第13話 ジャンティーレ殿下と、ヒロインアンジェラ登場!
貸し切りの喫茶店で、ソティリオの婚約者と向かい合って座っている。
テーブルには注文したケーキが二人分と、紅茶のティーポットとカップ。
ケーキは五つ、一枚の大きなお皿に並べられて、横にカットフルーツが添えられていた。周囲にはカスタードとチョコのソースで模様が描かれている。
ではチーズケーキから頂きます。
「婚約を解消しても、アンジェラ様とは国王陛下がお許しになるのでしょうか?」
ゲームで大まかな展開は分かっているけど、知らないふりをして尋ねた。あまり事情を把握していても、おかしいだろうし。
「アンジェラ様はいったん、どこかの貴族の養子になる手もありますわ。今回の遠征を終えれば、引く手あまたになりますわね」
あ、そうか。貴族の養子になれば、聖女になれなくても問題なかった。
現実ならこれでいけるんだわ。
「……サマーパーティーでの、バンプロナ侯爵令息からの恥知らずな婚約破棄は、わたくしも拝見しておりますわ。ソティリオ様は殿下達と席を外していらっしゃったんで、その場におりませんでした」
「ですよね……会場にいた人の目には触れますよね……」
目撃者から直接語られるのは、恥ずかしいものがある。
「楽しみにしていたパーティーであのような茶番をなさるなんて、侯爵様の
フィオレンティーナは、私の元婚約者のロドリゴにかなりご立腹な様子。ちゃんとした高位貴族からは、あれは迷惑だと感じたようだ。そりゃそうか。
「友人が彼と同じ家庭教師を雇っていたので、話を聞いてみましたの。授業態度は真面目ではないものの、課題はきっちりとこなされていたようですわ。その割に成績が振るわないと、家庭教師も首を捻っておりましたのよ」
家庭教師からの課題。
これは心当たりがあるやつだわ。
「もしかして、ロドリゴ様が私にテストだと称して渡していたものが、家庭教師の方からの課題だったのでしょうか……」
「イライア様に?」
「私の家庭教師は、母の死後に解雇されてしまったんです。しかし彼からやるよう言われたと訴えれば参考書を買わせてもらえたので、私が回答しておりました」
あー、やっぱりそうか。
そのおかげで学園の授業についていかれたから、悪くはなかったかも。で、ロドリゴは補習組なのに課題の提出もせず、婚約破棄だ、今度は結婚だと楽しんでいるわけ。
サボった分を取り返さないといけないのにね。学園を卒業できなければ、いい仕事に就けないわよ。貴族でもなくなるんだし。
「全く、図々しい方ですこと! お別れになって正解ですわ。イライア様には申し訳ありませんが、毒婦の義妹を好きにさせているパストール伯爵もどうかしていらっしゃいますわ!」
「我が家はずっとあんな感じでしたので、諦めております」
少し語気の荒くなったフィオレンティーナに苦笑いする。
チョコレートケーキ、最高。バナナタルトも甘くて美味しい。口の中が甘ったるくなってきたわ。
紅茶にレモンを搾り、砂糖をスプーンで半分すくった。
「イライア様、もし行く当てがおありでなければ、我がスタラーバ伯爵家へいらしてくださいな」
「ですが、父が言い掛かりをつけるかも知れません。ご迷惑では……」
「お気になさらなくてよろしいんですのよ。由緒正しい血を引く私や父の決定に、パストール伯爵ごとき、一言の異論も認めませんわ」
笑顔で言い切った。
フィオレンティーナ、めっちゃかっこいい……!!!
真面目で実直なソティリオが惚れている気持ちが分かるわ。紅茶を飲む仕草も、優雅で美しいのだ。
「お心遣い、感謝します」
「イライア様はお小さい頃から影響を受けてしまわれたので、父である伯爵を絶対的な存在に感じて、脅えてしまわれるのですわ。目を開けば分かりますのよ、ネズミの小さな牙を無駄に恐れていらっしゃるということに」
上品な言葉で、すごい表現をされる方だわ。
確かに記憶を取り戻す前の私は、この家から追い出されたら生きていけないと不安で、言いなりだった。持っているドレスを売るだけでも、それなりの生活費になったのに。
「家を離れて心強い味方を作れたので、もう大丈夫です。手に職もありますし、私も家と戦うつもりでいます!」
「その心意気でしてよ。領地で採れるコーヒーは、格別ですの。飲みにいらしてね」
やっぱりスタバはコーヒーですなあ。
もうスタラーバ伯爵が、スタバにしか見えない。ホイップクリーム載せてください。
フィオレンティーナは私と別れてから、婚約者に会いに行った。
彼女とお茶をしてから、三日ほどしてついに殿下達が到着した。十台連なる馬車の真ん中に、王室の印がある。金ぴかで派手なので、見物人がぞろぞろ集まるんですが。
馬車は高級宿に止まった。門を入った奥に馬車を止める場所があるので、見物人は敷地に入れず、塀越しに眺めるしかできない。貴族が泊まる宿なので、警備兵までいるのだ。
私は宿の人に許可をもらって、ソティリオと一緒に彼らを出迎えた。侍女のパロマや護衛のアベルとピノは、馬車で待機してもらっている。
止まってもすぐには二人とも出てこない。近付くと、話し声が聞こえる。
「ああ、ジャンティーレ ・ヴィットリー様。貴方はどうして王子なの?」
「ただ一言、僕を恋人と呼んでくれ」
「二人の間には、どんな山よりも高い壁がありますわ」
「そんな壁は乗り越えてみせる!」
中では簡易ロミオとジュリエットごっこが繰り広げられていた。
なんだこの二人は。
「……ソティリオ様。殿下達は演劇の練習でもされているんですか?」
「……わりと普段からこんな感じだね……」
遠い目のソティリオ。コレに付き合わされてるのか……。臣下として邪魔をしないようにしているんだろう。私には、我慢する為の堤防は築かれていない。
困っている御者や従者を横目に、堂々と馬車の扉を開いた。
「はいはい、お二方。ようこそ南部のエストラーダ公爵領へ。軽い愛の翼が二人を運んでくれましたね~」
「それ採用」
ビッと王子が親指を立てた。いけない、喜ばれてしまったわ。
「イライア様ですよね? 初めまして、アンジェラ ・ロヴェーレです」
殿下にエスコートされた青い髪の少女が、水色のワンピースの裾を摘まんで、たどたどしいカーテシーをする。
ヒロインのアンジェラの登場よ。裕福な商家の娘なので、貴族が多いこの学園に通えている。学費がアホ高いのだ。
「イライアです。よろしくお願いします、アンジェラ様」
「はい、こちらこそ! 優しそうな方で良かった……!」
無邪気に笑うヒロインのアンジェラ。仲良くなれそう!
「アンジェラ様の属性は何ですか?」
「私は水です。殿下が火ですから、苦手を
「はい、後方支援はお任せください」
どこまで知ってるのかな。とりあえず、まだ詳しくは説明しないでおく。この人懐っこさにつられて、必要以上に喋っちゃいそう。
「頑張りましょう、頑張りましょうね! もう一人が女の子で、本当に嬉しいです~!」
満面の笑みで私の両手を握る。
ヒロインはゲームのキャラクター設定どおりの、明るくて人見知りしない子ね。おかしな改変がなくて安心した。
「私もアンジェラ様とご一緒できて嬉しいです。絶対に成功させましょうね」
私達のやり取りを、殿下とソティリオも暖かく見守っていた。
「僕とソティリオは剣が得意なんだ。魔法よりもこちらが多い。君は回復の他に、攻撃手段はあるかい?」
「いえ、戦闘は苦手でして。回復魔法の中に身体能力を高める魔法があるようなので、そちらを唱えようかと」
そこまで喋った途端、ソティリオが唐突に詰め寄ってきた。
「身体能力を高める!? そんな魔法は存在していないはずだ! どういうことだ!?」
そもそもこの世界には、ない魔法だったっけ。強化アイテムはあるのよ。
「先日、女神様から新しい魔法を
「さすがだな……、これでダンジョン攻略も楽になる」
腕を組んで頷いている。この画面、欲しいなあ。スマホ……!
「素晴らしい、君の活躍に期待している。学園での成績も優秀という程じゃないが、悪くなかったと聞き及んでいるよ。ともに新たなる扉を開き、この世界の美しさを守ろうではないか」
しかも両手を広げたり、本当にお芝居っぽい。それをアンジェラがかっこいいと喜んでいる。
すでに私は面倒になってきたよ。
殿下の言葉選びが合わなくて婚約を解消したい、婚約者の気持ちが共感できる。そもそも成績が優秀じゃないは、余計なお世話だわ。他の人はほとんど家庭教師がいるんですよ。精一杯です。
黙っているソティリオはどうなのかな。
チラッと覗いたら、完全に無の表情で時が過ぎ去るのを待っていた。
「アンジェラ様は、魔法以外の攻撃手段もお持ちなんですか?」
「あります!
話を逸らしただけなのに、本当にあるんだ。ゲームでは特になかったから、私と同じ攻撃できないタイプだと思ってた!
ごそごそと可愛い花のアップリケが付いた袋から取り出した、手のひらサイズで鉄製の、薄いその武器は。
「手裏剣じゃないですか!!!」
「珍しい暗器なのにご存じなんですか!? そうです、シュリケンといいます。近くに道場があって、練習してたんです。的に当たると、ストンと気持ちよく刺さって楽しいんですよ」
「放課後に練習していた熱心な姿に、僕も
寄り添って見つめ合い、頬を染める二人。
学園に手裏剣の練習場があるの……!??
出会いが! ロマンチックの!
女神様~!!! 本当にこれでいいんですか!??
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