第30話 一方、実家の人々は(義妹モニカ視点)

 ロドリンパパが二人で暮らしてみろと貸してくれた湖畔の別荘は、二階建てで広さはあるもの、侯爵家の別荘にしてはとても質素だった。憧れてた豪華な生活とはほど遠いわ!


「もうイヤよ! なんで私が料理しなきゃならないのよ!」

「そうだぞ! 何故メイドのお前達がサボって、モニカにやらせようとするんだ!」

 調理場を飛び出して廊下に出た私を、ロドリンが抱き留めてくれた。

 台所にいるメイドは、冷ややかな視線を浴びせる。

 ウチの使用人はいらないというから、ここには侯爵家の使用人しかいない。なんでみんな意地悪なの、侯爵家では使用人をどう教育しているのよっ!!!


「お言葉ですが、侯爵様からのご命令です。“継ぐ家も王宮の仕事もないのだから、すぐに困窮こんきゅうするだろう。身の回りくらいは自分でできるように、教育しておいてくれ”とのことでした」

「……困窮? どういうことだ、俺はモニカの家を二人で継ぐんだ!」

 ロドリンがきっぱりと言い放つと、メイドはみんなバカにしたような表情を浮かべた。ほんっとに感じ悪いわ!!!

「ロドリゴ様、学園で何を学ばれたのですか? モニカ様に爵位は継げませんし、ロドリゴ様も侯爵様の決めた婚約に逆らって侯爵家の名に泥を塗り、見放されてしまったでしょう。次期侯爵である兄君も、呆れていらっしゃいましたよ」


 また爵位を告げないとか言われたわ。あの意地悪令嬢と一緒ね!??

 ロドリンパパがロドリンを辛い目に遭わせるっていうの? そんなわけないわ、あんな義姉より私の方が可愛いし、良いに決まってるじゃない!

 メイドの生意気な口答えに驚いて、ロドリンが言葉を詰まらせている。別のメイドも、ハッと半笑いで口を開く。

「モニカ様のご実家に頼るにも限度があるでしょうし、ご自身で稼がねばメイドだって雇えないのですよ。威張いばるしか能の無い人に仕えるなんて、最悪。早く侯爵邸に戻りたいわ」


「ふ、ふざけるな! 貴様はクビだ!!!」

 怒ったロドリンが顔を真っ赤にして、生意気なメイドを指さした。そうよ、追い出しちゃえ!

「はー、本当に常識もご存じないんですね。私達の雇い主はお父君の侯爵様で、貴方じゃありません。クビにするとか罰を与えるとか、そんな権利はロドリゴ様にはありませんよ」

 クスクス、と他の人も笑ってる。めっちゃ感じ悪い!

 どうにかしたいと考えていたら、名案がひらめいたわ。私って天才!

「ねえロドリン、侯爵様に頼んで別の使用人に変えてもらいましょ!」

「そうか……、そうだな。平民出身の礼儀を知らないメイドだろう、もっとマトモな人材を寄越すように父上に頼んでみよう!」

「そうしましょ。あの子達の態度も報告してね!」

 今さら謝っても遅いんだからね。メイド達はまだ余裕の態度で、本当に頭にくる!!!

 

 着替えの手伝いも、朝の顔を洗うお湯を持ってくるのもやらないし、ベッドもちゃんとしないし、掃除や料理、後片付けまで私に手伝わせようとするし。

 こんな怠け者で、侯爵家のメイドができるのかしら。きっと、要らない人を寄越したのね。ロドリンパパも意地悪だわ!

「……これ、買い出しに行った人が買ってきた読売よみうりです。読んでみるといいですよ」

 渡されたのは、くすんだ黄色い一枚の紙。読売って確か、事件なんかのニュースを木版印刷した紙を、街中で騒ぎながら売るヤツじゃない?

 黒で刷られた文字には、信じられないニュースがつづられていた。

 

『ジャンティーレ ・ヴィットリー殿下、学友のソティリオ ・ ザナルディー公爵令息及びアンジェラ・ロヴェーレさん、イライアさんと共にダンジョンを全制覇。火山の神の祭壇に祈りを捧げ、噴火を事前に阻止』


 大きな見出しの文字にある、イライアの名前。

 まさか義姉……!? なんなの、あのイライアが王子様とダンジョンへ行ったの!? ダンジョンに入るような力も可愛さもないじゃない!!!

「……イライアが? まさか、アイツは魔法も使えなかった。家名がないし、別人か? モニカ、心当たりはあるか?」

「知らないわ。義姉の行方は、まだ判っていないの」

 二人で首を捻っていると、読売を渡したメイドがため息交じりに答える。

「この方はロドリゴ様の元婚約者、イライア・パストール様で間違いないと思いますよ。今考えてみれば、神殿から侯爵様に至急の呼び出しがかかった意味も分かります。浮気してこーんな有能の方を婚約破棄しちゃったなんて、侯爵家の沽券こけんに関わりますもんね。もうロドリゴ様は勘当でしょうし、私達を追い出すまでもなく縁が切れればここを去りますので、今しばらくのご辛抱を」


 メイドがみんな台所から出て行って、私たち二人が残された。

 どういうこと、どうなってるの……? あの陰気女、なんで大人しくしてないのよ!?? せっかく追い出したと喜んでたのに……!!!

「……まさか……、くそっ! モニカ、パストール伯爵に事実か確かめよう。伯爵なら知っているだろう!」

「そうだわ。パパに聞いてみましょ!」

 明日は家に帰るわ。ついでに現状も知らせて爵位の継承とかなんとか、その話も確認しないと。

 夕飯を食べて、早く寝て……。

 ……って、誰も準備してないじゃない! どうなってるのよ!

 仕方がないし、お湯を沸かして紅茶を飲み、あとはパンと適当な野菜をそのまま食べた。もっとマトモな料理が食べたい!!!


 次の日、私たちは馬車を手配して実家へ急いだ。

 急いでるのに、これからも馬車を使いたいなら手配のし方を覚えろとか言われて、いちいち上から目線で説明された。しかも業者は突然言われてもすぐに用意はできないとかごねるし、午後になっちゃったわよ!

 侯爵家の馬車を使わせなさいよ!

 本当にどうなってるのかしら。


 実家の伯爵家の庭は草が伸びて、手入れが行き届いていなかった。玄関へ着いても、出迎えもろくにない。執事が一人、案内に出てきたくらい。

「……モニカ、伯爵家の雰囲気が変わってないか? 人が少ないというか……」

「なんか使用人が辞めたりして、減ったみたい。そのうち補充するんじゃないの?」

「そうか……。まあ家の中で仕事をするんだ、誰でも良いというわけにはいかないか」

 盗みでも働かれたら大変だもんね。そんなものかと思いつつ、階段をのぼる。

 ロドリンがノックをして部屋に入ると、パパは執務室で書類に埋もれていた。疲れた顔で、訪ねてきた私たちに笑みを浮かべる。


「ロドリゴ君、モニカッ! よく来たな、新しい暮らしはどうだ? ついでに手伝ってくれ……!!!」

「義父上、お久しぶりです。まずはお尋ねしたいことがあるんですが……」

「聞いてよパパぁ、今の生活が大変なのー!」

「あら、あなた達、来てたの。ちょっと聞いて、食事がイマイチなの!」

 ママまで来てみんなで違う話をしちゃうから、まとまんないわ。私の話を聞いてよ!

 ロドリンは注目されるよう咳払いをして、さっき渡された読売を執務机の上に置いた。

「もう書類は勘弁してくれ、数字が襲いかかってくる!!!」

 なんかパパが怯えてるんだけど。


「……これは書類ではなく、読売です。ここにイライアのニュースが載ってるんです」

「首を吊ったか!?」

「ぼろ雑巾になったわけ!!?」

 パパとママが乱暴に読売を手に取り、顔を寄せた。ぶつかっちゃうわよ。

 文字を目で追って、読み終わっても少しの間は黙ったままだったわ。


「どうなってるんだ!?」

「王子様とダンジョン攻略……!?」

 二人とも、全然知らなかったみたい。手に力が入り過ぎて、読売がぐしゃぐしゃになる。

「これは……やっぱり、イライアなんでしょうか……?」

 ロドリンが自信がないような、小さい声で聞いた。パパがうーんとうなる。

「だがおかしいぞ、戦う能力もなかったはずだ。荷物持ちでもしたのか……、いや、雑用係とかはもっと小さく名前が載ってるな……」

「なんなのよ、家出してダンジョンへ行くなんて! 当てつけがましい娘だわ!!!」

 ママ、大激怒。婚約破棄されたから家出してダンジョンって、どういう発想なの? しかも読売の速報で大々的に公表されて、人気者になって新しい恋人を探すつもり!?

 ……ん? 人気?


「ねえ、もしかしてダンジョン攻略ってお金になるの?」

「なるんじゃないか。専門のハンターもいるらしい」

 パパはダンジョンに興味がないから、あまり知らなかった。

 お金を稼ぎにダンジョンへ入ったのかしら。脳筋だったのね。

「あ、ここに王都に凱旋って書いてありますね」

 ロドリンが記事の最後の方の、小さな記述を指さす。細かいとこまで気付いちゃう彼、かっこいい。

「……そうか、王都に来るならちょうどいい。ひっ捕まえてやろう!」

「そうね、あの子が“婚約者が義妹に乗り換えて、家にいられなくなった悲運な女性”とか被害者みたいに同情されてるから、私達が白い目で見られるわ」

 おおっ。パパとママがヤル気よ!


「それで仕事も手伝わせよう……。ちょっとロドリゴ君、この計算が合っているか確かめてくれ」

「はあ、まあそのくらいなら……」

 ロドリンは二人の勢いに押されたのか、あっけに取られて書類を受け取った。

「モニカはこれを清書して」

「使用人は~?」

 面倒だなあ。そもそも私の字、そんなにキレイでもないわ。

「使えるのが辞めてしまったんだ……! あの恩知らずめ、紹介状を持たせないでやった」

 仕方なくパパの手伝いを始めたら、ママはいつの間にか消えていた。逃げちゃったよ!

 適当に書類を埋めながら、お喋りをする。仕事だけじゃ飽きちゃうもん。


「とにかく、イライアが王都へ戻ってくるんだろう? そこを捕まえよう。そうしたらモニカ、お前が一緒に茶会でもパーティーでも参加して、他の参加者に教えるんだ。イライアから身を引いて婚約を解消するよう頼み、自分の意思で家を出てダンジョンへ入った、と。今のままだと悪評が多く、色々とやりにくくてかなわん……」

「えー、面倒。でもパーティーは出たい」

 ドレスを作ってパーティーに出たい! ロドリンと一緒に。

「とにかく義父上は一度イライアに会って、話を付けた方が宜しいかと。父がかたくなな態度をとるのは、あいつのせいです! あんなにイライアを気に入っているとは思いませんでした……」


 そうなんだわ!

 きっとイライアが変なことを吹き込んだから、ロドリンパパが私に冷たいのね。

 責任を取ってもらわなきゃ!!!

 ここ数年の伯爵領からの税収も減っているようで、その件も問いただすんだって。元々イライアの母親が、税収を管理していたみたい。


 ちなみに次の日はロドリンの実家のバンプロナ侯爵家へ行ったけど、門前払いされたわ! なんでよ!!!

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