第19話 吟遊虚無僧!?
公園では朝から竹笛のような、柔らかくて少し空気の抜けた音が響いている。ジャングルジムの向こうに、人がまばらに集まっていた。
吟遊詩人とか流しの音楽家とか、そういうのかしら? 気になって近付いてみると。
深くかぶった編み笠に、首から掛けている
考えてはいけない。ここはあの、いい加減女神様の世界なのだ。
曲が終わると、聴衆は置いてある箱にコインを入れていた。お椀とかじゃないんだ。路上コンサートっぽい。
虚無僧を眺めている場合ではない、誰かに話を聞かなくては。
……こういう時、ゲームだったら画面に出ている人に片っ端から話しかける。例えあいさつだけでも、みんな昔から知っている人のように答えてくれる。そもそもゲーム画面にいる人は、話しかけられる前提なのだ。
しかしこれが現実となると、いきなり知らない人相手に声を掛けるところからハードルが高い。唐突に火山の女神様やダンジョンについて尋ねる私、不審者だと疑われないかしら。
会話してくれそうな人は、どの人か……。
悩んで何もできないでいるうちに、虚無僧の二曲目の演奏も終わってしまった。
「イライア様、今ですよ」
「えっ」
ピノが肩越しに呼びかけてくる。
「コムソウの演奏が終わるのを待っていらしたんでしょう? よくご存知でしたね、彼らが火山の女神様を信仰していると。もちろん、造物主である女神様の信者であるのは前提ですが」
虚無僧が火山の女神を信仰している……っ。
この世界って、一応多神教なんだよなあ。
神殿が暗黙の了解で女神様を
造物主である女神様が主神の、先端が長いピラミッド型なのかしら。
前世だと確か、主神は雷を武器にするゼウス神だったり、北欧の主神オーディンは魔術に傾倒した闇の属性を感じさせる神様だし、原初の神ティアマトを倒したマルドゥク神は、他の神に請われて戦う代わりに、自ら主権を主張して主神になった。
日本なら主神は太陽神のアマテラス大御神。
世界を作った神様って、他に大きな仕事がなくて、一神教以外だと忘れ去られる『暇な神』になりがちよねえ。インド神話でも、戦いで強い神様が台頭している。
……地球を参考にしたなら、下手したら女神様はいつの間にか世代交代させられるんじゃ。
おっと、
曲が終わって立ち去る人の間を進み、虚無僧に近付く。
「おはようございます、素敵な演奏ですね。尺八って癒やされますよね」
「おはよう、ご令嬢。よくこの楽器がシャクハチだと、ご存知で。
拙僧言った、拙僧。ちょっと楽しいわ、親しみやすいかも。
残っていた人も次の演奏がないのかと、散り始めた。
更に近くまで寄り、小声で話し掛ける。虚無僧は編み笠を少し上げた。五十代だろうか、意外と年上だ。黒い髪が日本人っぽい印象を与えるが、この世界に日本人はいないのよね。
「実は私、ダンジョンに入る予定でして。ダンジョンに入ったことはありますか?」
「このお若い方が試練に望まれるのか……。貴女の無事を祈って、一曲演奏しましょう」
「そうでなく、火山の女神様についてご存知でしたら、教えて欲しいんです」
せっかく演奏が終わったから話を聞きに来ているのに、何故また音楽に戻るのだ。会話をしてください。
「火山の女神様について……、それにしても貴女は、よく火山の神様が女神様だと知っている。普通の人間は『火山の神』と呼んでいて、男神だと勘違いしているのに」
もしかして、火山の女神様への信仰って、下手をすると異端になっちゃうとか?
彼は私が、神殿のスパイかと疑っている。
考えてみれば神殿騎士のピノに守られてそんな質問をしたら、警戒されて当然だった。無害ですとアピールしなくては。
「火山の噴火が近付いているのは、知っていらっしゃいますよね? 私達は、火山の女神様の祭壇に捧げものをしに行くんです。なので、失礼のないようにしようと、情報を集めていまして」
「ペレ様の祭壇、固く閉ざされて誰も入れないあの場所に。それは
祭壇は彼らの憧れらしい。両手を合わせて拝んでいる。尺八は器用に腕に挟まれていた。
「祭壇に捧げるのに、いいものってありますか?」
「そうだね、特に規則はないが……、ペリドットはペレ様の涙と呼ばれています。宝石ならペリドットでしょう」
「そうします、ありがとうございます!」
早くも有力な情報をゲット。
虚無僧はお金の投げ込まれた箱を持ち上げて、無造作に中身をポシェットへと流し込んだ。シャリシャリとコインのぶつかり合う音が響く。
「我々は修行の一環として、ダンジョンで武者修行をしていてね。そして拙僧は八階まで到達した。……ダンジョン深くで命を失うと、死後も出られないようです。八階で死した肉体が襲ってきたのに耐えられず、地上へ引き返した……」
「死体が襲ってくるんですか……!?? まさかデロデロボロボロの……!?」
授業で習ったり噂で聞いたりするのは、せいぜい五、六階までの内容だった。だんだん敵が強くなる、たまに宝物を持つ敵がいる、くらいの話が流れていた。アンデットなんて聞いてないよ……! ホラー苦手!
「いや、顔色は青白いが、腐敗などはしていない。きっと神のお力に触れたんであろう。それまでは、普通のダンジョンだったよ」
ホラー画面にはならないで済みそうだけど、怖い。岩塩をポケットに入れておこう、効果がある気がする。できればヨルダン川の聖水が欲しい。イエス・キリストが洗礼を受けた川だ。
「貴重な情報を、ありがとうございました」
「気を付けて、貴女に女神様のご加護がありますよう」
尺八の演奏で見送ってくれた。虚無僧の周囲には、また人が集まってくる。
「死体が動くなんて本当なんでしょうか……、怖すぎます……。……大丈夫ですか?」
「ダメでも行くしかないのよね……」
パロマの方が顔色が悪い。アンデットって、この世界にはいないのよね。
「俺が守ります。……って言えればいいんですけど、死んでるのに死んでいないなんて、どう戦ったらいいんだろう……」
真剣に悩むアベル。そんなアベルの肩にピノが手を置いた。
「女神様のご加護で倒すんだ!」
唐突にピノが脳筋になったんですが。
「なるほど……はい!」
分かったのかい。私にはさっぱり理解できなかったわ。でも、暗い気分でいるよりいいか。
そろそろお店も開いている時間かな、繁華街へと移動しよう。これ以上の情報が入る気はしない。公園を出てすぐにある雑貨屋が、開店準備をしていた。通り過ぎてまっすぐ進めば、大通りにぶつかる。
まず岩塩を買い、次に宝石店でペリドットのブレスレットを買った。それから
果物の盛りかご、ワイン、パン、ハム、紅白まんじゅう、
店の奥には小さな女神像や、光沢のある絹、翡翠や真珠がケースに入れて飾られている。
宝石はペリドットを買ったから、それでいいだろう。ハワイの神様なので、果物はパイナップルにした。紅白まんじゅうも買っておこうっと。マカデミアンナッツチョコもイメージが強いなあ。
そんな感じで適当に食べものを何種類か買うと、ピノの配下の神殿騎士が持ってくれた。五人ほど、同行してくれている。
コレを神殿で確認してもらえばいいかな。
気分良くお店を出たのは、お昼に近い時間だった。神殿参りの人も多いので、混む前に早めに食事にした方がいいわね。広い通りの左右に飲食店が軒を連ねていて、どれに入ったらいいか迷っちゃうわ。
「お昼にしたいんだけど、どの店が良いかしら。外食をあまりできなかったから、お店の選び方が分からないわ」
「お嬢様、何をお召し上がりになりますか?」
余計な一言を加えてしまったので、
事実だから仕方ない。しかしみんな北部の人間だから、この辺りには詳しくないかも。
「ええと……、ダンジョンに向けてお肉とかどうかしら!」
実家ではあまり食べられなかったものの、大好物ですよ。ハンバーグ最高。
それなら、とピノが前に進み出る。
「ガイドブックに載る、有名なお店がありますよ。ご案内します」
「ありがとうございます、それは楽しみですね」
「ミッシェルの星を最高の十、獲得したお店です。女神様のご意向で、神殿関係者がガイドブックを作成しているんですよ」
ちょいちょい出てくるパクリ要素。女神様主導という逃れられない事実。
ミシュランっぽいのに、神殿が絡むとモン・サン・ミッシェル修道院が浮かんでしまうわ。ところで最高が十って、盛りすぎじゃないの?
「……なんだか、修道院っぽいお名前ですねえ」
やらかしてそうなので探りを入れてみた。
「実はサン・サン・ミッシェルという、湖にある岩山の上の修道院が選定しています。選定員は秘密ですよ、賄賂などを防ぐ為に」
ほらあぁ!
女神様、海や丁度いい場所がないからって、無理に湖を作ったでしょう!
お経の件といい、形から入るスタイルはどうかと思う。
それにしても、パクってずいぶんご機嫌な名前にしたわね……。
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