聖女の功績を教えてもらったりしながら、ゆっくりと過ごした。
「ところで、お祭りの後はどこでお住まいになる予定ですか?」
会話が途切れたところで、ピノが質問してきた。
しかしやたら私の後ろを気にしているわね。チラッと覗いてみたら、カンペの札を持った騎士が、素早く木の後ろに隠れた。何も見なかったことにしよう……。
「パロマの実家の男爵家に、またしばらく滞在させてもらいます。南の神殿の
まずは回復魔法の翻訳本の売り上げね。元の世界より印刷、製本の技術が遅れているから、一気に何千部も作れない。さらに運搬するにもトラックがないので、流通も遅くなる。
ここでの十万部が地球のミリオンセラーくらいかな。そして銀行がないから、いくら売り上げようと振り込みで、というわけにもいかない……。
そんなわけで、異例の速度で増版を重ねているものの、いきなり大金持ちにはなれないのだった。
とりあえず原稿料と最初に契約した時のお金だけ、受け取れるところよ。
お祭りは夜まで続くけど、私たちは明るいうちに神殿へ戻る。ステージでは聖歌を歌っていて、集まった観客も合唱していた。
耳に届く歌を聴きながら、シートをたたむ。木の向こう側で同じく座っていたパロマとアベルも、私たちの動きに合わせて移動の準備を始めた。
「ええと、……少し歩きませんか? 警備の都合がありますし、無理でしょうか」
食べ過ぎたから、腹ごなしがしたいわ。
ピノはそうですね、とまた遠くへ視線を移した。騎士が一生懸命、カンペを書いている。
「あ~……ゴホン。遠回りして、初夏の花壇のコーナーに行くのはどうでしょう。花が咲く時期ではないので、今回のお祭りで使っていません。わざわざ行く人もいないでしょう」
「いいですね、そちらを散策しましょう」
混雑を歩くより、守りやすいってことかな。軽い運動にもちょうど良さそう。
途中まで戻って、分かれ道を馬車の待機所と反対に進む。途中までたくさんいた人も、曲がった途端に少なくなった。分岐点がある度に、人影は減っていく。
林の間を抜ける道の先に、アーチが立っていた。その先が初夏の花壇のコーナーね。
花こそ咲いていないものの、花壇も周囲も整備されていて、公園としてとてもキレイだわ。売店は閉まっていて、係員が誰もいない。通り抜けるだけの人が足早に私を追い越した。
「今度は初夏に来たいですね」
「そうですね。エスコートします!」
周辺で身を隠している騎士団員は、きっとその時もいるんだろうなあ。
今回はあまり長居もできない。花壇の中に作られた道を適当に歩いたら、戻らないといけない。静かな景色を楽しんでいたのに、どこからともなく騒ぎながらやって来る声がする。
だんだんと近付いてくる四人組。護衛三人と、侍女らしき人を連れている。
「お祭りってどこなのよ!」
ヒステリックに叫ぶ若い女性に、侍女が困ったように答える。
「催しものをする広場でしょう。少し先になります」
「なんでそっちに馬車を付けないの、使えないわね」
「申し訳ありません、奥様。混雑で近づけませんでした」
横暴な主じゃ、侍女は大変ねえ。母娘は、まだブツブツと文句を言っている。
ていうか、もしかして……。
「……イライアだわ……っ、見つけたわよ。パパ、ママ!」
義妹モニカが私を指でさす。
隣にいるのは、元婚約者のロドリゴ。そして父であるパストール伯爵と、その後妻。
パロマとアベルは家族だとすぐに判って、人を呼びにこの場を離れた。あれでも伯爵だし、神殿騎士だけじゃなく、解決できる身分のある人が必要かも。
ピノは私を守るように、前に出て手を伸ばす。騎士達もバラバラと姿を現して、こちらに集まってきた。
お祭り会場ならともかく、なんでこんな場所にいるの!??
「イライア! お前は勝手に家を抜け出して、どこへ行っていたんだ!!! まるで私たちが追い出したように思われて、白い目で見られたじゃないか!」
父が大声を張り上げる。追い出したって、ほぼ間違っていませんが。私が反論するより早く、義母が口を開いた。
「婚約者を繋ぎ止められなかったのは、貴女に魅力がないからでしょう。当てつけがましいったら……!」
「それだけじゃないぞ。父上に何を吹き込んだ!?? 俺を勘当するとまで言い出したんだ。仕返しにしても酷すぎるじゃないか、本当に可愛げのない女だ!」
ロドリゴは勘当されるんだぁ。やっぱりなあ。バンプロナ侯爵は相当困ってたものねえ。
「ダンジョンとか、どんな手を使ったのよ。よくも王子様に取り入ったものよね、魔法も使えない、勉強しかできない頭でっかちのクセに!」
改めて聞くと、モニカの悪口って子供の文句みたいだわね。
四人で違う主張をしていて、私はどれに返事をすればいいのやら。
「イライア様への無礼、神殿に仕える騎士として聞き捨てなりませんぞ!」
ピノが怒鳴りつけると、四人がビクッと震えて言葉を止めた。さすがに騎士、迫力がある。
「イライア様、我々がお守りしますのでご安心を」
数人の騎士に守られているので、手出しはできないだろう。あちらにも護衛はいるけど、訓練度も忠誠心も違うわよ。
「なんなの!? 冴えないアンタがお姫様ぶったって可愛くないわよ!」
「イライア様は十分可愛らしい!!!」
なんかピノが叫んでますが。
反論するところ、そこ? うわ、恥ずかしいな。モニカは意味不明とでもいうような、怪訝な目付きをするだけだった。
「イライア、お前は不正をしていたろう! 領地からの税収がどんどん下がっている。いったい何をした!」
父親の一番の心配は、お金に違いない。領地は何もせずに勝手に大金が入る、集金システムではないのだ。
「それは単に、領民が領地を捨てたんですよ。しっかり運営できていないからです。あとは不作があったか、横領でもされているのでは? それからロドリゴ様、侯爵様からは謝罪されただけで、特に話はしてません。勘当はご自身の行いのせいです」
「なんだと……っ!??」
今までほとんど口ごたえもしなかった私がキッパリ反論したので、ロドリゴは驚いた表情をしている。それはすぐに怒りに染まった。父も自分の無能を棚にあげて、勝手に怒っている。
今なら分かる。
父は部下任せにして文句だけ一人前に言い、いざその部下がいなくなったら何もできない、ダメ上司みたいなものだわ。
「私は家を出てから魔法洗礼を受けて、回復魔法が使えますよ。殿下に取り入ったりなんて、していません」
「回復魔法ですって? 難しすぎて、使い手が少ないっていう……」
淡々と答えると、動揺して義母の声が小さくなる。その音量で十分会話できるので、わざわざ怒鳴らなくてもいいよ。
「マトモに聞いちゃダメよママ、どうせロクに使えないわ」
「イライア様は既に回復魔法の第一人者と称されるほど、素晴らしい使い手でいらっしゃる。司教様もお認めになる方を侮辱するのは、神殿を
騎士の一人の言葉に、四人が顔を見合わせる。
……悪い予感。金づるを見つけたとか思ってそう。
「まあいい、とにかく家へ帰るんだ。今後の話し合いをしよう」
「旦那様のいう通りよ。貴族の娘が、適当にフラフラしてちゃいけないわ。私たちが立派な嫁ぎ先を探してあげる」
父と義母が、分かりやすい作り笑顔で近づいてくる。私が思わず後ずさると、騎士がしっかり前を固めた。
「パストール伯爵、伯爵家でのイライア様への対応について、疑問が持たれている。イライア様を貴方たちに渡すことはできない」
ピノが言い切って、部下に家族を
「家族の問題に口出ししないでもらおうか!」
おう父親よ、家族の問題じゃないわよ。
家族「が」問題なのよ。
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