第21話 ダンジョンの前に、祝福を受けます
神殿でもう一泊し、男爵家への馬車を出してもらう。来る時も神殿の馬車だったからね。
なんかやたらとカルヴィン・ロジェ司教が寄ってくるよ……。
絶対忙しい立場の人なのに、私にかまってばかりでいいのかしら。狙いがありそうでちょっと怖い。女神様崇拝がいきすぎた方だから、気に入られてしまっただけかも知れないのだけれど。
「こちらをお持ちください」
ロジェ司教が私に竹の筒をくれた。重さはあまり感じないので、何か軽いものが入っているようだ。
「筒……ですか? 何が入っているんですか?」
「イヅナギツネです。我々は情報の伝達に使っていますが、人に憑かせて災いを起こすこともできますよ。ただ、そのような使い方はリスクが大きいのでしない方がよいかと」
「私に使えるんですか!?」
クダギツネって、そういう家系の人とか、山伏が山から授かるとかするんじゃないの? 修行もしていない私でも大丈夫!?
「情報の伝達でしたら、問題ないでしょう。伝えたい相手の耳元で囁きます、他の者には漏れないので安心してやり取りができます」
おお、すごい。ダンジョンの奥地で問題が起こった時や、助けを求めるのにも使えそう! ありがたく受け取り、自分で持ち歩こう。
男爵家に戻ると、回復魔法の依頼がいくつかたまっていた。ダンジョンまでに、こなしてしまわないと。祝詞魔法とお経魔法、分類も発表した方がいいかな。
今回の患者は裕福な商人や、腰痛で働けなくて困っていた人、薬代で破産寸前という思い詰めた病人など。祝詞魔法が効果てきめんで、聖女様だと崇められる。バレちゃうね、職業は僧侶だけど聖女認定を頂いてますからね。
冗談はさておき、希望者全員に回復魔法を唱えていたら、さすがに魔力不足が起こってきた。ピノに魔力の回復薬を幾つか買ってきてもらい、なんとか終わらせることができたわ。
回復薬は白いヨーグルトっぽい水薬で、マンゴー味だった。ラッシーだよ!
おいしい、普通に飲みたいわ。
そして出発の日。
朝から馬車に乗って、神殿には昼前に到着する。今回は男爵家が用意してくれた、栗毛の馬が曳くごく普通の馬車だ。
神殿騎士に守られ、男爵夫妻や使用人達に見送られて馬車に乗り込む。
付近の人もなんだか集まって、手を振っている。神殿騎士が整列しているから、偉い神官と勘違いされているのでは。
「パロマ、イライアお嬢様にしっかり尽くすのよ」
「もちろんよ、お母様! そっちも元気でね」
「お前は無理しないで、周りに頼るんだぞ」
「お父様こそ、仕事をしすぎないようにね」
パロマはダンジョンに入らないものの、入り口まで付いて来てくれる。ご両親は心配で仕方がないといった表情だった。
「男爵様、神殿騎士が一緒なのでご安心ください。パロマにはダンジョンの入口にある、小さな集落で待っていてもらいますから」
神殿騎士も代表だけが同行して、あとは待機だからね。しっかりパロマを守ってもらおう。パロマの為にもアベルは外で待っていてもらいたいが、彼は荷物持ちをするからと張り切っている。
馬車が走り出した。
ずっとここで暮らしたいくらい、居心地が良かったわ。
神殿に到着すると、馬車の列を移動している最中だった。きっと殿下達の馬車ね、先に到着したんだわ。
馬車の付近は人が集まっていたので、私達は少し手前で降りて、馬車を男爵家へ帰した。この後の移動は、王家の馬車に同乗させてもらえるのだ。
神殿の奥へ行けばいいのよね、大礼拝堂を横目に通り過ぎる。
途中で神官が慌ててやって来て、案内を買って出てくれた。やはり殿下達が到着した直後で、出迎えや案内、一般礼拝者の誘導などで、ちょうど手が空いている人が少なくなっていたそうだ。
待合室で合流し、まずはお香の焚かれた部屋でお茶を頂く。
「ちょうどいいタイミングだったな」
ソティリオは殿下のお供なので、殿下と一緒だった。婚約者は神殿に寄らず、ダンジョン付近で待っていてくれるとか。
「ついにですね……、緊張してきました」
「アンジェラ、女神様の祝福を頂ければ、我々の勝利は約束されたようなもの。君が恐れるものなど何もないのだ。暗き夜にも星が輝くように、君の心には常に希望と可能性が輝いているよ」
「そうですね、ジャンティーレ殿下。必ずや無事に終えて、パフェを食べましょう!」
「勝利のパフェを君とともに!」
胸に片手を付けて、もう片手を伸ばした殿下。いきなり腕を振り上げると危ないよ。パフェはソティリオも連れて行ってあげようよ。
和気あいあいと楽しんでいたら、儀式の準備ができたとついに呼ばれたよ。移動先は貴族とかを案内する、豪華な小礼拝堂。神託の間へ入るのには、資格がいるのだ。
私達がここで純金女神像に祈りを捧げ、同時に神託の間でロジェ司教が女神様から直接お言葉を頂くのだ。
小礼拝堂で四人並んで膝を突く。入り口付近に殿下の護衛や神殿騎士のピノ達が並び、しばらく待っていた。女神像を挟むようにして神官が二人立ち、一緒に手を組んでいる。
……まだかな。あっちの様子が分からない。女神様の声も、ここまでは聞こえない。
飽きてきた頃に女神像が淡く光り、透き通る薄ピンクの花びらが天井からパラパラと降った。触れられないそれは、床に落ちる前に消えてしまう。
「素敵な奇跡……」
アンジェラがほうっとため息をつく。青い髪にピンクの花びらが触れて、さらりと溶ける。確かにきれいだわ。よく分からないけど、効果があった気がする。思い込みも大事よね。
神官が女神様のご降臨があったと連絡してくれて、これで祝福は終了。
昼を過ぎていたので、神殿でご飯を頂いた。その間に聖水などを受け取っておいてもらう。
「皆様、お疲れ様でした。これから重大な試練に立ち向かわれる方々に、女神様のご加護がありますように」
ロジェ司教のありがたいお言葉を頂戴してから、出発するよ。私に微笑みかけるにはやめてください、意味深で怖いです。
女神様からは「必ずやり遂げるでしょう」というお告げがあったそうだ。みんな喜んで拍手しているが、一つも具体性がないわ。
誰でも言える言葉は、誰が言うのかが大事なのかも知れない。
そんなことを考えた昼下がりだった。
私は殿下達の馬車に一緒に乗り込んだ。さすが王室所有、広さも乗り心地も段違いにいいよ。護衛に一人王室騎士が乗っていて、全部で五人。それでもまだ広々としていた。
「神殿って、神聖な気持ちになりますよね」
無邪気に笑うアンジェラ。
私はロジェ司教が近付いてくると、蜘蛛の巣にかかる蝶の気分になるよ。女神様を軽んじる発言、この中で私が一番やりそう。
「信者さんもたくさん来てましたね」
「台車に米俵を三つも載せて運んでいる人がいました」
「うわあ、重そうですねえ……」
軽自動車があっても積み下ろしだけで大変そうな米俵を、台車を使って自力で運ぶなんて。それだけで試練だわ。街で値段を見た時、お米は前世の倍以上の値段がしていた。収穫量の問題だけじゃなく、運搬が大変なのもあるのね、きっと。
「ここが今日の目的地です」
雑談をしているうちに、のどかな農村に到着。ダンジョンへ着くのは明日になる。
ここにある宿を貸し切って泊まるんだけど、お城の見張り塔くらいの大きさしかないような建物だ。殿下はアンジェラをエスコートしつつ、どこまでが敷地なのかと呟いていた。小さすぎて不思議らしい。
私達は一人一部屋を与えられた。
夜、喉が渇いてお水を貰いに行ったら、台所では朝食の仕込みをしていた。護衛達の分もあるから、けっこうな人数になるわね。
「……ダンジョンへ行かれるらしいよ」
「しっかり食べて、頑張ってほしいわね」
「……裏の家の息子さん、ダンジョンへ行って何年も戻らないっていうからな……。なにか形見でも、見つけてもらえないかな……」
「ダンジョンで手に入れたものは、発見者のものになるからね。もう返ってこないよ」
普通の人もダンジョンに挑戦して、死んじゃったりしているんだな。
メンバーは貴族ばかりだから、拾得物に執着しないかも。アンジェラもお金に困ってないし。持ち主の分かりそうなものがあったら、持って帰ろうっと。
結局水をくださいとお願いする雰囲気でもなく、こっそり部屋へ戻った。
寝る前に星空を眺めようと思ったら、窓際のテーブルに、最初から水差しとコップがあったよ……!
さあゆっくり眠るぞ。
『……ザザ……シュー……、聞こえますか……イラ……ア。あな……の夢に、直接話しかけてるよ……ジー……』
ふわふわとする頭の中に、電波が遠いラジオみたいなノイズ混じりの声がする。この声は女神様だ。
用事なら神殿で済ませてよ、ゆっくり眠らせて欲しい!!!
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