第29話 火山の女神の祭壇です!

「ヨクキタ。余ガ、最後ノ試練デアル」


 鹿の角を持つ巨大角ウサギ、見た目は可愛いジャッカロープは、二本足で立ち上がると重低音ボイスでそう言い放った。

「どんな攻撃をしてくるか分からない。慎重にいこう」

 殿下がアンジェラを庇いながら短く指示をする。普通に喋られると、もはや違和感があるわ。

「グオオオォォオ!!!」

 息を大きく吸い込んで、ジャッカロープが雄たけびを上げる。

 ウサギの鳴き声じゃない! 空気がビリビリと肌を刺す。


 ジャッカロープは四本足に戻って、走り始めた。すぐにスピードが乗るし、速くて当たったら痛そう。ウサギというより熊の風格があるわ。

 怒涛の勢いで押し寄せた角ウサギをソティリオが避け、離れた場所にいたアンジェラが両手をかざして魔法を唱える。


「炎よ焼き尽くせ! ヘルファイア!!!」

 今まで使っていたより、強い火の魔法だ。さすがヒロイン。

「キエエエェイ!!!」

 うねる炎が、ウサギボイスで全て消えてしまう。騎士の風魔法も、続けて投げられたシュリケンも届かない。もう世界観が分からない。

 ウサギが前足で騎士をぎ払うと、簡単に壁まで飛んでしまった。こんなの私が食らったら、一発で骨が折れる……! 突進してきたら、誰にも止められないわ。

 後ろから斬ろうとすれば、後ろ足キックが飛んでくる。軽く振り向いただけで、ジャッカロープは頭を振って、角で近くにいる騎士を襲撃した。


「攻撃が通用しない……!」

「まさか魔法が消されるなんて」

 アンジェラの手裏剣も、みんなの魔法も通用しない。警戒心が強く素早いので、剣はなかなか当たらない。

「うおお、恐れるなっ、攻撃を続けろ!!!」

 騎士の一人が叫びながら、ジャッカロープの横から剣を振る。

「おおっ!」

 ひるんでいた他のみんなも呼応して、武器をかかげた。勢いに呑まれたのか、ジャッカロープの動きが僅かに鈍った。その隙に怪我人は下がり、ソティリオや騎士がウサギなのに硬い、ジャッカロープの身体に傷を付ける。

 

「ウグオオオォ!!!」

 ジャッカロープの耳がピルピルと震えて、鼻を震わせて咆哮を上げる。そして縦横無尽に部屋を跳ね回り、魔法を唱えようとしていた殿下が中断して、横に飛んで避けた。騎士もかわすのが精一杯で、翻弄されている。

「ぎぎゃぴー!!!」

「お嬢様、逃げますよ!」

 騎士を体当たりで吹っ飛ばしたジャッカロープが、私の近くに着地した。ピノが横から攻撃し、アベルは私の手を取って逃げる。

「イライアさん!」

 私の情けない悲鳴に、アンジェラの叫びが重なる。前足を上げて攻撃体制に入っていたジャッカロープは、少し動きを止めて足を振り下ろした。

 ジャッカロープの動きが、鈍かったような? そういえばさっきも、みんなが一斉に叫んだ時に行動が収まっていた。


 ウサギって繊細な生きものだったはず。このアクセル全開の重機みたいなヤッバイ角ウサギも、大声や異臭に弱いのかも知れない!

「もしかして、高くて大きい声が弱点では!? みんな、できるだけ高い声で叫んで!!! フア~!!!」

 私は必死に鉾先鈴を鳴らしながら、出る限りの高い声を出した。

「あり得ますね! ラララ~ラリラ~」

 アンジェラは高音域が続く歌を、歌詞をラララにして歌っている。

 騎士達も戸惑いながら掛け声のていで大声を発した。

「は~あ~タッタッタッタァタァ~ア~~~~~」

 誰だ、オペラ歌手みたいな美声の持ち主は。


「グ……ウググ、耳ガキーントスル……」

 ジャッカロープの耳が垂れて、体がぐらついた。本当に弱点だった!

 みんなが叫んだり歌ったりしながら攻撃する。うーん、とんでもない戦いだ。いろんな意味で。

 音響攻撃で弱ったジャッカロープに、剣が突き立てられる。

「とどめだ、魔法を放てっ!」

「グアァァアウ!」

 ウサギボイスで防がれなければ、魔法はけっこうダメージを与えられるようだ。集中砲火を受け、ついにジャッカロープは倒れた。

 みんなの協力で真のボスを倒したのだ! そういう感動的なことにしておきたい。


「ミゴトダッタ、人間タチヨ……。コノ先ノ祭壇ヘ行クガ良イ」

「やった、ついに立派な角を持ちし純白のウサギをみんなの力で倒したぞ! 僕たちは全ての試練を、絆の力で乗り越えたのだ……!」

「殿下っ、やりましたね!」

 感きわまるジャンティーレ殿下とアンジェラ。

「モウ静カニシテェ……」

 ウサギの悲痛な訴えは、はしゃぐ人々の耳には届かなかった。そしてフッと巨体が消え、一対の角だけが残された。


「角が残りましたね」

「一つは神殿、一つは城へ献上する決まりです。神秘の宝物として、大事に保管されるんですよ」

 ピノが教えてくれた。真のボスには角があり、祭壇へ行った者はそれを持ち帰ってボスを倒した証とするらしい。ただしウサギとは限らない。


 これは任せておいて、私達は祭壇へ行かなければ。

 私が回復魔法を唱えて、簡単に身だしなみを整えた。儀式をするわけだし、あんまり薄汚れていても良くないだろう。

 祭壇へは、殿下とアンジェラと、ソティリオと私の四人だけが行く。捧げものを持ち、奥の扉の先に続く白い道へ足を踏み出した。


 しばらく進んだところに五段くらいの階段があり、その先は丸い形の広場になっている。石が積み重なった円すい状の起伏が、中央で存在感を示していた。これがご神体で、その前には赤い鳥居が立てられていた。

 女神様、鳥居はご神域と人の領域を分けるものなので、多分階段の前後に立てるのが正しいと思いますよ。

「神聖な感じがしますね」

「殿下、では儀式を始めましょう」

 殿下が祭壇への捧げものの儀式を取り仕切る。奏上を覚えてきているのだ。

 まずは準備した捧げものを並べる。ペリドットの宝石やアクセサリー、パイナップル、穂の付いた米や麦、日持ちするお菓子、それからリクエストのお肉。白い紙を下に敷いて、それらを丁寧に並べた。


「次に、この箱にコインを入れる」

 チャリチャリン。全員で銀貨を投げた。銀貨が賽銭箱の下に落ちて、カランと木とぶつかる乾いた音がした。

 賽銭箱の前に殿下が立て膝で座り、私達はその後ろに座って頭を下げた。なんで賽銭箱をこんな誰も来ない場所に。これは女神様が怒られても、仕方ないわ……。

 この後は祈りの言葉だ。

 殿下は頭を低く下げて両手の手のひらを上に向け、頭の高さまで持っていった。お坊さんがやる仕草だ。手のひらでお釈迦様の足を受ける、とか説明された気がする。


「天にまします、女神様。願わくば御名みなを崇めさせたまえ。御国みくにをきたらせたまえ。み心の天になるごとく、地にもなさせたまえ。我らの祈りを聞き届け、我らを救いたまえ。アーメン」


 アーメン言った、アーメン! 唐突に聖書っぽくなった。

 女神様、本当にこの祈りと作法で良いんですか? 絶対に宗教が違いますよ!

 私のツッコミもよそに、祈りが終わると円すい状に積まれた石の山がほのかに光る。祈りが届いた、という証なのかしら。

 石は黒や赤っぽい色をした火山岩で、表面には小さな穴が無数に空いていた。


『受け取ったよ。噴火は起こさない、石を持って行きなさい』


 室内にどこからともなく、女性の声が響いた。

 これが火山の女神、ペレ様の声!

 そうそう、分祀ぶんしするためにご神体になるものが欲しかったんだわ。ペレ様の場合は、この火山岩よね。

「お言葉が降り注ぐように……不思議ですね」

「神様のお言葉が聞けるなんて、感激です!」

 ソティリオとアンジェラが大喜び。殿下は感動で言葉もないようだ。薄く口を開いてほうけた表情で、どこともつかず視線を漂わせていた。


 なので私が適当に石を二つ選ぶ。一つはダンジョンの集落に、もう一つは南部大神殿の敷地内に祀る場所を作るんだって。

「この石なら大きさが手頃で形も良いですよね」

「イライアさん……クールですね」

「余韻もないのか、君は」

 普段は現実主義な、ソティリオまで呆れ顔。私が空気が読めない扱いをされてしまった!


 ちなみに帰りはまたダンジョンを通らないとならない。

 便利な外までワープする装置とか、そういうものはないのだ。ただ、魔物は出なかった。全部終わったと思っていたので、余計疲れたわ……。

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