第10話 伯爵家と私(義妹モニカ視点)

 私のママは、伯爵の愛人だった。

 首都の外れにある二階建ての家に住んで、パパが来るのをいつも待っていたの。母子で暮らすには大きな家だったし、生活には困らなかった。

 他の父親がいない子はボロボロの服を着て痩せていて、何とか生きているような有り様だったりした。そんな暮らしでも、母親は朝から夜まで働いていて、子供だけで過ごしていたり。


 私のママは全然働いていないし、料理もパパが来た時だけ。

 他の子に比べれば幸せかも知れないけど、正妻の子は広い家でなに不自由なく暮らしているの。私もパパの子供なのに、ズルい!

 早くこんな生活から抜け出したい。貴族の一員になったら、使用人に囲まれて優雅で贅沢に生活して、馬車からごみごみした町を見下ろすのよ。


 私の願いが叶い、正妻が亡くなってママが伯爵夫人として家に招かれた。

 使用人達が大勢で、お辞儀して迎えるのよ! とても気分が良かったわ。まあ、表情は歓迎という感じじゃなかったけど。伯爵家の使用人だもの、主人に逆らうほどバカじゃないでしょ。


 家には真っ赤な髪で私より二つ年上の少女、義姉のイライアがいた。

 彼女は黒いドレスで、母親の喪に服していた。ママが私が来たんだから辛気くさい格好はやめて、と注意すると、とても不満そうな顔をしていたわ。

「妹のモニカだ。姉として彼女が社交界で困らないよう、色々と面倒をみてあげるように」

「……はい、お父様」

 イライアはうつむいて小さく答え、はっきり喋れとパパに怒られていた。

 二人のやりとりを一目見て、パパがこの子を好きじゃないのはすぐに分かったわ。ドレスが足りないからと義姉のクローゼットから拝借しても、宝石のついた可愛いバレッタをもらっても、パパは義姉なんだから我慢しろと姉の方を叱っていた。


 貴族のお嬢様が私より下なの。楽しいったら!

 でもさすがに、食事をする姿とかはキレイなもんだったわ。ママも私も作法なんて知らないから、ママはそれがバカにされたみたいでイヤだったんだって。食事も別にさせて、ママは気に入らないとイライアを叱っていた。

 パパは本当に関心がないみたい。前の奥さんと別れて私達と暮らしたいって、前から言ってたもんね。


 そんな義姉にも、婚約者がいたわ。

 侯爵の息子、ロドリゴ・パンプロナって人。

 伯爵より侯爵が上なんですって。護衛や使用人を連れて訪問して、イライアと退屈そうに会っていた。茶色い髪で顔は整っていてかっこいいけど、上から目線の感じ悪いヤツ。

 でも義姉の婚約者で、権力があってお金持ち!

 私は挨拶をしに、二人がお茶をしている庭園のあずまやへ向かった。気付いてくれるよう、カツカツとヒールの音を響かせて。

「初めまして、ロドリゴ様。私、義妹のモニカです。これからこのお屋敷で住むんです、よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

 

 婚約者の家庭環境にも興味がないのかな。ロドリゴ様はそっけなく答えて、すぐに目を逸らした。

「ロドリゴ様って、すごくかっこいいですね! それに強そう。義姉がうらやましいです、私も素敵な恋人が欲しいなあ」

「……そうか? 陰気なイライアの義妹だというのに、明るくて素直だな」

「そうですかー? まだ貴族の礼儀とか、分からなくて。色々教えてくださ~い」

「もちろんだ、将来の妹だしな~!」

 ロドリゴ様はご機嫌で笑い、イライアは居心地が悪そうに肩をすくめる。

 なんて気持ちいいの!!!


 褒めればすぐその気になる、単純な男じゃない。こんな男のご機嫌も取れないなんて、イライアは要領が悪いのね。

 男はおバカな方が可愛いってママが言ってた理由が分かったわ。貴族でも、こんなに簡単。私は義姉にいじめられているとか、貴族になじめないとか、同情を買うような話をして少しずつ親密になっていった。

 ロドリゴ様は簡単に信じて、今まで以上に義姉イライアを粗雑に扱うようになった。この婚約にしがみついているイライアは、気に入られようとしていたけど無駄だったわね。


 ついにロドリンが、イライアとの婚約を破棄してくれたわ!

 それもサマーパーティーの会場で。みんな見てるもの、もう撤回できない。ただ、すぐにはご両親から私との婚約を許されなかったみたい。

 お付きの人もイライア様と仲直りをするべきです、と余計なことを言うのよ。あんなヤツ、クビにしちゃえばいいのに。


 邪魔だった義姉のイライアは婚約解消の翌日に部屋から消えて、誰も行き先を知らなかった。両親が最後まで役に立たないと怒っていたから、本当の家族だけになってむしろ良かったと言ってあげた。

 後から馬車だけ帰って来たわ。御者は神殿でイライア達と別れて、どこへ行くかも分からないってパパに報告していた。パパが神殿に問い合わせたけど、もう姿を消したの一点張り。

 シスターにでもなるのかと思ったのに、本当にいないみたい。残念だなぁ。


 ……で、ロドリンはどうしたのよ。

 なかなか会えないしイライラしていると、ようやく明日行くと連絡が入った。

 次の日、侯爵家の馬車がやって来て、笑顔でロドリンが降りてくる。

「モニカ! 父上が、君との結婚を許してくれたぞ。どうやら婚約破棄の話が他の貴族に良くないように伝わってしまって、悩んでいらっしゃったようだ。早く身を固めて悪い噂を払しょくしたいらしい」

「結婚!? 婚約じゃないの?」

 まだ遊びたいのに、もう結婚なの? 貴族って面倒ね!


「落ち着くまで首都を離れて、郊外の屋敷で二人で暮らしてみろと言われたんだ。一緒に来てくれるね?」

「王都を離れるの? ロドリンは侯爵になるのに?」

 素敵なお店が並ぶ王都を離れたくない。

 ロドリンは不思議そうにまばたきをした。

「……侯爵? 俺は君の伯爵家を継ぐんだぞ」

「え? 私、侯爵夫人になれるんじゃないの?」

 ロドリンのおうちは、この広い伯爵家よりも、も~っと広いの。豪華な飾りも多いし。あの家に住めるんだと期待していたのに。

 一度だけ、イライアと一緒に行って憧れていたの。


「侯爵家は兄が継ぐんだ。まあどっちでもいいだろう、一緒に暮らせるのが楽しみだ」

「そうね……!」

 うーん。まあ、結婚したら私にとっても実家になるもんね。たまには侯爵邸に泊まらせてもらえるでしょ。


 そうだ、以前お茶会で知り合った男爵令嬢とか身分が低い女の子に、結婚して二人で伯爵家を継ぐんだって自慢しなきゃ。報告がてらお茶に誘った。レストランの個室を借りて、お喋りするの。昔では考えられない贅沢だわ!

 身分の高い子達は、私をイヤな目で見るから嫌い。マナーがどうとか、貴族としての振る舞いがとか、面倒。お菓子はおいしく食べるのが正解よ。


「あの……モニカ様。失礼ですが、モニカ様がお生まれになった時は、伯爵様は前夫人と結婚されていましたよね」

 男爵令嬢が、おずおずと尋ねてくる。

「そうよ。いなくなってから、やっと家に入れたのよ。それまではロクな暮らしじゃなかったわ」

「……それでは、伯爵家は継げないのでは……?」

「なんで? 私はパパの子よ。ママは浮気なんてしないし、間違いないわ」

 不愉快だわ。私が伯爵家を継げないなんて、勘違いしているのかしら。


「そうではなく、法律で決まっているんです。爵位を継げるのは、婚姻期間に生まれた実子のみですよ」

「そんな不公平なのおかしいじゃない! 私だってちゃんと伯爵家の血を継いでいるし、資格はあるわよ!!!」

「でも……」

「もういいわ、パパに確かめてくる!」

 私は立ち上がって、速足でレストランを後にした。あの子達と一緒にいたくない。きっと、嫉妬してるのね。しょせん下級貴族だもん。


「……あれは知らなかったのね」

「伯爵家とのご縁と思ったけど……、無理に付き合う必要はないわ」

「イライア様は物静かでお優しくて、素敵な方だったのにねえ……」

 後ろから、さっきまでテーブルを囲んでいた女の子が私の陰口を言っているのが届いた。小声でも聞こえているわよ!

 覚えてなさいよ!!!


 馬車を飛ばして屋敷へ帰り、パパの執務室へ飛び込んだ。

 パパは難しい顔で机に向かっている。

「パパ! 私がパパとママが結婚している時の子じゃないから、伯爵家を継げないなんてバカにする子がいるのよ! そんなの嘘よね!??」

「……勢いよく扉を開けるんじゃない。お前は俺の子だ、イライアがいなくなった今、継ぐのはモニカだけだろう」

 やっぱり! パパが言うんだから間違いないわ。今の当主はパパだもん!

「なんか法律がどうとか、よく分かんない言いがかりをつけられて、気分が悪かったわ」

「……法律か。俺は詳しくないが、もしかして何か届け出がいるのかも知れん。手が空いたら、誰かに確認させよう」

「そういえば、何してるの?」


 パパは手紙や書類を広げていた。机の上が散らかっている。

「南のエストラーダ公爵領にある商店から、急に取引を中止すると通告されたんだ。意味が分からん……」

「えー!? ヘンなの。パパは偉い伯爵でしょ、あっちからお願いしてこなきゃいけないのに!」

「それがな、どうも婚約破棄の話が悪い形で公爵様の耳に入ったようだ。倫理観のない人間とは取引するな、と止めたらしいんだ。バンプロナ侯爵が結婚を急ぐ理由も、こういうことだろう。慶事があれば、塗り替えられる」


 りんりかん。けいじ。難しい言葉を使うから、イマイチ分からない。まあきっと、私とロドリンが結婚すれば全部上手くいくわけね。

「学園からは今回の事態についての質問や、イライアを登校させるようにと勧告まできている。行方不明だなどと答えるわけにもいかないし、迷惑なヤツだ。全く家出までして当てつけがましい。いれば仕事を手伝わせられるし、次の結婚相手も探してやったものを」

 結婚相手って、この前の取引先の人みたいな、お金はあるけど……っていうのじゃないの? ぷぷ。


「イライア……姉様を探してるの?」

「探すしかないだろう。見付けたら、逃げられんようにせんとな。まるで俺のせいでいなくなったように言われる。今まで大目に見すぎたんだ、みっちり叱ってやらねば!!!」

 パパは紙を一枚、くしゃくしゃに丸めて床に投げた。かなり機嫌が悪いわ。

 こういう時は放っておくのが一番ね。私はそっと、扉を閉めた。

 イライアはどこにいるのかしら。結婚式に招待してあげたいのにな~!

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