第15話 女神様とお寿司と実家の現状
大神殿では、まっすぐ神託の間へ案内された。
扉の前で侍女のパロマから運んでもらっていた寿司を受け取り、護衛のアベルとピノと一緒に別の部屋で待っていてもらう。ロジェ司教に、心なしか期待されているような。寿司を女神様がお喜びになるかに興味があるのかな。
神託の間で深呼吸をして膝を突き祈りを捧げると、やっぱりすぐに部屋が白い光で満ち満ちた。
『イライア~、もうスシできた?』
出前と勘違いしてないかしら。できていますが。
「こちらに持ってきていますよ。ところで、お時間は大丈夫ですか? 他にお仕事はないんですか?」
『魔法洗礼マラソンしてたんだけどね、休憩! おっスシ~』
魔法洗礼って、学園に入る直前とか、デビュタントが近付いてからとか、地域によって場面の違いはあれど、重なる時期があるのよね。女神様はマラソンと呼んでいたんだ。そしてそれを途中で放り出している、と……。
もしかして今までも、他の誰かの願いを中断して私の元へ来てくれていたんだろうか。
横入みたいで、申し訳ない……!
「女神様。魔法洗礼は、あとどのくらい残っていらっしゃるんですか?」
『三、四人だったよ』
「ではそれを終わらせてから、ゆっくりお寿司を召し上がりませんか? 私は待っていますから」
『えええ~……でもおスシぃ……』
女神様が拗ねたような声を出す。なんだか末っ子みたいな気がしてきたわ。
私がマトモな道に戻さねばならないという、使命感が湧いてくる。
世界を作った神様なのは分かっているんですが。イマイチ理解はできない。
「仕事を終わらせて、ゆっくりする方が絶対にいいですよ」
『分かったよ~。来やすいように繋げておくから、音漏れするかも』
カラオケボックスですか、ここは。
スッと光が引いて、女神様が遠くなった。それとともに、どこからともなく音楽が流れてくる。
あちらに降臨されたんだろう。流れているメロディも、音漏れの一部かな。女神様を迎える音楽まで用意している地域があるんだ。この国ではそういう習慣はないから、他国だわ。なんだか不思議。
誰かと喋る声も
待っている間は暇なので、薄い紙を三角におり、はみ出た部分を切り落として正方形にした。折り紙にして、久しぶりに鶴を折った。鶴しか作れない。
『お待たせお待たせ、全部終わらせたよ!』
「さすが女神様です! これがお寿司と、鶴です」
褒めるのも忘れない。寿司の入った箱の上に折ったばかりの鶴を二羽、載せておいた。白と黄色だ。
『あ、ツル知ってる! ガチャガチャで出てくるやつ!!!』
完全に外国人観光客向けの商品だわ。どこで知識を得ているんだろう、本当に。
どうやって受け取るのかなと思いつつ両手で持って差し出していると、スッと軽くなった。中身がなくなったような浮遊感がして、鶴も消える。
『届いた~。頂きます!』
女神様の周囲に、輝く寿司っぽいものが浮かんでいる。断言できないのは、色が白に近い色で光を帯びているからだ。食べものという感じがしない。
それを取って、食べている。
「不思議な光景ですねえ……」
『スシ美味しい! 私は違う次元に住んでるからね、でも本気を出せばこの通り。スシもツルも完全にそのまま、こちらに移送できるのよ!』
「寿司が次元を越えるんですね。お口に合って、何よりです」
女神様も普通にお食事するんだわ。
眺めていたら、一貫を食べ終えた女神様が巻き寿司を手に取った。あれはソティリオ作のマキズシだわ。
『このおスシ、形が揃ってないし、マキズシははみ出したりしてるよ』
「仕方ないんですよ、本来スシは専門の職人が修行して握れるようになるんです。私は正しい作り方も知りません」
『簡単そうなのに、奥が深かったのね……!』
ご理解頂けた。女神様は半分食べた巻き寿司を少し離して、まじまじと眺める。
「殿下達、青クレのキャラも協力してくれたんですよ」
『じゃあ、ジャンティーレ ・ヴィットリー王子も私の為にスシを作ってくれたの!?』
予想通り食いつきがいい。やっぱり青クレ好きなら喜ぶね。
「はい、殿下もアンジェラ様も作ってます」
『推しが作ってくれたスシ! これが本当のオシズシね!』
「……女神様。申し訳ありませんが、ギャグとしてはちょっと」
『今日のイライア、厳しくない!??』
ダメだ、もう末っ子っぽいイメージしかない。あまり甘やかしすぎてはいけない気がしてしまうのだ。
「気のせいですよ、お笑い好きなんでギャグには厳しいんです」
『なるほどお笑い……。そうだ、実家の様子とか気になるでしょ! スシのお礼に幻視させてあげるよ』
「あまり気になりませんが」
『目を閉じて~』
こうと決めたら話を聞かないな、この女神様! もう始まってるよ、頭の中に違う景色が浮かんできた。家だ、確かにパストール伯爵家の屋敷だわ。
斜め上から見下ろして、だんだんと近付く。二階の広い窓を通り抜け、薄暗い廊下に視点が移った。夜なのに、お父様の執務室に明かりが点いていた。
私に押し付けていた、領地にある孤児院とのやり取りや、陳情に目を通して
『イライアはまだ見つからないのかっ!』
『馬車でお送りした神殿へ問い合わせているのですが、知らない、教えられないと追い返されてしまいまして……。ただでさえ人手不足なのです、我々で探すのは無理ですよ。ただ……』
いら立つお父様に、執事が
『ただ、なんだ!?』
『神殿の馬車が南へ向ったそうです。もしかすると、同乗されたのかも……』
その通り、神殿の馬車を使わせてもらったのよね。南部も広いから、この情報だけでは居場所は分からないだろう。
お父様は確認の終わった書類を、丸めて投げ捨てた。
『神殿が家出娘に馬車なんて使わせるか。学友を当たれ』
『お嬢様はあまり深い交友がありませんで、把握しておりません』
『根暗で友達もいないのか』
そう呟いて、
パーティーや教室で会話する相手くらいはいたわよ! 特別な行き来がなかっただけで……。
そもそも、押し付けられた仕事をしたり、ロドリゴの課題をさせられたり、忙しかったんだから。帰りに喫茶店に寄ろうと誘われても、余分なお小遣いもくれてなかったじゃないの。
「勝手なこと言ってくれちゃって。でも、私の居場所は簡単には分からないわね。知っている人も教えないだろうし」
『……強く生きてね』
見上げると、女神様が
今食べているのはイクラの軍艦。ネギトロは用意できなかった。
「強く生きてます、友達百人だって作りますよ!」
『百人も作ってどうするの?』
女神様、この歌は知らないのっ。私も百人作ってどうするのか知らないわ。おにぎりは一人で食べても、おにぎりだもの。
執務室から離れ、別の部屋へゆっくりと視界が進んでいく。
ヒステリックな声が届いた。今度はお義母様の部屋だ。お義母様は欲しかったドレスが手に入らないと、侍女に当たり散らしていた。大の大人が何してるんだか。
隣の部屋では、義妹のモニカがメイドに引っ越しの準備をさせている。ドレスが入りきらないので、減らすよう進言されて、ふて腐れてソファに倒れ込んでいるわ。
いったんロドリゴと住むらしい。
どうしてこの家じゃなくて、他に移るのかしら。バンプロナ侯爵家の別荘か、カントリーハウスにでも行くのかな。
ずいずいと進んで、一階に降りて厨房へ移動した。食器の片付けをしているメイドと、明日の朝食の仕込みをする料理人。ここまでの間にあまり使用人を見ていないし、人数が減っている気がする。料理人も、以前の料理長ではなかった。
『はあ……、やっぱり私もここを辞めれば良かったわ……』
メイドの言葉が、ラジオから流れるように雑音混じりで響いた。さっきまでより音声が悪い。長時間は厳しいのかなと、女神様の様子を確認した。
あ、女神様がワサビ多めに当たって涙目になっている。アレ鼻がスースーするよね。
『俺もちょっと後悔してるよ。伯爵達は機嫌が悪いし、モニカ様はわがままだし……。何人かはスタラーバ伯爵家からの引き抜きらしいな。そのあとのロジェって方は、侯爵家の
なにやらここ最近で私と知り合った家が、パストール伯爵家から使用人を引き抜いたようだわ。それで人数が少なく、手が回っていない感じになってるんだ。
巡回の時間なので、庭を警備兵が二人一組で歩いている。
薄明かりの中に、枯れた花が浮かび上がった。周囲は草だらけだ。家の中が息苦しくて、私が世話をしていた花壇が荒れている。学園に入ってからあまり手を掛けられなかったとはいえ、誰も手入れしてくれなかったのかな……。
視点はギュンと移動して、何故かバンプロナ侯爵家の本邸に入り込む。
「女神様、元婚約者の家ですよ」
『こっちも気になるでしょ? 今日は動きがあるのよ。あ〜、辛かったから甘い玉子焼きが最高においしい!』
気になっているのは女神様では。
執務室にはバンプロナ侯爵と、侯爵と同年代の男性と年下の男性が机を囲んでいた。全員いい身なりをしているので、身分の高い貴族だろう。部屋の外には護衛が立って並んでいたし。室内にはそれぞれ一人ずつだけ、従者を控えさせている。
誰だろう、会議でもしているのかな……?
私が見て大丈夫なヤツ……?
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