第17話 神殿にお泊り

『またね、イライア』

 会議ののぞきが終わったら、女神様が帰ろうとする。

「待ってください、そろそろダンジョン攻略です。火山の神様の祭壇には何を捧げたらいいですか?」

『ペレにはもちろん、サッカーボールだよ!』

「ペレ違いですよね。サッカーの神様と混同してますよ!」

 相変わらず女神様がひどいです……。

 そしてタイムアウト。違うの? じゃあ適当に考えておいて、と手を振って消えてしまった。

 人はこれを無責任と言います。


 ゲームではご進物と書かれた箱しか出てこないので、中身が分からない。

 ダンジョンに入る前に神殿で女神様から祝福を受け、その際に女神様から助言を頂いてヒロインが用意するの。

 一緒に行動するキャラを選べる、デートイベントよ。ここで確実にヒーローが決定するわけだ。

 色々なお店を回り他のキャラと会話したりして、女神様と同時に火山の神も信仰している民族のお店を見つけ、“火山の神様へのささげもの”とズバリそのままな名前のアイテムを探すのだ。

 そのお店が存在するのかも、そんな名前の商品があるのかも分からない。今から情報を集めなければ。


 ちなみにキラウエア火山に住むハワイの火山の女神ペレは、競争心が強いので、スポーツなんてしたら夢中になり過ぎてマグマが流れる。そして大地は一面焼き尽くされ、競争相手が人間なら、逃げ切れずに死んでしまうのよ。

 サッカーボールはむしろ火山を噴火させるだろう。想定外のバッドエンドにされるところだったわ……。

 あ、ここではデラ・ウェア火山だったわね。

 女神様、ダジャレ好き……???


 私は大きくため息をついて、空になった容器を手に神託の間を後にした。

 部屋の外ではロジェ司教が立っていた。

 下っ端の神官に任せて、部屋で座って待機していればいいだろうに。彼の異端審問官をしていた経歴を知った今、笑顔を浮かべて待っているのが不穏に感じる。

「お疲れ様でした、イライア様。スシは女神様のお気に召したでしょうか」

「はい、大変喜んで頂けました。ただ、技術が未熟なので申し訳ないと思いました」

「スシについては、我々もこれから研究しましょう。より良いスシを、女神様に捧げられますように」

 ロジェ司教はかかとひるがえし、みんなが待っている部屋へ案内をしてくれる。


 そうだ、お伝えしておかないと。

「ロジェ司教、私は伯爵位を叔母様に譲るつもりです」

「……そうでしたか」

 ロジェ司教は不思議そうな表情で私を振り返った。

「ロジェ侯爵によろしくお伝えください」

「義弟とお知り合いでしたか?」

 あっ。女神様に見せてもらった最新情報だった、知ってたらおかしい!

「いえ、その……、女神様からお話がありまして、ロジェ侯爵と面識はありません……」

 しどろもどろで言い訳を続ける私に、司教は優しく微笑んだ。

「女神様からご神託を頂いたんですね。わかりました、しっかりお伝えいたします」

「よろしくお願いします」

 あはは。とりあえず笑う。修道女が私達の横を、会釈えしゃくをしながら通り過ぎた。


 部屋では侍女のパロマと護衛のアベルが、紅茶を飲みながら待っていた。やっと生きた心地がする〜!

 あれ、一人足りない。ソファーに座っているのは二人だけ、あとは給仕をしてくれる修道女。神殿騎士のピノの姿がなかった。

「この方にもお茶を。イライア様、ピノ殿はまだのようです。少々お待ち頂けますか?」

「はい、もちろんです」

 ロジェ司教の説明によれば、ピノはこれまでの報告や、これからについて神官と相談しているそうだ。


「イライアお嬢様、このクッキーとても美味しいですよ。クルミが入っているんです」

 向かい側のソファーに座った私に、パロマが勧めてくれる。

「それは楽しみね。頂きます! あ、サクサクして美味しい」

 お寿司って醤油をつけるからか、後から喉が渇くよね。ついでに甘いものも欲しくなる。最高。

「神殿で私達が作っているんです。用意しますので、お持ちください。売店でも販売していますよ」

「ありがとうございます、お言葉に甘えます」

 小さな教会だと、資金を得るために手作りのお菓子や雑貨を販売しているらしいのよね。ここはお金が足りないわけではないだろうけど、慣例的に売ってるのかな。

 ただ、売店って言われるとありがたみが減るわ。


 紅茶もおいしいし、いい香りがする。空になったカップに、ロジェ司教が手ずからお代わりを注いでくれた。

「イライア様、本日は当神殿にお泊りください。ピノ殿が戻られてから提案しようと考えていたんですが、こちらの支度がありますし、夜も更けて出発には不都合でしょう」

 確かに、出発の時点ですでに薄暗かったのだ。もう真夜中かな、緊急でもないのに外を移動する時間ではないわ。

「泊まれるんですか?」

「もちろんです。ご希望なら、修行者の部屋もありますよ」

「それは遠慮いたします」

 本気か冗談だか、分からない。あんなに温かみを感じた笑顔が、張り付いて見えて薄ら寒い。

 異端審問官。

 知らない方が幸せなことってあるよね……。


「お待たせしました」

 一人で蛇に睨まれたカエルの気分を味わっていると、ピノが戻ってきた。

「待っていましたよ、ピノ殿。時間も時間ですし、神殿に泊まってくださるよう提案させて頂いたところです」

「ありがたいお申し出です、ロジェ司教。イライア様、お受けになりますか?」

「は、ははは……。ただ、モソ男爵に泊まると伝えていなので、心配されるかと」

 つい出てしまう愛想笑い。前世の日本人が顔を出しているわ。

 まああの時間から出てその日に戻るとは、考えないかな。

「では男爵家に使いを出しましょう。イライア様達にお泊まり頂く部屋を用意してください」

「はい、ロジェ司教。ただちに」

 修道女の行動は早く、軽くお辞儀をして部屋を辞し、他の人にも声をかけていた。


「神殿にお泊りなんてワクワクしますね、お嬢様!」

「そうね、パロマ。すごく偉い人か宿のない方が駆け込むかでしか、泊まれないイメージだったわ」

「お嬢様、お嬢様はすごく偉い人の方ですよ」

 アベルがクスリと笑った。

 そうだった、現在の職業は僧侶だけど、聖女なんだわ私。

 聖女って称号なのかな?

「イライア様が必要とされる時は、いつでもお部屋を用意いたします。住む家をご所望でしたら、神殿の敷地に建てましょう」

 ロジェ司教の笑顔の後ろに、大きな蜘蛛の巣が見える気がする。家が建ったらゲームエンドでは……!


「ダンジョン攻略後のことは、それから考えます……」

 いつまでもパロマの男爵家のお世話になっていられないし、神殿騎士団も連れ回せないわよねえ。だからといって、神殿に定住したいわけではない。

「そのことなんですが」

 神妙な表現で、ピノが続ける。

「実は北の神殿からちょうど使者が来ていまして。なんでもご実家のパストール伯爵家の方が、イライア様の行き先について、再三の問い合わせをしてきているとか。南へ向かったのは勘付かれたでしょう。ダンジョンを制覇すれば新聞にも載りますし、あの様子では連れ戻しに来るのでは、と言っていました」


「今更困りますねえ……」

 そうは言うものの、連れ戻そうとするのは想定内だ。なにしろ外聞が悪いし、私に利用価値もあるだろうし。

「伯爵様も自分勝手ですね。あれだけお嬢様をないがしろにしておいて、いなくなったら放っておいてくださらないなんて!」

 私よりもパロマが怒っている。だから私はちょっと落ち着けるのかも。

「義弟から聞いたところによりますと、公の場で婚約破棄をした上、義妹を新たな婚約者にえたことで、良識ある他家から白い目で見られているようです。円満であるとアピールしたいのかも知れませんね」

 ロジェ司教の言葉に、皆が頷く。


「さらにお嬢様は回復魔法の経典の全訳のみならず、続く魔法も訳していらっしゃいますからね。これを知ったら、伯爵様はなんとしてでも手中に収めようとすると思います」

 アベルが神妙に声を潜めた。部屋の外までは聞こえないだろうけど、知っている人が多い方が秘密は漏れやすくなる。

 そうなのだ、今の私は金の成る木よ。この果実は誰にも渡せない、私の生活資金です。


「ダンジョンを攻略して火山の噴火の予防に成功すれば、どうしても王都へ戻り直接謁見えっけんして、国王陛下に報告しなければなりません。南にいられれば、エストラーダ公爵家も守ってくださるので、比較的安全なのですが……」

 王都へ行き、お城に出入りしたりして移動が増えると、どこかで接触してしまう可能性もある。宿が分かったら、乗り込んでくるかも。

 会いたくもないわ。

「王都でお困りの際は、義弟を頼ってくださいね。王宮警備隊をしていますので、城内でも頼りになりますよ」

 ロジェ司教が申し出てくれるので、アベル達がホッとしている。

 あの問題発言をする、侯爵ね……。この義兄弟、違ったベクトルで怖い。


 今日は神殿に泊まらせてもらい、明日はこの付近で祭壇への捧げものを探すことにした。

 定番は葡萄酒やオリーブオイルかな。あとは子羊の丸焼き。さすがにダンジョンで丸焼きをやるわけにはいかない。いや、日本好きな女神様だから花や米かも知れない。火山の女神も同じ趣味とは限らない……?

 考えたら難しい。迂闊に尋ねたせいで、私に任されてしまった。

 失敗したなー!

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