第20話 二組のデートに遭遇しました

 ピノの案内で、ミッシェルの星十を獲得したお肉料理のお店に向かう。

 分厚いステーキが人気で、ワインも色々あるんだとか。私はハンバーグが食べたいな。ワクワクしながら進んでいくと、だんだんと人が増えてきた。

 ガヤガヤと何かを見て噂している。まさかこれが星の効果!?

 ……と、思ったけど違うわ。豪華な馬車がお店の前に横付けされているのだ。

 そこから降りてくる、若い二人。


「ここ……有名なお肉料理のお店ですよね!?」

「そうだよ、愛しのアンジェラ。君がバラ色の血がしたたるような、レアステーキを食べたいと望んだからさ。僕は君の願いを叶える愛のしもべ

 顔を確認するまでもなく、声とこの面倒なセリフ回しで分かる。

 鮮やかな水色の髪、ジャンティーレ ・ヴィットリー殿下だ。一緒にいるのは青い髪のヒロイン、アンジェラ ・ロヴェーレだわ。殿下の髪と同じ水色のワンピースに、青い靴と白い手袋。

 殿下は白いショートコートで、濃紺の上下。色合わせは爽やかな二人だわね。色合わせは。


「違うお店にしますか……?」

 ピノを見上げた。必要以上に、この二人に巻き込まれたくないのだ。

「そうですね、王族がご利用なさるなら貸し切りでしょう。他の……」

 ピノが別の方向へ顔を向けたところで、アンジェラの元気な声が響く。

「イライア様! イライア様だわ、殿下! せっかくここでお会いしたんですもの、一緒にお食事しましょう」

「そうだね、アンジェラ。君という可憐な美しい花と、清くたくましい彼女が並べばどんな装飾品よりも素晴らしいだろう」

「もう、殿下ったら」

 一瞬で二人の世界だ。どうしよう、この隙に逃げていいかしら。しかし護衛の一人が余計な気を回して、私をわざわざ誘いに来てくれた。


「どうぞご同席ください。殿下のご厚意です」

「ありがとうございます。ですが、お邪魔になるので辞退させて頂きます」

「大丈夫です、みんなで楽しく食べましょう。殿下のお金と威光で、美味しくて最高の贅沢をしましょう!」

 ヒロインが堂々と、一緒にたかろうと誘ってくるんですが。殿下が全部支払ってくれるんだろうなと分かるけど、全部口にしすぎでは。

「ははは、アンジェラは本当に素直だね」

 むしろ殿下には喜ばれていた。この二人って、不思議ととてもピッタリね。

 ゲームの世界で恋人が決まるイベントで、この二人に会うなんて運がいい気がしてきたわ。逃げられないのだし、私も奢ってもらおうっと。

 見てますかー、女神様! 推しのデートですよ。


「ありがとうございます、みんな一緒でいいですか?」

 パロマやアベル、ピノと食べる予定だったのだ。神殿騎士達は別のテーブルで。

「席はたくさんありますもの。いいですよね、ね、殿下」

 アンジェラが殿下と腕を組んだまま、軽く肘でつついている。殿下は笑顔で頷いていた。

「お、お嬢様……、私達は別のお店で待っていますよ」

「そうですよ、王族と同じ店で食事するなんて失礼では」

 パロマとアベルは緊張して顔が白くなっている。おいしいものを食べてもらいたいけど、コレだと緊張しすぎて味が分からないかも。

「大丈夫よ、私達は三人で食べるから。離れた席を用意してもらいましょう」

 そんなわけで、私達三人は中央のテーブル、パロマとアベルとピノ、それから神殿騎士の皆さんは端のテーブルを囲んだ。


 木造の焦げ茶色の建物は重厚感があって、高級店に来た感じがする。

 殿下とアンジェラはステーキ、私はハンバーグを頼んだ。しばらく雑談に交えた二人のラブラブを浴びていると、じゅうじゅうと肉の焦げるいい音と匂いが店内に充満する。

「ああああぁ……あああぁあ……おいしそうすぎる」

 肉汁たっぷりのあつあつハンバーグ。お前をもう何年も待っていた気がするわ。柔らかくて、ソースが絶妙に絡んで美味しい。

 アンジェラは中の赤いレアステーキを、大きく切って食べていた。

「テーブルマナーは得意じゃないんですが、これは柔らかくて切りやすいです。肉の甘みがあるし、おいしい」

「君が喜んでくれるのが一番の褒美だよ。この肉も君に食べられて喜んでいる」

「ダンジョンに入ったら、しばらくこんな素敵な食事はできませんね。何が食べられるのかな」


 ヒロイン、火山の噴火より自分の食事が気になるようです。同感です。

 アンジェラは殿下が頼んだものよりも大きな肉の塊を、ちゃんと噛んでいるのか心配になる速度で、どんどんとたいらげていく。付け合わせのクレソンを残して。

「確かダンジョン内に、白くしなやかなヤギが生息しているそうだ。ヤギ肉は食べられるかも知れないよ」

「それは楽しみです!」

 ダンジョン内で狩りをするつもりだったとは。たくましい人達だわ。その発想はなかったわね。

「こんな場所だが、女神様が与えたる偉大なる試練、ダンジョン攻略の日程が決まったのだ。説明しておこう」

 殿下が合図をすると、一人がテーブルの脇に進み出た。


「では失礼して、私が。お食事を続けながらゆるりとお聞きください」

「よろひゅくお願いしまふ」

 食べながら喋るアンジェラ。マナーは苦手なのねえ。

「急ではございますが、出発は三日後、出発前に神殿で祝福を頂きます。パストール伯爵令嬢はモソ男爵家に滞在中でしたね。そちらへ迎えを送りましょうか」

「必要ありません、神殿で集合しましょう」

 ついに三日後なんだ。急だなあ、待ち遠しいような怖いような。

「食料はこちらで用意しております。医薬品や魔力の回復薬も揃えました、回復魔法を存分にお使いください。お着替えなど、身の回り品はご自身で整えて頂きます」

「はい、お世話になります」


 ちなみにこの世界の薬とは、漢方薬のような生薬がメイン。ゲームでは傷薬でヒットポイント回復とか、即座に回復していた。しかしこの世界の薬は、下手をすると前世で使っていたものより効果が遅いくらいだ。

 私の護衛など帯同する人は何人までとか、神殿で祝福を受けてからの予定も簡単に説明された。ダンジョンは十日前後で攻略できる予定で、マップなどはない。女神様の造られたダンジョンのマップを作成するのは、女神様への冒涜ぼうとくになるんだって。

 女神様は軽いノリで造ってるんだから、どうせ何も考えていないのに。面倒だなあ。

 祭壇の部屋への鍵は、殿下が国王陛下から託されている。

 部屋を封鎖しただけあって、最後までクリアした人がいて、記録が王宮には残っているらしい。


「何か質問はございますか?」

「このハンバーグのソース、おいしいですね。買えますか?」

「……販売していません。料理については店員に伺ってください」

 しまった。つい食事に気を取られすぎて、一番気になることを率直に聞いてしまった。ダンジョンの質問、質問ね。

「えーと、では八階から動く死体が出ると聞いたんですが、対処法とかはありますか?」

「……あまり広く知られた情報ではないのに、ご存知でしたか。出発前に神殿で祝福を頂く際、お清めの塩と聖水を頂きます。それでも倒すまでには至らないかも知れませんが、退しりぞけて先へ進めるでしょう」


 異世界っぽいというより、やっぱり西洋ファンタジーっぽい。まあいいか、色々な世界観が混じっている分、様々なおいしいものが食べられるわ。

 ただハンバーグのコースの最後が、チョコレートでコーティングしたわらび餅っていうのは、どうにも頂けない。わらび餅はきなこと黒蜜で食べたいわ。もちろん、完食しました。

「では、また三日後にお会いしましょう。イライア様、頑張りましょうね」

「はい、アンジェラ様! 終わったらパフェを食べに行きましょう」

「いいですね、約束ですよ。殿下、おいしい店を調べておいてくださいね!」

「任せてくれアンジェラ、君を世界一の名店にエスコートしよう」

 さり気なく殿下をパシらせようとするんじゃない。

 すっかり奢ってもらい、精がつくようにと大きな肉の塊をお土産に頂いて、愉快な二人と別れた。


 さて次はどこへ行こうかな。神殿までは遠くないし、もうちょっと散策しよう。お昼を食べすぎたから、腹ごなしに歩きたいし。

 昼過ぎの街は人並みにあふれ、神殿参りの捧げものを抱える人もいた。よく見たら、地面スレスレや屋根の上を、白いイヅナギツネが野球の豪速球のようにビュンと飛んでいく。神官がキツネを使うんだもんねぇ、やっぱり不思議な世界だわ。

 追い切れず視線からすぐ逃れるイヅナギツネを見送るっていると、またもや見知った人影を発見。


「南部のドレスは華やかな色が多いですわね。今度はあちらで宝石を選びましょう」

「まだ買うのか、フィオレンティーナ……!」

「あら、序の口でしてよ。わたくしたち貴族が経済を回さなくてはなりませんわ」

 攻略対象の一人、ソティリオと婚約者のフィオレンティーナもデート中なんだ。でもこちらは、ソティリオが従者みたいだわ。

 ……うん、声はかけないでおこう。


 私はそっとその場を離れ、男爵家へのお土産に紅茶や果物を購入して神殿へ戻った。今から出発しても遅くなるから、もう一泊して男爵家へ戻るよ。

 お肉は腹持ちがいいな、夕飯はあまり食べられなかった。

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