第14話 女神様への寿司作り

 ジャンティーレ殿下とヒロインであるアンジェラと合流して、これでダンジョン攻略のメンバーが揃った。ゲームだったらもう一人選べたんだけど、今回はなし。あ、隠しキャラのピノがいたわ。


 さて、彼ら二人と、同じくメンバーであるソティリオと私を加えた四人は、現在モソ男爵家の厨房に立っている。

 女神様から頼まれた、寿司作りをするのだ。

 元々は男爵家の厨房を借りて、一人でやる予定だった。しかしうっかり口を滑らせてしまい、それならば手伝おう、と戦力になるんだか分からない面々が集結してしまった。各々おのおのエプロンまで持参して、とても楽しそう。ほぼ遊びでは。

 貴族どころか王族まで来てしまい、その上みんなで普段なら貴族が出入りしない、厨房に集まるのだ。男爵家の人々の困惑ぶりは、かなりのものだったわ……。


 ちなみに頼んでおいた食材の運び入れに同行した神官が一人残って、壁際で私達のやり取りを眺めている。女神様がご所望の寿司の作り方を覚えて帰ると、メモを片手にこちらも準備万端だ。

 侍女や護衛は部屋の隅や外で待機している。


「あの~、皆さん。料理の経験は……」

「ないが、努力しよう! 力を尽くすことが美しい」

 殿下は当然ね。

「ない。邪魔にならないようにするよ」

 ソティリオもやっぱりそうか。

「私もあんまりないですね……、家に使用人がいましたから」

 アンジェラまで! そうだった、このゲームのヒロインは裕福だったんだわ。

 私は厨房に出入りしていたから、少しはできる。この人達、料理ができないのになんで集まったの……!?

「ところで、女神様がご所望のスシとは、いかなる料理なんだ……?」

 ソティリオが食材のケースに視線を送った。


 寿司に大事なのは、ネタとシャリ。シャリは寿司酢を混ぜたご飯だ。

 寿司酢は私が先に作っておいた。この世界には、酢があっても寿司酢はない。前世では寿司酢をご飯に混ぜるだけだったので、女神様からレシピを貰っておくべきだったと後悔した。

 でも女神様って日本語が読めないから、きっと違うレシピを持ってくるんだろうな。絶対にそういう迷惑なタイプだわ。

 そんなわけで、きっと酢にお塩と砂糖を入れるんだろうと考え、割合を色々確かめていたのだ。

 よく転生ものである、異世界でマヨネーズや化粧品を開発している人はすごいな。あるのが当たり前だったから、全然作り方が分からないわ。


 おっと、まずは寿司を説明しないと。

「寿司とは、この特殊なご飯、シャリに生魚などを載せた料理です。女神様のお力で、幻視をして形状を把握しました」

「君も食べたことがないのか? それでは、肝心の味が分からないのでは?」

 ソティリオの質問に、ゆっくりと頷く。

「確かに(この世界では)口にしたことがありません。しかし、幻視の際に女神様のお力で、味を確かめさせて頂きました」

 全て女神様のお力。これが私の処世術よ。

 おお、と三人と神官が感心している。


「それで、私達は何をしましょう?」

 やる気十分のアンジェラは青い髪をお団子にして、袖をまくくっている。

 そういえば、女神様からしたら推しカプの手料理になるんだ。これは、二人には頑張ってもらわねば。

「まずはこの桶に、ご飯を移しましょう」

 料理人に硬めに炊いてもらったご飯を、真新しい木の桶に移す。誰でもできる作業なので、男性二人にお願いした。

 その間に私は、砂糖と塩を入れたお酢の瓶を用意する。


「ご飯に味付けしたお酢を入れて、混ぜます」

「お酢を……斬新な発想だ」

 ソティリオが半信半疑でしゃもじを使ってご飯を混ぜる。なんか冷ましてた気がするから、扇子で仰いでみた。

 何度か味見をして濃さを調整、こんなもんかな。

 次に神殿から届いたお魚類を用意。

 ここで料理長の登場です。青魚を三枚におろして、刺し身にするようさばいてもらいます。上手にできないんだもん。


「王子様の前でやるですか……」

 一世一代の大舞台を作ってしまったわ。頑張って、料理長。

 料理長にアジを任せ、私達はその間に別の台で、サクになっているマグロをカット。ソティリオがカットした分がギザギザしているが、これも愛嬌だね。

 アンジェラにはキュウリを縦長とスライスに数枚、切ってもらった。

 わさびも擦り下ろす。ていうかワサビって、こういう実だったんだ。皮はくんでいいんだよね? 心の中で確認する。頼りになる人がいない心細さよ。ググりたい。

「ううむ……料理とは難解で意義深い」

 殿下、大した作業をしていませんよ。本当になんでも大げさなのね、この人。

「イライア嬢、箱にイクラが残っているが」

「それも出してください」


 お刺し身をお皿に並べ、イクラ、キュウリ、ノリなどを用意。さて寿司にします!

 この楽しい調理実習を、神官が必死にメモをしている。

 みんなでシャリを握り、わさびをちょんと付けて刺し身を載せた。昨日少し練習しただけの私が握る寿司の真似をしてもらうしかないのだ、どれも不格好。でも自分達で作ったからか、愛らしい気がする。

 海苔を適当に切ってシャリに適当に巻いて、軍艦も作ってみた。イクラとキュウリを載せて完成。


 最後に、大きな四角い海苔に薄くご飯を広げて、好きな具材を入れて巻き寿司にする。

 細長キュウリ、イクラ、エビ、お刺し身。好きに入れて、各自で巻いた。料理長と神官まで参加している。

「できた……私のマキズシ」

「殿下のはキレイですね。私のは大きいです、食べにくそうになっちゃいました」

 アンジェラのは一人だけ太巻きサイズだわ。入るだけ具を入れた感じ。

「俺のはご飯がはみ出て」

「力を入れすぎですよ」

 ソティリオにいう私のは、具が飛び出している。

 さすがに料理長のものが一番美味しそうだった。


「では女神様に捧げる前に、味見を……」

「あ!!!」

「どうしたんですか!? 失敗……?」

 思わず大声を出した私の顔を、アンジェラが心配そうに覗き込んだ。

「ううん、卵焼きを忘れてしまって。用意するから、先に食べてて」

「イライアお嬢様、自分が作りますよ」

 料理長がボウルと卵を用意する。確かに、私がやったら確実に焦がすわ……。任せておこう。

「では、お願います。甘めの厚焼き玉子にしてください」

「かしこまりました」


「おいし〜! これがおスシなんですね!」

 アンジェラが先に、サーモンの握りを食べていた。貴族の男性二人はさすがに待っているよ。

「お口に合ったようで、安心しました。食べましょう、女神様に捧げられるか確かめないと」

「そうだな、頂こう。我らの努力の結晶、輝く白い米と麗しい魚の融合した新たなる料理、スシよ」

 殿下の余分な言葉の入ったセリフ、なんとかならんのかな。

 放っておいて巻き寿司を食べる。うん、こんな味。シャリはもう少し味が濃くても良かったかも知れない。


 神父も端っこの席に座って、一つ食べるごとにメモしていた。

「う……うまい……! これは……ご飯食べ過ぎでは……???」

 分かる、お寿司になっていると、気が付いたら普段よりよほどお米を食べているんだよね。

 みんなにも好評で、卵焼きを焼き終えた料理長も味見している。

 私は握りの甘い握り寿司に手を伸ばした。ちなみにみんな、箸で食べている。この世界にも箸があるのだ。

 ネタが厚く切ってあっていいなあ。サンマもおいしい。手際てぎわが悪かったせいか、新鮮さはちょっとイマイチで……。

「辛い!!!」

 ワサビ多すぎ! 誰の仕業!??

「す、すまない。俺が作ったものだ。ワサビも多いほうがいいかと思って……」

 天然で罰ゲームを仕込まれた!

 慌てて水を飲む私の様子を見た他のメンバーは、ネタをそっと持ち上げて、ワサビが多かったらこっそり減らしていた。

 大当たりだわ、ソティリオめ……!


 試食会も終わり、私はみんなで作ったお寿司を持って、神殿へ向かった。メンバーで神託の間に入れるのは、現時点では私だけ。なので、他の三人には帰ってもらった。

 あ、殿下だけは王族だから、新年の挨拶で入らせてもらえるんだっけ。でも年にその一度だけだよ。

 神父は水魔法の使い手で、氷を作ってお寿司を保冷している。水魔法が使える人で、氷を作れるのは五分の一くらいかな。

 当初は試しに作ってみて、この世界の人達に味見をしてもらったら、新しく大神殿で作り直す予定だった。でも、女神様が大好きなジャンティーレ ・ヴィットリー殿下が作った寿司を食べて頂いた方が、喜ばれると気が付いたの。


 馬車を飛ばして大神殿に到着した時には、もう夜だった。大神殿は門を閉めることがなく、夜でも相談の人などが訪れる。

 ちなみに女神様のご用なので、馬車を曳く馬は神殿が用意した金色の神馬しんめで、普通の馬よりとても速かった。

 前回と同じように、入り口の近くに馬車を止める。

 事前に夜の訪問を知っていたのかな、ロジェ司教と数人の神官が、外で私を出迎えてくれた。

「ようこそ、イライア様。神託の間の準備はできております」


 神官や神殿騎士に囲まれて移動する私を、偶然居合わせた人がどんな偉い方が来たんだ、と噂している。すぐ斜め後ろにいる私の護衛の神殿騎士団長のピノに、小声で話しかけた。

「ピノ様、こんな時間に唐突にやって来たのに、大歓迎ですね」

「同行した神官様が、連絡を入れてあったんでしょう。神官が秘術で使役しえきしている、伝書妖精を連れていましたからね」

 伝書鳩ならぬ、伝書妖精。ファンタジーっぽいわ。

「妖精ですか! 気付きませんでした、小さいんですか? 見てみたいなあ」

「ほら、今もこっそり飛んでいますよ」


 指で示した先を、細く小さなキツネがヒュンと、動体視力のテストだったかのような速さで通り過ぎた。

 これは……妖精というより、イヅナキツネでは……?

「キツネなんですね」

 他に感想の言葉も思い浮かばなくて、ポツリともらした。

「羽の生えた小さな人のような妖精もいますよ」

 それこそ妖精! 妖怪も妖精も同じなの、この世界は……?

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