第45話 お祭りデートです
町は人通りがそれなりにあるものの、お店にはお客があまりいない。
私たちが入った服屋もお客はいなくて、店員も少しだけ。交代でお祭り行っているらしい。
「いらっしゃいませ、司教様。自ら足を運んでくださるなんて、珍しいですね」
「大事な方をお連れています。彼女に、お祭りに紛れ込めるような衣装を選んでください」
「大事って……」
店員の女性の目が、興味津々に輝く。誤解されそう、と焦っていると。
「あ! 列福された方では? もしかして、焼きイモ祭りの発案者の、イライラ様かしら!?」
「イライアです。焼きイモ祭りは私のアイデアというわけではなくて……」
この間違われ方は初めてだわ。女性は失言したとばかりに、パッと口を押さえた。イライラ。常に機嫌の悪い人みたい。
それと焼きイモ祭りは、女神様のお言葉からなんですよ~。
「失礼しました、しっかりと選ばせて頂きますね!」
店員の二人が名前を言い間違えた女性を隠すように慌てて前へ出て、私に椅子を勧めてきた。そして全員で服選びを開始。パロマも念のために服を変えると、着替えを自分で選んでいた。
何度か三人が服を手に私の前へ来て、代わる代わる当てて真剣な表情で悩んでいた。どんな衣装になるのかな。
両手に持った服を何度も見比べている三人の店員を、眺めて待っていた。
「ではプレゼンを開始します」
しばらくしてから、いったん奥へ引っ込んだ三人が、マネキンに衣装を着せて登場した。三体並んだマネキンの横に、緊張の
プレゼン……?
「私から。イライア様は赤い髪でいらっしゃるので、薄いピンク色を選んでみました。下はスカートではなく、裾の広いズボンです。普段スカートの方が履かれると、印象が違って見えますよ」
「私はシンプルなワンピースにしました。薄紫のカーディガンを合わせて、大人っぽい印象にします」
「私はズバリ、清楚な白です。クリーム色の柔らかいフレアスカートがお似合いかと。正体を隠すのでしたら、帽子やベールで髪を隠すのも有効かと考えて、揃えてみました」
一人ずつ、自分が選んだ服を堂々と紹介した。
本当にプレゼンだったわ。私が選ぶの?
あっけに取られていたら、先に丸い紙がついた棒を三つ渡された。ぞれぞれ一から三の数字が書かれている。同じものがロジェ司教と、パロマとアベルにも配られた。
「では投票をして頂きます。コレだと思う番号の札を上げてください」
みんなで投票して選ぶの? どれにしよう、どれもいいわね。
「では、どうぞ!」
四つの札が一斉に上がる。
一番人気は、三票を得たワンピースだった。
「やった~!!! 私のだわ!」
ワンピースをコーディネートした人が、両手を挙げて大喜びしている。私の衣装がワンピースに決まった。
ちなみに私が選んだのは、一番の幅広ズボン。可愛いし、今までの印象と変わっていいと思ったのにな。自分が気に入ったのを着られないって、多数決の悲しさだわ。
ワンピースに着替えている間に、他の二着も購入して紙袋に入れてあった。結局、全部買うのね。
膝丈のワンピースに、袖の幅が広いゆったりしたカーディガンを着て、首元には小さなピンクの石が揺れるネックレス。着心地もいいし、鏡の前に立ったらいつもより柔らかい印象になった気がする。うん、いいな!
「お待たせしました!」
着替えて一息ついていたら、ピノが慌ててお店に入ってきた。
白いシャツに刺繍の入ったベスト、ズボンはゆったりしていて、ふくらはぎの半分くらいから狭まっている。シンプルでいて、貴族っぽい衣装だわ。
「ピノ殿、イライア様をお任せしました。我々も広場に戻りますので、何かありましたらステージの方へいらしてください」
「はい、必ずやイライア様をお守りいたします!」
「そう気負わず、楽しまれてください。お祭りですから」
ロジェ司教がポンと、ピノの肩に手を置く。騎士や兵士が広場で警備しているから、そこまで気負う必要はないって意味かしら。
「ピノ様、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそっ!」
私が軽く頭を下げたら、ピノがガチガチに固まった。
きっとロジェ司教が怖いのよね。分かるわ~。
さあ、お楽しみのお祭りに出発だわ!
お店の外に神殿の馬車は既になく、待っていたのはピノが乗ってきた貸し馬車だった。
「神殿の馬車では目立ちますから、先に行かせました。こちらをお使いください」
ロジェ司教が指示してあったのね。神殿の馬車がいなくなったからか、誰も私たちの方は気にしていなかった。これなら確かに、気づかれずに広場へ行かれそう!
ちなみに司教も、貸し馬車を使うそうだ。
ロジェ司教やお店の人に見送られ、私とピノと、パロマとアベルは馬車に乗った。さすがに椅子が硬く、神殿の馬車よりも車体が小さい上、揺れは大きい。それでも茶色い馬がカツカツと軽快に
お祭りだ~。
道を歩く人の手には焼きイモや、屋台で売っていた食べものやオモチャが握られている。お祭りの帰りね。これから会場に行く人も、笑顔があふれていた。
広場から少し離れた場所で、馬車を降りた。近付くほどに混雑しているので、馬車では危険だと判断して。
私たちが先に降りて広場に入り、パロマとアベルは後からゆっくりついてくる。
「ええと、今日の服もお似合いです。昨日のドレスもお似合いでした。きっと明日着る服も、お似合いだと思います」
「ありがとうございます。ピノ様も素敵です」
「そ、それはどうも……」
ピノが顔を逸らした。心なしか頬が赤い。年上なのに可愛いなぁ。
明日の服まで言い出すほど、挙動不審だし。
後ろで見守るパロマとアベルが、寄り添って囁き合い、クスクス笑い合う。あちらは自然なカップルっぽい。
「あ、アユの塩焼き! 美味しそうですねえ」
「買いましょう。私もアユが好きでして」
「フランクフルトもありますね!」
「買いましょう。私もフランクフルトが大好物でして」
「クレープの美味しそう。無料のスープは終わっちゃいましたかね」
配給の列は、イモの前にしかない。スープとパンはもうないみたい。おにぎりはまだ握っていて、人が途切れないでいた。
「クレープも買いましょう」
……大丈夫かな。今日のピノ、壊れてない……?
ほぼ私の言葉を繰り返して、合わせているだけのような。こちらから質問を仕掛けないと、会話が壁打ちみたいになりそうだわ。
「ピノさまは、何が召し上がりたいんですか?」
「私ですか……私はええと、焼きまんじゅう……でしょうか」
焼きまんじゅう。
まさかの答えが返ってきたわ。中身の入っていないまんじゅうを串に刺し、甘辛い味噌だれを塗った群馬県の郷土料理だわ。この世界にもあるの?
食べものを手に入れる前に場所を確保しようと探したが、ベンチにはどれも先客がいて、空いている席はない。シートを用意して地面に陣取っている人たちがいた。
しまった、シートを用意すれば良かったわ。適当に買って、立ったまま食べるしかないわね。
ふとピノの横を、見覚えのある男性が通り過ぎた。神殿騎士じゃなかったかしら、私服だから非番かな?
言葉も交わさずに、人込みに消えた男性。彼の後ろ姿を見送ってからピノに視線を戻すと、いつの間にやら手にシートを抱えているではないか。無言で渡していくミッション……!
「イ……お嬢様! シートがあります、空いている場所に座りましょう」
名前を呼びそうになって、ピノが慌てて言い直す。
ここで名前を口にしてしまったら、周囲にバレてしまうのだ。辺りを見回すと、みんなお祭りを満喫していた。私たちはすっかり溶け込んで、誰も気づきそうにないよ。
「そうですね、先におイモをもらってきましょう」
シートのことは、つっこまないでおこう。そしてまず焼きイモ祭りの主役の、焼きイモを手に入れないとね。
私はピノと、左右に屋台がひしめき合う通りを抜けて、焼きイモの列の最後尾を目指した。最初にステージ側から眺めたので、景色が反対になる。
ステージは焼きイモ配給所の奥にあり、今はブレイクダンスで盛り上がっていた。逆さになって頭で回るヤツ、すごいなあ。強靭な首とバランス感覚だわ……!!!
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