第25話 ダンジョン五階のフロアボス

 三階の踊り場で一晩を明かし、四階へと進んだ。

 これから先は周りが硬い土になっていて、洞窟っぽい。今まで以上の緊張に包まれた……、と言いたいが、新鮮なモーモーと羊の肉が食べられたので、アンジェラがとてもご機嫌。

「ふんふふーん、次は何のお肉かな~」

「アンジェラに捧げられる、立派な獲物が出るよう祈るよ」

 緊張感のない人達だ。あんまり強い敵がでない方が良いけどなあ。


 ソティリオも他の人達も慣れているのか、二人の会話をキレイにスルーしている。ここは私も素知らぬフリがいいのね。

 これまでより薄暗くなり、騎士達は慎重に進んでいる。

「エリマキビッグトカゲだ!」

 タンタタタンと、暗い奥から成人男性ほども高さがあるトカゲが走ってくる。エリマキ状のヒダ飾りが、顔を囲んでいる。そのまんまだなあ。

 騎士がサクッと討ち取り、周囲を見回した。今のところ、他に魔物はいない。

 鹿がぴょこんと飛んで現れ、私達に驚いてすぐに逃げてしまった。ダンジョンの鹿は臆病みたいね。お肉の為とはいえ、魔物もいるんだから深追いは禁物だ。


 今度はボワン、ボワンと重そうなものが跳ねる音が響く。

 トツゲキトードーが出てきた。動きは遅いが攻撃力が強く、生命力もあるので何度も攻撃しないと倒せない。薄い毛に覆われた茶色い体は厚みがあり、ヒレのような手足で器用に移動する。ただしトドなので陸上では遅い。

 ボワン。ボワン。

「せーの」

 ボワボワン。

 必死に跳ねるトツゲキトードーの左右を、合図と同時に一斉に駆け抜ける。

 それだけでやり過ごせたわ。戦わなくてもいいんだ。振り返ったら、トードーは私達を見失って、諦めたようにゆっくり前へ跳ねていた。 


「おっと、行き止まりでした」

 先頭の騎士が振り返った。先は小さな部屋のように広くなっているものの、道はない。ただ、宝箱が置かれている。これはゲームの設定通りに女神様が設置してくれている。

 場所はランダム、置くのも適当な時。女神様は基本がいい加減なのだ。

「殿下、女神様の贈りものです。箱を開けますか?」

 この世界では誰が用意したか分からない謎の宝箱を、『女神の贈りもの』と呼んでいる。その通りだね。

「せっかくだ、開けてみよう。女神様が僕らに届けてくれた輝けし希望の」

「開けますね」

 さすがに危険がつきもののダンジョン内で、これ以上聞くつもりはないようだ。さっさと開いた。この宝箱は、基本的に鍵はかかっていない。ひねると開く仕掛けだけ。


 ギイイィと箱が開く。ドキドキしてきた。

 騎士が箱から取り出したのは、上下が鈍い金色の、円柱状のものだった。上には持ち手があり中央は透明なガラスで、中に崩れた楕円形の装置が見える。

「これは、ダンジョンで手に入るランプですね! 通常より明るいので、助かります」

 ……LEDえるいーでぃーって書いてあるのは、気のせいだと思っておこう。取り入れたのかな、女神様。最新式だわ。

 スイッチを入れると、明るく白い光が辺りを照らす。光の範囲以外が、今までより暗くなった気がした。


「ではこちらと交換して、使っていたものは仕舞っておきます」

 灯り持ちの係が預かり、さっそく使用している。来た道を引き返し、別の道を選んだ。

 何度か道を間違えながら、敵を倒しつつ攻略を進める。

 宝物は三個ゲット。回復薬と薬草と、力をアップさせる腕輪だった。腕輪は殿下がソティリオに渡し、左手に装着した。ソティリオは技とスピードの数値が高いタイプなので、力は足りないのだ。

 この中で一番必要ないのは、薬草だな。女神様~、ゲームと違ってこの薬草はそのままでは使えませんよ。


 ちょっと早めだが、四階の踊り場で一晩を明かす。騎士と神官がご飯を用意してくれて、騎士は必ず一人は起きて夜通し見張りをしているよ。

「ん~、やっぱりモーモーですね」

「お肉も美味しいですが、ダンジョンを出たら暖かいスープが飲みたいです」

 水が貴重だから、スープはないの。一日に一食くらいは、スープを付けて欲しくなる。パンを少しの水で胃に流し込んだ。

 硬い床に、毛布に包まって眠る。ベッドが恋しいなあ。

「ワニ肉は……トリ肉の味……唐揚げ山盛りください……」

 アンジェラの寝言が気になって仕方ない。めっちゃ幸せそうな寝顔をしているわ。


 五階からはついに鉾先鈴を手に持ち、私もお経を唱える準備だ。みなさん優秀で、今まで必要なかったのよ。

 シャランシャランと涼やかな音色が、静かなダンジョン内に響く。これ、魔物にここにいますよ〜って教えることにならないかなあ。

「ここの階段の前には部屋があり、常に強い魔物が守っているらしい。心して進め」

 今日は殿下ではなく、ソティリオが出発前の一言の役目をした。

 五階にはエリアのボスがいる。毒をもつコブラの魔物なの。今日の目標は、コブラ退治ね!

 この階は魔物が少なめで、代わりにダンジョンが複雑だった。ゲームより難しくなっていて、行き止まりも多い。その分、宝箱も多いのよ。

「こちらも違いますね」

「あ、奥に部屋があって宝箱が。これは……種? さっきは謎の小さなメダルでしたね」

 女神様、ドラクエをプレイしたな。

 きっと能力がアップするアイテムなんだろうけど、宝箱から出てきた種なんて、誰も食べませんよ。


 装飾品が手に入ったら誰かしらが装備し、効果を確かめたりしている。剣とカチューシャが出てきた。カチューシャはきっとアンジェラに着けて欲しいんだろうから、アンジェラに渡した。

 敵は今までと同じ。バケキャットの強化版、ブラックバケキャットが出てきたくらいかな。攻撃力が上がり、黒い魔法弾を撃ってくる。

 怪我人が出たので、私の回復魔法の出番がついに訪れたわ。気合が入る!


無受想行識むじゅそうぎょうしき無限耳鼻舌身意むげんにびぜつしんい無色声香味触法むしきしょうこうみそくほう無眼界むげんかい……」

 般若心経を唱えつつ、チリンチリンと鈴を鳴らす。傷はキレイに跡もなく治り、騎士にも好評だ。


 何度も行き止まりで引き返し、途中で休憩してご飯を食べて、ようやく五階のボス部屋の前へきた。

「ここだ。みんな、準備はいいか?」

 ソティリオが扉の前で振り返る。みんなが真剣な表情で、ゆっくりと頷いた。

「はいっ、いつでも大丈夫です!」

「待ってください、先に魔法を唱えます」

「先にですか?」

 不思議そうにアンジェラが首をかしげた。先に唱える補助系の魔法って、この世界にはなかったから。

「女神様が教えてくださった魔法の中に、力や防御などをアップさせる効果のものがあったようなんです。まだ試していないので、ここで使わせてください」

「それは素晴らしい! イライア嬢、ぜひ張り詰めたクリスタルのような僕達の焦燥しょうそうを晴らすよう、君のたえなる魔法をお願いしよう」 


 はいはい。

 殿下の言葉を聞き終わらないうちに、私は稲荷祝詞を唱え始めた。

「……堅磐かきわ常磐ときわいのち長く、子孫うみのこの八十連属やそつづきに至るまで、いか八桑枝やぐわえの如く令立槃たちさかえしめ賜ひたまい……」


「……不思議だ、力がみなぎる感じがするぞ」

「疲労も和らいだ。今ならイケる!」

 騎士達がおおっと叫びをあげ、剣を一斉に上へ掲げた。先頭の騎士が、勢いよく扉を開く。

 開け放たれた扉の向こうでは、五階のボスが部屋の中央で待ち構えている。

 そう、大きなコブラ……ではない。三角っぽい顔の形、長い楕円形をした厚みのある蛇の体、尻尾は細く短い。

 これは……。

「チーーー!!!」

 体を縮めて、ぴょこんと高く跳びあがる。


「ポイズンコブラだ!」

 違う。幻の生きもの、ツチノコだー!!!

 大きなツチノコが着地すると、ズシンと地面が揺れる。私達は左右に分かれて避け、ツチノコはゴロゴロと転がって殿下達に迫った。


「氷よ、貫け! フローズン!」

「火よ、焼き尽くせ! フレア!」

 殿下とアンジェラが、両手を前に突き出して魔法を唱える。

 攻撃魔法はアレだけでいいの、ズルくない? ちなみに両手を前に出さないと発動しないらしい。謎の縛りはあるのだ。

「ギチーーー!!!」

 魔法でいったん動きを止めたツチノコが、今度はこちらへ転がってくる。


「「風よ、切り刻め! ストロングウィンド!」」

 ソティリオと護衛の騎士が、同じ魔法を同時に唱えた。しかしツチノコの歩み……、もとい転がりは止まらない。

「わ、ちゃ、ちきゃー!」

 私って足が遅いのよね! 必死に走るけど逃げ遅れそう、変な叫びが口を突く。

「イライア様っ!!!」

 フワッと体が浮いたと思うと、ピノがお姫様抱っこで私を運んでくれていた。

 間一髪、ツチノコゴロゴロアタックから逃れる。

 壁に激突したツチノコに、騎士達がすかさず攻撃を加える。ヒットポイントが見えたらなあ……!


「ありがとうございました、ピノ様……」

「いえ、お怪我がなくて何より」

 色んな意味でドキドキするわ。ツチノコは起き上がって体を左右に揺らし、嚙みつこうと威嚇している。

「魔法で攻撃すると隙ができる、そこで一気に攻めましょう!」

「はいっ!」

 ピノの号令で、殿下と護衛騎士達もいったん下がった。

 魔法を使える人達が、一斉に魔法で攻撃。ツチノコが集中砲火を受けて動けないでいるうちに、剣を構えて駆けていき、みんなで斬り掛かった。


「チキャー……!」

 ついにツチノコを倒したよ。

 わあ、ツチノコが私と同じ叫びをあげてるわ……。

 一人嚙まれた騎士がいたけど、宝箱に入っていた毒消しと回復薬を使って治療をした。ツチノコでも毒があるのね。名前はポイズンコブラのままだったしなあ。

 これで五階まで制覇したよ。明日は六階。また敵も強くなるし、一段と暗い道になるのよねえ。

 逃げ遅れて、戦ってるみんなの手を煩わせないようにしないとね……。

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