第11話 女神様と、回復魔法の秘密

 現在私は、神殿に来ている。

 南部の大領主、エストラーダ公爵のご子息が高熱に浮かされて、神殿に祈祷を頼みに行く途中に偶然の巡り合わせで私と会い、回復魔法を唱えた。

 公爵家から祈祷を頼まれた司教が後から到着した時には、病は快方に向かっていた。回復魔法の効果に、司教も公爵家の方々も大感激。南部の大神殿にも招待されたわけだ。

 大神殿は北と南に一つずつあるのよ。


 大神殿の敷地はエストラーダ公爵の屋敷よりも広大で、神父が暮らす司祭館や神殿の事務所、信者の集会場所などもある。神殿騎士の住居や訓練施設、馬小屋や馬車の預かり所、定期馬車の停留所なんて二つもあるよ。

 正面にそびえる三角屋根の主聖堂は、真白い柱にステンドグラスのカラフルなガラスが色を映して、とても美しかった。並べられた長い椅子の列、中央通路の先は一段高い舞台になっていて、焦げ茶のテーブルの背後に大きな女神像が鎮座している。

 僧侶は和風で、ここは完全に洋風なんだなあ。異世界転生したはずなのに、謎のノスタルジーを感じる。

 小礼拝堂では神父が信者に説法をしていた。


 同行しているのがここで一番偉い司教様なので、すれ違う人が全員頭を下げる。

 ピノ達みたいに私に心酔されるよりは、こうやって虎の威を借る狐をしている方がテンション上がるわ。気が楽だし。

 真っ白い扉が開かれ、貴族や王族を案内する貴賓室へ案内された。中央の丸いテーブルをソファーが八つ囲んでいて、護衛などが待機する続きの間がある。窓が多くて明るい部屋だ。テーブルの奥には丸い小部屋があり、そこには小さな丸テーブルと椅子が四つあった。

「法王猊下げいかからのお触れが届いたところです。大神殿へようこそいらっしゃいました、神託の聖女様」

「ありがとうございます。それで、その神託の聖女とは?」


「女神様からの神託がくだった聖女様を指す言葉です。通常の聖女は徳や功績などから我々が列聖調査を行い、国王陛下の審議をあおぎ、女神様から聖女と名乗る許しを得て、初めて列聖れっせいされます」

 列聖というと死後のイメージがあるが、この世界では生きているうちに列聖される。列聖されてから正式に、聖女や聖人を名乗れる。

 つまり私は女神様のご意向で、全ての段階を無視して一足飛びに聖女になったわけだ。

 一般的に聖女に区別はない。

 神殿での呼び方は通常の聖女が『選定聖女』、女神様からのご指名が『神託の聖女』となる。そして女神様からの鶴の一声で決まる、『神託の聖女』の方が位が高いそうだ。

 

 ふ、しまったわ。早くも主人公を越えてしまった。

 それも女神様の日本びいきのおかげで。この選び方は本当に正しいのか。

「猊下から聖女様の身辺に気を配るよう、言及げんきゅうがございました。失礼ですが、事情をお伺いしても宜しいでしょうか?」

 偉い人なのに、やけに低姿勢だわ。こちらがもっと腰を低くしなくては、とソワソワちゃう。

「実は、婚約破棄をされたばかりでして」

 家にいた時の生活状況から、簡単に説明した。

 質問されて答える、この流れはいい。実家の悪評を広げたいんじゃないのよ、聞かれたから仕方なく答えるのよ。

 ……って感じで、愚痴をこぼせる。


 司教様は真剣な面持おももちで私の話に耳を傾け、目を閉じて首を横に振った。

「聖女様に……、いえ聖女様じゃなくとも、子供に満足な食事を提供しないなど言語道断です。貴族は政略結婚が多いものですが、愛人に入れあげて正当な血筋を軽んじるなど、己をかろんじるも同じこと。親としての責務を果たしていない」

「貴族の事情に、お詳しいんですね」

 もしかして、司教様も貴族なのかな。神殿の上層部には貴族も平民もいる。

「私の名はカルヴィン ・ロジェといいます」

「ロジェ侯爵家の方ですか!??」

 ロジェ侯爵は確か、王宮警備隊の隊長だわ。


「……愛人の子です。しかし本妻の子である弟から、何かを奪おうと考えたことは断じてありません。人にはわきまえねばならぬ本分ほんぶんがあります」

 うちでいう義妹モニカの立場の人だった。マズいと思ったけど、むしろ味方してくれるっぽいなコレは!

 切々と語るのでガッツポーズは心の中だけにして、黙って聞いておく。

「父が親の決めた相手と結婚する前から、母とは恋仲でした。引き裂かれる形にはなりましたが母は受け入れましたし、父も結婚相手に誠意を尽くしましたよ。普通に考えれば、正妻をないがしろにしてしまえば、浮気相手となってしまう私の母が奥様に攻撃されても仕方ないのですから」


 私の母は静かな人だったから、愛人に熱心なのを知っても抗議もしていないだろうな。ただ窓辺でため息をついていたのを覚えている。悲しいとか辛いというより、呆れていたような。

「つい長くなってしまいましたね。ではイライア・パストール様。神託の間へご案内しましょう」

 お、ついに女神様との面会コーナー。

 私は意気揚々いきようようと付いていった。南はもう私の地だぜ。そんな気分だ。


 神託の間には真っ白な女神像が安置されていて、周囲は瑞々みずみずしく色とりどりの生花で飾られていた。毎日けてるんだろうなあ、大変だわ。

 広さはやはり、あまり広くない。

 扉が閉じられて一人になってから、膝を突いて手を合わせた。親指を十字架みたいにクロスさせるのが、この世界の正式な合わせ方なんだって。

 あーあー、テステス。聞こえますか、女神様。


『イライア~、待ってたよ~』

 女神様、暇なのかな。すぐに光ったよ。

「経典の翻訳が終わって、印刷に回しました。これで普及しますよ」

『ついに、だね! 最初の数行は私がなんとかしたんだけど、続きがいつまで経っても翻訳されないから、新しいのを送れなかったの』

「漢字を知らない人に翻訳させるのは、無理ですよ」

 無茶ぶりが酷い。

 きっと日本語しか知らない日本人に、説明もなくヒエログリフを翻訳しろと命じるようなものだろう。言語として認識するところから難しいよ。


『はいじゃあ、これ!』

 パサパサパサ。

 虚空こくうから紙が数枚、現れた。私の前に散らばるのを掻き集めて、一枚ずつ書面に目を通す。


けまくもかしこ伊邪那岐大神いざなぎのおおかみ、筑紫の日向ひむかの橘の小戸おど阿波岐原あわきはらみそはらたまし時に……。これ、神道の祝詞じゃないですか。今度はこれが魔法ですか?」


『しんとー? のりと? 前のと違うの?』

 女神様、何一つ理解しておられない。ノリと勢いで生きてるタイプだわ。

 神様のお名前や地名が、バッチリ書かれてますが。

「これは日本の昔からの神道で、神様に拝む時に唱える言葉です。以前の般若心経は、インド伝来の仏教のお経ですよ」

『えええ~? クールジャパンじゃなかったの!??』

「他の文化も迎合して、クールジャパンの総称になっている気がしますね。日本発じゃないのに日本だと思われているものは、たくさんあります。でもヨーロッパみたいに地続きの国の方が、文化が混ざっているのではないでしょうか」


 私、異世界で何の説明をしているんだろう。

『ほへへ~、……ま、いっか。今度こそ正真正銘、クールジャパンの魔法よ! 効果は知らないけど、使って広めてね』

「前から気になってたんですが、どうして女神様が魔法を知らないのに、魔法が魔法として発動するんですか?」

 このハイテンションに押されて、つい納得してしまいそう。

 でも、考えるとおかしい。与えた本人は読めもしないなんて。


『それはね、癒やしの神とか魔術女神とかに頼んで、この世界で使えるように力を吹き込んでもらっているの。お経やノリト? が、適合しやすいみたい』

「力を吹き込む! もしかして、どんな文章でもいいんですか??」

『そう思って頼んでみたんだけど、JPOPはダメだったわ。サダマサシはギリいけそうだった』

 JPOPを魔法にしようとしてたなんて!

 失敗して良かった。ダンジョンで歌うハメになったかも知れないとは……。しかも魔法にできそうだったのは、サダマサシ。確かにある種の力を感じる歌だわね……。


 この女神様、分かっていたけど発想がちょっとヤバいな。

 魔法を使う度に、著作権使用料を支払うハメになるかも知れなかったとは。異世界から入金されたら、驚くだろうな。

「そうだ、コレも魔法になりますかね?」

 私は用意しておいた延命十句観音経を翻訳付きで書いた紙を渡した。

 女神様、半分透けてるけど受け取れるのかな。

 私の心配をよそに、すうっと紙が宙に浮くと、吸い付くように女神様の手元まで舞い上がった。女神様が真剣に目を通す。


『なになに、すごい、私も読める! かんぜーおん、なーむーぶつ、よーぶつうーいん、よーぶつうーえん、ぶっぽうそうえん……。短めでカッコイイ! 頼んでみるね、やっほー!』

 テンション高いなあ。翻訳版も載せておいたから、読めるのは当然なのだわ。

「ではお願いします! 私はこちらで進めさせて頂きます」

『あ、ソレともう一つ!』

 女神様が紙から顔を上げた。興奮していた表情で。


『スシも完成させてちょうだい! 私に捧げて!!!』

「異世界日本化計画……!!!」

 この世界が女神様の間違ったクールジャパンに浸食されそう。

 寿司……、お酢も海苔もお魚もあるから、あと一歩で作れる感じなんだよね。海はちょっと遠いけど、氷の魔法のおかげ海のお魚も新鮮な状態で届くよ。ただし高価。


 部屋にあふれていた光が弱くなり、女神様の姿は消えた。

 今更ながら、座って別れの拝礼をする。さて、部屋を出るかな。渡された紙を両手で持って、トントンと床に当てて端を揃えた。

 南の地でゆっくりできるかと期待していたのに、意外と忙しいなあ。

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