第12話 ソティリオ君の婚約者
光が消えて元の明るさに戻ってから、神託の間を出た。
扉の向こうには侍女のパロマと専属護衛アベル、神殿から派遣されている護衛騎士団長ピノ、そしてこの大神殿を
その後ろにも何やら人だかりができてしまっていた。大注目だ。
「……聖女様はさすがですね」
ロジェ司教が、私が言葉を発する前に感嘆のため息を落とした。
もしかして、部屋に入る際になかった紙を持っているからかな?
「ええと、これは女神様がくださった新しい回復魔法です。前回のものが解読されるのを待っていらっしゃったようで、タイミングの問題かと」
あんまり真面目に褒められると、緊張するよ。しかも親と同じような年の男性だ。
「それも素晴らしい偉業ですが、女神様がすぐに降臨なさったようで驚きました。女神様は他の国にも降臨されるんで、すぐにお姿を現されないことの方が多いんですよ」
「そうだったんですか!?」
まだ三度目だけど毎回すぐだったから、暇なんだと誤解してた……!
確かに他国でもこの国でも、神託や魔法洗礼を受けたい人はたくさんいそう。
「ええ、時には“来客中、二時間後に”や、“本日の業務は終了しました”というお告げの紙が降りてきます」
「さすが女神様、お忙しいんですねえ……」
顔が引きつりそう。“本日の業務は終了しました”は、お告げに入らないのでは。
業務連絡ですよ……!
女神様から新しい魔法を授かったので、急いで男爵家へ戻る。
帰り際にスシの件を伝えて、生のマグロやサーモンを用意して欲しいとお願いしておいた。神殿なら他国ともつながっているから、食材を入手するには一番なのだ。カルパッチョなどで生魚を食べる習慣もある世界なので、すぐに理解された。
次は
間違えていても発動するかしら。
神様の名前の漢字とか、知らないと文字から読みを推測するのが難しかったりするのだ。しかも名前の漢字が何パターンもあったり。
大神殿の外まで、ロジェ司教様や多くの神官が見送りに来てくれた。一般信者も何事かと遠巻きに眺める。とても注目を浴びている……!
大神殿の乗り場に付けた馬車の前で、司教様と別れの挨拶を交わす。
「お気を付けてお帰りください。貴女に女神様のご加護がありますように」
「ロジェ司教も、ご壮健で」
回復魔法の経典が増えたからだろうか、ロジェ司教はすがすがしい笑顔で見送ってくれた。
ダンジョンへ行くまでに新しい魔法を使いこなして、また翻訳版を売るぞ~。印刷所は大忙しね。般若心経は刷る度に売り切れると、嬉しい悲鳴があふれている。
男爵邸の部屋に戻り、一人になって祝詞を眺める。
私は何をしているんだろう。
いかん、現実に戻ってはいけない。現実なんだけど。
全文読める……読めていると思う。読み方が合っているのか、正解が分からない。とりあえず声に出して読んでみた。
「ええと、
うーん、邪気を払う感じ? これはきっと病が治る系かな? とりあえず翻訳をした。「白す」は文脈的に「申す」に違いない。
「龍神祝詞。龍神だと水の神様だから、雨とか降りそう」
独り言を呟きながら、次の紙は後回しにしてまた一枚めくる。
「稲荷祝詞。もふもふ推奨……って、このメモ書き誰の? お稲荷様をもふもふに入れて良いのかしら。
なんだか力が湧く気がする。これは戦闘力が上がるとかの効果かも知れない。私はダンジョンで稲荷祝詞を
今回はこの三つだった。お経はない。
整理していると、小さく控えめなノックが鳴った。
「お嬢様、そろそろ回復魔法を唱える約束の時間ですが……」
「はーい、今行くわ」
女神様からの啓示がくだったので、遠慮させてしまったわね。せっかくだし、まずは祓詞を唱えてみよう。試行のチャンスを逃せない。
男爵家の玄関で使用人に挨拶をしていると、見慣れない馬車の列が門の前で止まった。
前後の馬車から護衛が降りてきて入り口に待機し、一人が馬車の扉越しに声をかける。扉が開かれ、身なりの良い男性に続いて私と同年代の女性が、エスコートされて降りてきた。
黄緑色の髪、緑の瞳、鮮やかなグリーンのドレス。学園で見た人かな。
「こんにちは。貴女がイライア・パストール様?」
「はい、イライアです。失礼ですが、どなたでしたでしょう……?」
「ソティリオ・ザナルディー様の婚約者の、フィオレンティーナ ・スタラーバと申します。学園がお休みになったのでこちらに来ましたら、貴女が落ち込んでいるようだからお話し相手になって欲しいと、彼から頼まれましたの」
なんという無駄な気の回し方……!
私は落ち込んでないし、むしろ忙しいのに………!
「それはわざわざ、ありがとうございます」
「わたくしがこちらへ発った後に、殿下達も出発されたはずですわ。お会いした際に衝撃を受けないよう、前もってお話をしておきたいことがありますの」
「衝撃、ですか……」
スタラーバ様は確か、私と同じ伯爵家の方。建国当初から王家を支えた、由緒正しい家柄のお嬢様だったわ。
スタラーバ……、スタバ行きたいなあ。ご褒美スタバとか言わずに、普段から行っておけば良かった。コンビニコーヒーも美味しいのだ。
「ええ、お時間を頂けませんかしら」
「実は、これから治療を受けられる方が待っていらっしゃるんです。その後でしたら、いくらでも時間があります」
「でしたら、近くのお店でお待ちしておりますわ。先触れもなしに訪問してしまって、ごめんなさいね」
パロマと相談して男爵家で待っていてもらおうかと考えていたけど、彼女は優雅に去って行った。私が治療をするレストランの近くの喫茶店で、待っているようだ。
長く待たせないよう、さっさと治療を終わらせよう。
新しい祝詞魔法とお経魔法を唱え、私は何だろうと哲学的な悩みを咲かせつつ治療を完了した。
祝詞魔法の方が、病気に効果がありそう。
ダンジョンで回復に使うのは、お経が多くなりそうね。もしダンジョンが暗かったら、薄暗がりの中でお経と鈴の音が響くホラーなシチュエーションになるんだ……。想像したら、ちょっと怖かった。
治療の料金を受け取ったら、フィオレンティーナ ・スタラーバの待つ喫茶店へ急がねばならない。
ちょっと思い出してきたわよ。フィオレンティーナは、ゲームにもソティリオの婚約者として登場する。ただし悪役令嬢ではなく、立派過ぎる婚約者として。ソティリオと恋人になる為の高い壁として現れる。ソティリオは好感度を上げにくいキャラだった。
そして好感度がマックスになると
誇り高い令嬢は喫茶店のテラス席で、紅茶を飲んでいた。
「お待たせしました」
「お疲れ様。中へどうぞ、人払いをしてありますわ」
店の中には客の姿がない。貸し切りにしてしまったのだ。代わりに彼女の侍女や護衛が、しっかり店内を固めている。
「ええと……、注文していいんですよね」
「おかしなことを仰いますのね。わたくし達が注文しなければ、他に頼む方はいらっしゃいませんわよ」
貴女が追い出したんですよね。さすが貴族、気にしていない。
「ええと、カフェオレと……ケーキはどれにしようかな」
五種類の絵が描かれていて、どれもおいしそう。
「全て頼めばよろしいんですわ」
フィオレンティーナは全て用意してと、侍女に命じた。侍女が厨房に伝えに行く。お店の人にも話を聞かないよう、厨房から出ないでもらっているそうだ。
フィオレンティーナはメニューを閉じると、顔を寄せて声を潜めた。
「ジャンティーレ殿下の婚約が解消されそうですの。ご存じでして?」
「いえ……、でもええと……以前、確か青い髪のアンジェラ ・ロヴェーレ様と連れ立って歩くのを目にしましたわ」
「まさにその方と、恋仲になってしまわれましたのよ。今回のダンジョンへはアンジェラ様も選ばれておりますでしょ、お二人の姿がイライア様の目の毒にならないか、心配でしたの」
女神様には目の保養ですけどね。なんてったって推しカプですから。
これは、婚約破棄されたばかりの私に気を使ってくれているのかしら。
「アンジェラ様と王子殿下が恋仲だというのが、
「恋仲なのは学園に通っていた方なら、うすうす感付かれていらっしゃるかと思ってましたの。ただ、殿下の恋人候補の女性への態度は、ご存じないでしょう?」
「態度ですか。殿下は普段からお優しく、寛大な方だったと記憶しております」
「女性には甘い言葉を吐きますのよ。アンジェラ様はお喜びになっていますけど、少々度が過ぎておりますの」
「度が」
これはゲームの設定に近いかな。確かに特別に親しくなると、恥ずかしいくらいの甘い言葉が増えるキャラではある。
「現在婚約をされているマルゲリータ・アンセルミ侯爵令嬢は、わたくしの友人ですわ。彼女は殿下の歯の浮く言葉がどうしても我慢できない、とこぼしていました。彼女、ガッチリした体系の漢らしい男性が好みなんですの。満月よりも美しいとか、君より美しい花はないとか、ものと比べる意味が分からないと、一緒にいるのが苦痛だったそうですわよ」
苦手な人には厳しそうだわ。ゲームだと二人きりの時にだけ甘々モードになっていた。この世界の彼は、いつでも甘々モードになれるのね。
そうか、ダンジョンではそんな二人をずっと眺めねばならないんだ。
姿を想像してみる。
ヒロインのアンジェラ様は、どんな反応をされるのかしら。
うーん……、これはこれで面白そうかも。
「そうなんですね……。婚約者の方はどうされたんですか?」
「彼女は押し付ける相手ができたと、喜んでおりましたわ……」
ああ、断罪イベントはナシですね。
ヒロインと関係ないところで、私だけ婚約破棄の断罪イベントが発生していた。損を引いてしまった気がする。なんだかな。
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