第28話 ダンジョンのボス戦!

 ようやく八階の階段を見つけ、ダンジョン九階へ。

 動く死体キョンシーは九階でも出てきたが、塩でひるませてからの般若心経と説得で回避できた。

 九階も途中で一晩過ごし、夕方にはクリアした。残すは最後の十階のみ。もう時間の感覚がなくなりそうなので、早く制覇したい。太陽の光の大事さが身に染みる。


「ついに祭壇を守護する敵にあいまみえる時がきた。火山の女神様の祭壇までもう少し、最後にして最大の障害に立ち向かう。万全を期して万難に挑み、気炎万丈なる僕らのこころざしをご覧に入れよう!」

「殿下素敵ー!!!」

 アンジェラが喜んで拍手している。仕方ないか、とばかりにみんなも付き合いで手を叩いた。九階の踊り場に響く、拍手の音。

 殿下は演説を褒められたと思って、嬉しそうにしている。


 階段を降りた先は、まっすぐな通路が延びていた。左右には天井を支えるように白い柱が並び、神殿にでも来たような気分になる。魔物は出ないが、鹿がウロウロしている。最奥にまでいるなんて、お肉をゲットです。

 十階はこの通路と、ボスの部屋しかない。

 鉄製の大きな扉の前まで到着すると、両側にある松明がいきなり燃え始めた。赤い光が周囲を照らす。

 ゲームの演出だ。

 ここで最終的な準備を整え、ボスに挑む。現実だからセーブはできない。

 

 いざっ。

 と、その前に飲みものを飲んで小休止をする。私は能力値が上がる、稲荷祝詞を唱えておいた。ゲームだとボスはドラゴンで、ヒットポイントが高くて時間はかかるものの、丁寧に戦えば倒せる相手だった。

 女神様のすることだ、何か愉快なものが出てくるに違いない。気合いを入れ直し、何が出てきても笑わないよう表情筋に力を入れる。


「では、扉を開ける」

 鍵は殿下が持っている。いや、実際持ってるのは護衛騎士だった。鍵係りの護衛騎士が、扉の前でスタンバイしている殿下に手渡す。

「戦わない者は部屋へ入らないように。守護者はここから出ないようだ。イライア嬢もアンジェラ嬢も、危険だと感じたらここへ戻って」

「はい、ソティリオ様!」

 アンジェラが元気に返事をする。私もはい、と頷いた。ちなみに守護者とは、ボスのこと。この世界ではこう呼ばれているよ。

「イライア様、守護者は一体ではないと言われています。後ろにいれば安全とも限りません、くれぐれもご注意ください」

「はい、ピノ様」

 ゲームでも仲間を呼んだわね。後から出てくる場合もあるかも。


 ギギギィ……と、ゆっくりと重い扉が開かれる。

 中は広い円形の部屋で、均等な間隔を空けて扉が五つあった。真向かいが、祭壇への扉。残りの四つからボス敵が出てくるのね……!

 解放されるのを待っていたように、四つの扉がひとりでに開き、奥にある闇が顔を覗かせる。


「どの扉から出てくるのか……」

 騎士の一人が、ボソリと呟く。四つの扉を全て警戒しないといけない。

 このボス部屋は明るいので、灯り持ちの人は通路で待っている。ピノが私の前にいて、荷物を待機組に預けたアベルが私の背後を守ってくれていた。

 ポクポクポク。

 静まり返った場に不似合いな、空洞がある木を叩く軽快な音がする。もしやこれは、木魚……? 

 シャリシャリン。思わず鉾先鈴を鳴らして対抗した。

 開け放たれた扉の一つから、薄茶色の丸っぽい物体が飛び出してきた。

 巨大な木魚が敵……!? 手……手なのだろうか、木魚バチを持っている。真ん中には大きな切り込みがあり、その部分をカチカチと口のように動かす。


「敵だ、まるで木工細工のようだ……! 剣が通じるか分からない、まずは魔法で攻めるんだ!」

 口を開け閉めして威嚇しながら迫る木魚の姿は、まるでパックマンだ。狙われているのはソティリオ。難なく躱し、そこにアンジェラの魔法が炸裂する。

「火よ、焼き尽くせ! フレア!」

 両手から火が放たれ、木魚は火に包まれた。火属性を使える騎士が、更に炎を浴びせる。燃え上がった木魚はもう動かなくなり、黒く焦げていった。


「こちらからも守護者が出ます!」

 木魚が出てきたのと、反対側の扉を騎士が指でさした。

 大きな亀が堂々と進んでいる。甲羅には棘がたくさん生えていて、触ることもできないだろう。

「フレア~」

 しかし動きが遅かったので、こちらも魔法で焼きガメのできあがりよ。

 ふと別の扉から音が聞こえたが、待っても何も出てこない。不気味に感じながらも騎士が確認に行くと、グレーの身体に突き出た顎、そして額から伸びる一本の線の先が光る魚が寝ていた。

 チョウチンアンコウ……? 女神様、出すものを間違えていない?

 陸上で全く移動できないそれは、尻尾をビチビチと動かすだけで、攻撃もしてこない。騎士が簡単にとどめを刺した。


「イライア様、今のところは順調ですが、決して油断されませんよう」

「そうですね、はい……」

 ピノの声が真面目だから、余計に笑いそう。ボス戦、意外とイケるんじゃ!?

 ……と思ったけど、そう簡単にいくわけがなかった。

 突然バキンと壁を打つ音がして、ビキビキとヒビが走り、壁が崩れ落ちて大きな穴が開く。


 分厚い壁を破って現れたのは、筋肉質の猿だわ。黒い半袖を着たポニーテールの猿が、がれきの上でマッチョポーズを決めている。

「あの猿は……イガ者!?」

 猿を見たアンジェラが叫ぶ。

 伊賀。忍者猿? もしかしてこの登場と筋肉、とあるご隠居様のお供の忍者を参考にされたのでは!?

 柘植つげのとびざる。柘植は三重県の伊賀市にある地名で、まさに伊賀者である!!!

 女神様は時代劇もお好き!? そういえばヒロインは手裏剣を使うんだったわ……!


「ふんっ!!!」

 猿が跳ねて殴りかかってくる。騎士は軽く避け、ソティリオが猿の着地を狙って剣を振った。しかし身軽な猿は、ひょいと跳んで後方にいる私に襲いかかった。

「ひぎゃー!!!」

 めちゃくちゃ素早い猿だわ!

「させん!!!」

 あたふたと逃げようとする私の前にピノが立ち、猿の爪攻撃を剣で防ぐ。二、三回の応酬をしてから、猿はキキキッっといったん後ろへ逃げた。

「大丈夫ですか、イライアさん!」

 焦って転んだ私に、アンジェラが手を差し伸べてくれてた。私がヒロインみたいな気分になっちゃう。着ているのはチベットラマ仕様の袈裟だけどね……!


「謎の触角魚が……脱皮した!? 中から何か出てきます!」

 先ほどのチョウチンアンコウの内側で、真っ赤に染まった生きものが動いている。硬そうな背びれで腹が白っぽいこのお魚は、鯛だ。大きな瞳にきょとんとしたような顔の、アコウダイ。

 アコウダイは身体をくねらせて宙に浮き、ふよふよと空中を泳ぐ。パタパタとヒレを動かし、突き出た口をパクパクさせている。美味しそうだなあ。

「イライア様、ぼうっとしてはなりません!」

「あ、すみません!」

 ピノに注意されたよ。猿はまだ暴れているし、また扉からボス敵が登場した。今度は頭が二つの犬、オルトロスだわ。普通に魔物。


 騎士が猿と戦い、殿下達が魔法と手裏剣で空飛ぶアコウダイを攻撃している。吼えるオルトロスにはピノと神殿騎士が対峙していた。アベルは私の前で剣を構えて、ピノの代わりに護衛を務める。

「攻撃を一回防ぐくらいはできますから、安心して魔法を唱えてください」

「そうよね、騎士も怪我しているし」

 私を安心させようと、アベルが笑顔を見せる。私は私のできることをしなくては!


佛法僧縁ぶっぽうそうえん常楽我浄じょうらくがーじょう朝念観世音ちょうねんかんぜーおん暮念観世音ぼーねんかんぜーおん……」

 新魔法、延命十句観音経である。どんな効果があるのか判明していないが、思わず唱えてしまった。


「伏せろっ!!!」

 ソティリオが叫ぶ。

 アコウダイが口をパクパクさせて大きく開くと、口の前に丸く赤い光の球が発生した。それが砲丸のようにまっすぐに飛んでいく。皆が避けたので、壁に当たってドカンと肌に響く衝撃と煙をあげ、弾け飛んだ。

 アコウダイの砲丸……タイ砲……!!!

 バカらしくも恐ろしい威力の攻撃だわ。食らったら怪我だけでは済まないかも知れない。


 新しく現れた二つ頭の犬オルトロスは、神殿騎士三人を相手に優位に戦いを運んでいる。

 ちょうどお経が唱え終わった時、アコウダイの二度目のタイ砲が放たれた。狙われた騎士は避けようとするも、猿が邪魔をし下手に動けない。オルトロスも噛み付こうとして、ピノに迫っていた。

「く……」

 攻撃が当たる! その時、パアッと光の壁ができて三体の敵を退けた。

 これ……防御魔法!?? 短いとはいえお経を唱え終わったら壁ができるとか、タイミングがめちゃくちゃ難しいわ。今回は完全にビギナーズラックね!


「今だ、反撃に打って出ろっっ」

 殿下が剣を構え直し、タイ砲が自分に返って床に落ちてしまったアコウダイに斬りかかる。

 猿には騎士が一撃食らわせ、ソティリオがとどめを刺そうとした。しかし傷を負いながらも猿はキキッと鳴きながら走り、アコウダイを倒した殿下の横に突撃する!

「殿下っっっ!!!」

 アンジェラが手裏剣を投げて猿を牽制けんせいし、走りながら短刀を逆手に持った。そして殿下の目前に迫った猿の背後から、横に水平に斬る。

 猿はそのまま崩れ落ちた。


「……成敗」

 ああああああ。殿下のこのセリフ!

 暴れん坊な八代将軍とお庭番のカップリングっぽい、これ。

 オルトロスはピノが首を一本落とし、弱ったところに他の騎士も魔法と剣を駆使して、一斉に攻撃を加える。

 これで全部かな? オルストロが動かなくなると同時に、最後の扉が開いた。

 祭壇に続く道ね!


 全員の視線が集まる中、淡く白い光を放つ扉の向こうから、鹿のような大きな角を頭に付けた生きものが悠々と歩いてくる。

 身体は真っ白で、黒い耳が角の隣でピクピクしている。ボス部屋に足を踏み入れると、その生きものはおもむろに二本足で立ち上がり、私達を一瞥いちべつした。


「ヨクキタ。余ガ、最後ノ試練デアル」


 偉そうに喋るその姿は、愛らしいウサギちゃん。巨大角ウサギが真のボス敵!?

 アメリカの未確認生物、ジャッカロープだ~!!!

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