第23話 前夜祭

 森の入り口で検問がある。この先にダンジョンがあるんだ!

 検問の兵は、王室の馬車を確認するやいなや封鎖を解き、左右に別れて道を空けた。彼らは集落の住民以外を通さないようにしているのだ。

「ご苦労だな、何事もないか?」

「はい、ダンジョンが閉鎖されていると知れ渡ったので、来る人も大分減りました」

 警備責任者と言葉を交わしてから、通り過ぎる。


 検問を越えた先は、それまでの半分の道幅になった。整備されているものの、やはり少し揺れる。木の間をしばらく走り、緩い上り坂が続いた。二時間ほど森の道を移動し、ついに集落が木の向こうに見える。

 昼過ぎに到着。道を抜けたら、一気に明るくなった気がする。両側が森だったからね。

 集落には木造家屋が並び、宿、食堂、服屋、武器防具や薬を扱う店など、小さいながらも色々なお店があった。ダンジョンに挑戦する人って、意外と多いのね。森の方には炭焼き小屋や、数頭の牛を飼っている農家もある。

「きたきた、王室の馬車~~!!!」

 集落の住人が手を振っている。殿下は笑顔で、馬車から手を振り返していた。

「ついにダンジョンの最深部まで行くんだな!」

「早く封鎖が解かれると良いな、商売あがったりだよ」

 そうだった、ここの人達はダンジョンの挑戦者相手に商売をしているんだ。封鎖されてたらお客が来ないんだわ。


 宿の前で、馬車を降りた。

 宿の人達が外に並んで出迎え、周辺に住む人達も出てきて歓迎してくれている。その中に、見知った顔が。

「殿下、ソティリオ様、皆様! お待ちしておりましたわ」

 若草色の明るい髪のソティリオの婚約者、フィオレンティーナが出迎えてくれた。ここで待っているという話だったものね。

 一緒に誰か男性がいる。濃い紫の髪を一つにまとめた男性、サムソン・ヴィダルだわ。

 彼は今まで出てこなかった攻略対象の一人で、儀典長を務める伯爵の長男。宰相の息子とかじゃないのよね。ちなみに戦闘は全然できないが、筆記テストは学年で一、二を争う。育てると立派な魔法使いになるよ。


「僭越ながら、前夜祭の手配をさせて頂きました。明日からのダンジョン攻略にそなえ、英気を養いましょう」

「楽しみになさってくださいね! 豚の丸焼きを用意していますわ」

 気が弱いサムソンの言葉をかき消す大きな声で、フィオレンティーナが嬉しそうに説明しながら、準備をしている広場を指した。肉を焼く煙が上り、いい香りがあふれている。

「豚の丸焼き」

「鳥もありますわよ」

「野外パーティーっぽいですね」

 村人が焼き上がった鳥の丸焼きを、大きなトレイに載せて運んでいる。切り分けて出されるのかな。

「羊も用意しました」

「丸焼きパーティー!?」

 サムソンは得意気だ。この人達、なんで丸焼きばっかり用意しているの?


「思ったより喜ばれていないような? やっぱりイノシシも丸焼きにするべきだったんじゃ……」

「まあ。我が家では、もてなしといえば豚の丸焼きと決まっていますのよ。豚が一番ですわ」

 いやその、丸焼きばかり用意しているところにツッコみたいのであって、種類の問題ではないのですが。

「こんなに丸焼き……! そのままかぶりつきたいですね。ね、イライアさん」

 ヒロインには大好評で、目を輝かせて手を合わせている。

 かなりの肉食女子だったんだわ。私を巻き込まないで欲しい。

「なるほど、独り占めしたかったんですね。今回は人数が多いので取り分けてもらいます。いずれお二人に、一人一つの丸焼きを……」

 サムソンが納得してしまった。私はそんなに食べられないわ。

 肉の他にも野菜や果物が用意されているが、野菜は多くない。どうやらここでは野菜の方が貴重なのかも。畑になる土地が少なそう。


「そうだ、サツマイモはありますか? 焼いて食べましょう」

 女神様がイモなんて言うから、私も食べたくなっちゃったよ。

「こういう集落では保存してあるはずです、確認しますね」

「おイモの丸焼きですわね!」

 二人とも、どこまで丸焼きにこだわるの……?

 背中を見送っていると、ずっと話を聞いていたソティリオが咳払いをした。

「イライア嬢、まずはいったん宿の部屋を確認しよう」

「そうですね、お邪魔になってしまいますし」

 私達が宿の前にいるから、集まった人々が去ることもできずに困っているのだ。

 広場では野外パーティーの準備が進められていて、人々が忙しく動いている。中央にキャンプファイヤーをする木の枠が立てられ、どこからかテーブルと椅子を持ってきて並べていた。


 宿はサムソンとフィオレンティーナも泊まっていて、既に厳重な警備がされていた。

 部屋はもちろん貴族が泊まるような豪華なものではなく、ちょっといいダブルルームくらいだ。これでもこの宿の中ではいい部屋なのだ。

 時間があるから、置いておく荷物とダンジョンへ持って行く荷物を分けよう。

 僧侶の装備も準備して、と。袈裟でダンジョンに入らなきゃならないんだよなぁ……。鉾先鈴は手持ちにするから、忘れない場所に出しておく。あ、経典も忘れずに。


 バタバタしているうちに準備ができたと呼ばれて、すぐに外へ出た。

 集落の人や殿下達の護衛やお供、私の護衛の神殿騎士は先に集まっている。後からゆっくり殿下がアンジェラをエスコートして登場し、パーティー開始の挨拶をした。大きな拍手が起こり、ダンジョン攻略の前夜祭がスタート。

 丸焼きが振る舞われる。豪快だ。

「お嬢様、私が取って来ますから、座っていてください」

「せっかくだから、自分で頂くわ。お皿はどこにあるの?」

 パロマがもらってきたお皿を手に、ブタの丸焼きを切り分けている料理人のところへ行く。アンジェラがウキウキしながら受け取っていた。

「イライアさん! やっぱり最初はブタですよね」

「ええ、おいしそうですね」

 ブタは前世から馴染みがある。丸焼きは初めてですが。


「攻略祝いでは、イノシシの丸焼きを用意してくれるそうです。今から楽しみ!」

「丸焼きですか。イノシシだと、牡丹鍋のイメージです」

 牡丹鍋って話では聞いたけど、食べたことはない。今更ながら、どんな味だったのか気になるわ。

「ボタン……ですか?」

 不思議そうにまばたきをするアンジェラ。

 しまった、この世界にはない料理なのね!

「ええと……。イノシシの赤いお肉が、その……牡丹の花のように、キレイだから」

 しどろもどろで、言い訳じみた説明をする。焦るわ。

「イノシシを華やかなボタンの花に例えるなんて、素晴らしい芸術的センスだ! 僕もそのように、美しい表現をしなくてはね」

「ね~! イライアさんもロマンチックですね」


 殿下に褒められた!

 嬉しくない、むしろ何倍も恥ずかしいよう……! これからイノシシ肉をボタンと呼ぶように布告しようなどと、殿下は余計な構想を抱いている。

 ダンジョンの前に無駄な心労を増やしてしまった……。

 キャンプファイヤーは燃え上がり、火の粉が軽く空を舞っている。みんなが火のオレンジに照らされて、余計に楽しそうに見えていた。

 前夜祭パーティーは盛り上がり、次の日に備えて私達は早めに切り上げになった。集落の人達は、まだ続けている。笑い声のアーチをくぐって宿に戻る。

「十分に食べられましたか? 足りないようでしたら、後ほどお部屋に持っていきますよ」

 相変わらずパロマは、一番に私を気遣ってくれる。


「ありがとうパロマ、お腹いっぱいよ。貴女達はちゃんとお食事できた?」

「はい、とても美味しかったです」

「丸焼きってすごいですよね」

 アベルはお肉をたくさん食べていたわ。すごいなあ、丸焼きパーティー。攻略して戻ったら、また丸焼きパーティーなのかな。

 空にはほんの少しだけ欠けた、立待月たちまちづきが浮かんでいる。

「後は寝るだけね」

「やっぱりイライアさんも、温泉に入らないんですか?」

 さらっとアンジェラが重要な情報を! 私は勢いよく彼女を振り返った。


「温泉あるの!??」

「ダンジョン集落の隠れた名物ですよ」

「知らなかったわ……、入ります!」

「一緒に入りましょう、宿の裏側にあるそうです」

 部屋に戻ってタオルと着替えを持ったら、すぐに温泉へ向かった。

 宿と渡り廊下でつながっている小さな建物で、着替える場所もある。

 石造りの浴槽であまり広くはないが、エメラルドグリーンの湯舟がとってもキレイ。温度はちょっと熱めね。

「ああ~温まる~」

「温泉って珍しいから、絶対入ろうと思ってたんですよ!」

「教えてくれてありがとう、アンジェラさん」

「他人と入るのが苦手な人が多いから、人気はないみたいです」


 なんともったいない。いや、だから誰も教えてくれなかったのかな。

 ちなみに日本と違って裸ではなく、専用の湯浴ゆあみ着を着用しなくてはならない。

 建物の隙間に、湯気が流れていく。

 肌がつるつるになる気がするわ。このままここにいたいな~。

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