第18話 見習い修道女

 用意してくれた部屋は、貴族が泊まる用に違いない。

 豪華な内装で、大きなベッドが置かれていた。急だったのに着替えが用意されていて、花瓶には生花が活けられている。使用人と護衛の部屋にも繋がっていた。

 蛇……もとい、ロジェ司教から開放されて、緊張の糸が切れたのか、とても疲れた気がする。私は重い体を柔らかいソファーに沈めた。


「今回のご神託は長かったですものね、お疲れ様です」

 侍女のパロマが勘違いしているけど、訂正しなくていいか。

「明日は街へ行きましょう。火山の神様の祭壇への捧げものを、選ばなければいけないの」

「国か神殿が用意してくれるんじゃないんですか?」

「女神様にお尋ねしたら、頼まれちゃったのよ」

 面倒を増やしてごめんね。

 謝ろうとしたら、二人ともむしろ嬉しそうにはしゃいでいる。


「さすがお嬢様、女神様からの信用がありますね」

「しっかりお探しできるよう、心して護衛します!」

 パロマとアベルはやる気十分だ。私も一晩寝たら、気合を入れ直そう。その前に、そろそろダンジョンについておさらいしておかないと。

 二人には自分の部屋に入ってもらい、一人になってベッドに寝転んだ。


 乙女ゲームなので、ダンジョンの敵はさほど強くない。ポメラニアンみたいなのとか、ぬいぐるみのクマみたいなのとか、ファンシーなモンスターが襲ってくる。

 操作はオートにしていたから、戦いを全然覚えていない……。攻撃、守るなんかの行動を選ぶ簡単な操作だったから、やっていれば良かったわ。

 階層は十階。実際に歩いたらどのくらいかかるのかは、想像がつかない。

 ルートはぼんやり覚えているくらい。ただ、先に知っていたらおかしいから、道の選択は殿下にでも任せよう。また余計な装飾語たっぷりに、リーダーを気取ってくれるだろう。 

 しかし作ったのは女神様よね……。

 漠然ばくぜんと不安があるわ。クールジャパンな敵が襲ってくるかも知れない。ダンジョンだと、妖怪とか、ゆるキャラとかかな。ゆるキャラが現れたら、倒しにくいよ。


 とりとめもなく考えているうちに眠ってしまったようで、気が付けば朝だった。

 朝食が部屋へと運ばれてきたわ。

 おかゆと漬物、それから蒸し野菜。おかゆって途中でお腹空きそう、出掛けるんだし美味しいものを食べちゃおう。食事をしながら、おやつへと考えを巡らせる。

「イライア様、本日のご予定はございますか?」

 修道女がお茶を注ぎながら、笑顔で尋ねる。私は女神様のお告げがあり、祭壇への捧げものを選ぶと率直に告げた。

「どんなものがいいと思われますか?」

 神殿側の意見を取り入れないと。修道女は少し悩んで、私に向き直る。

「神殿では信者の方からの奉納品や、パンや麦、その時の収穫物などを捧げます。特別に高価な品物でなくていいと思いますよ、大事なのはお気持ちです」

 その奉納品が貴族からだとやたら高価なんだけど、まあいいか。


「ですです、先輩。あっしもそう思うでっす! 大事なのは真心! ピュアなマイハートが一番いっちばんのプレゼントフォーユーですぅ」

 あくの強い修道女が出てきたわ。こちらに手のひらを向けた横向きピースをして、中指と人差し指が目の近くにかかっている。

「こら、貴女は言葉遣いが直るまでお客様の前で喋らないように、言ってあるでしょう! 特に“あっし”はやめなさい!」

「あっしは私です~。インプット完了、アウトプットにエマージェンシー」


 給仕の人に付いている見習いさんかな。

 前世でいうところの中学生くらいで、くせっ毛の女の子は、注意されてもあっけらかんとしていた。

 なんだろう、研ぎ澄まされたルー語? それともラップ調と呼んでいいの?

 ちなみにルー語とは、ルー大柴が喋る適当な英語混じりの、日本語による文章をさす。女神様が好きそうな言語である。

 どちらもこの世界にはない。はず。


「失礼しました、まだ見習いで学習中の子でして……」

 先輩修道女が恥ずかしそうに何度も謝罪している。ルー語修道女は、ただ真似をしてペコペコ頭を下げていた。貴女の言動を謝っているんですよ。

「お気になさらず。私も元気を頂けましたよ」

「お天気元気があっしの取り柄、空も心もスカイブルー、イエ~!」

「面白い女性ですね」

 やめなさいアベル、「おもしれー女」とか言うと恋愛イベントが始まってしまいそうだから!

 ルー語修道女は他の人が腕を掴んで、強制退室させられていた。

「フー、イライア様またね、次は一緒にトゥギャザー……アウチッ、耳を引っ張らないで、痛い痛いシット!!!」

 最後はスラングだ。あとでこってり叱られるに違いないわ。

 ……今、何が起きたんだろう?


 扉が閉まる音がして、室内には静寂が訪れた。

 なんとなくティーポートを手にする修道女を見上げたら、目が合った。

「……紅茶のお代わりは、いかがでしょうか?」

「頂きます」

 空になったカップに、くすんだオレンジ色がなみなみと注がれる。

 ちなみにピノは神殿騎士なので、ここの騎士達の宿舎に泊まり、食事もそちらで一緒にとっている。


 食事が終了、外は明るい日差しに溢れていた。

 神殿の裏手では見習い修道女と修道士が、洗濯ものを干している。雑務は男女の区別無く、見習いの仕事なのだ。掃除も庭の手入れも、修行の一環なのよ。あ、私達の服も洗ってくれている。ありがとうございます。

 着替えを持ってきていなかったので、神殿が用意してくれた服をお借りしてお出かけする。ついでに服を買ってこよう。あんまり持っていないし、雨が続いて乾かなかったら着る服がなくなりそう。

 騎士は朝の訓練、神官は朝のお祈り。敬虔けいけんな人は、朝の礼拝にも参加する。礼拝堂から歌とパイプオルガンの演奏が聞こえてきていた。


「神殿の朝って感じねえ」

「そうですね、お嬢様。わりと慌ただしいんですね」

 働くみんなを横目に、私達は出発。神殿は町の中心部から少し外れた場所に位置している。繁華街には徒歩でもさほど遠くはない。ただ、居住区から神殿の門までに、それなりの距離があった。

 大礼拝堂の隣を通ったところで、ピノが率いる北の神殿の護衛騎士と合流した。男爵家にも三人残っているので、人数は少なめだ。

「イライア様、おはようございます。失礼ですが、この時間では捧げものになるような贈答品を扱うお店は、まだ開いていないと思います」


「おはようございます、ピノ様。まずは火山の神様について、付近の方のお話を伺いたくて。公園に行ってみます」

 火山の女神の祭壇があるダンジョンに近いこの町だからこそ、火山の女神様、ペレについて詳しい人がいるかも。

 そしてダンジョンに入った人もいるだろう。ダンジョンの立ち入りは制限されているものの、禁止はされていない。

 中でしか得られない宝石やアイテムがあるのだ。ゲームをしていると、敵を倒すと経験値の他にお金やアイテムを得られる。なんで敵が持っているのかは不思議だけど、女神様はゲームの設定通りに持たせてくれている。


 この世界のダンジョンについての簡単な知識は授業で習うし、噂にもなっている。ダンジョンでアイテムを探すのを仕事にする、トレジャーハンターという職業もあるのよ。そういった人々の為に、ダンジョンの近くに宿やお店ができて、小さな集落を形成している。

 ここを拠点にして、ダンジョンと地上を来たりするわけ。

 ただし、最深部の祭壇に近付くのは禁止。

 最深部へは鍵を持っていないと入れないようになっている。国がしっかり管理しているのだ。

 現在は国の使節が来ているので、ダンジョンの入り口は封鎖されて、付近の出入りも監視されている。王族がくるから、念入りなのよ。


 前世で、観光地で平日にすごい渋滞が起きていて、違う道を選べば良かったと後悔したことがあった。

 実は数日後に控えた天皇陛下のご行幸ぎょうこうの予行演習で、通行を制限していたのだ。白バイが行列していて、パトカーも出て警備の確認をしていた。

 偉い人が来る時は、その日だけじゃなく何日も前から警備の人は大変なんだね。

 ダンジョンの近辺では、不審者がいないか山狩りもされてそうだ。

 ダンジョンは森の中にひっそりある。


 なんだかノスタルジックになるのは、公園にあるジャングルジムとぞうさんすべり台のせいかも。前世で私が住んでいた家の近くの公園に、同じようなものがあった。

 ベンチで朝からうつろに景色を眺めているおじさんを見ると、リストラされて途方に暮れているのでは、と無駄に心配してしまう。

 だめだ、現世に強く意識を持たないと。

 この平和な公園で、聞き込み開始よ!

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