第3話 コレが回復魔法です(断言)

「……ええと、オレンジのは……」

 もういっそ、一番派手な坊さんになってやるわ。私が選ぶと、店主は満面の笑みを浮かべた。

「お目が高い! とてもよくお似合いですよ、華やかな姿が目を引きます」

 華やか。確かに色鮮やかだし、考えてみたら今の私は黒髪ではなく赤い髪。派手過ぎるわ。一度見たら忘れられない姿になりそう。

「黒いのも落ち着いていて、いいんじゃないかしら」

 慌てて選び直そうとした。すると入り口付近に立っていた護衛団長のピノが、頷く。


「三着とも頂きましょう。ご安心ください、神殿でお支払いします」

「それなら一番安いのを、一着頂ければいいですよ」

「ご遠慮される必要はありません」

 強引に三着とも買われてしまった。神殿はうるおっているから、些細ささいな出費なのかも知れない。ありがたく使わせてもらうかな。

「では大事に着させて頂きますね」

「次は回復の経典ですね。これがなければ魔法を使えませんから」

 護衛団長の方がノリノリだ。お店の選択などはお任せして、馬車に乗った。


 経典は一種類で、訳や注釈が色々と出ているとか。

 まだ一部分しか解読されておらず、これが回復職が少ない原因の一つでもある。学校でも、もっと解明されてからなら回復もいいなと言ってる人がいたわ。

 そして本を経典そのものと、注釈の本を二冊買ってきてくれた。

 経典とお坊さんの服。

 なんだか予感するものがあり、恐る恐る経典を開く。


 一番最初に『摩訶まか般若波羅はんにゃはら蜜多心経みたしんぎょう』と書かれていた。


 般若心経か~い!!!

 心の中でツッコミを入れる。これをこの世界の人達は、一生懸命解読しているのだ。漢字を知らない人には、かなり難しそう。

 ふと前世の私の父が浮かんだ。父は字の練習だと写経をしていて、私も面白がってやっていたな。家族についてはあまり思い出さないが、関連した出来事があると頭をよぎるのかも。

 そうだ、読むだけならできる。漢字だけの薄い経典を開いた。


「かんじざいぼさつ、ぎょうじんはんにゃはらみたじ、しょうけんごーうんかいくう……」

「初見で読めるんですかっ!?」

 護衛団長が驚いている。完璧とは言えないけれど、暗記しているのよ。

「……女神様のお力の賜物たまものです」

 とりあえず女神様パワーにしておいた。

 団長のピノを含めた騎士達が、私に向かって祈っている。侍女のパロマと、騎士のアベルも感激していた。


「この方がご一緒なら、デラ・ウェア火山の噴火を防ぐ為に、モヘンジョ・ダロウのダンジョンの最深部を踏破とうはするのも夢じゃない……!」

 名前が微妙なパクり方してる……!

 創造権の侵害って、この辺が問題なのでは。

「馬が元気になった! 交代しないで進めそうです」

 唐突に御者からの報告が入る。馬車の外の馬にも効果がある。これが回復魔法の力……!

 般若心経で回復するって、とても不思議な気分だわ。


 しかもまだこの世界では半分どころか、四分の一程度しか解明されていないのだ。般若心経が秘めたる力は、これから開放される……!

 冗談なのか本気なのか、理解に苦しむ。次に女神様に会ったら、真意を問いただしたい。


 なんだかどっと疲れてウトウトしているうちに、男爵家に到着した。

 二階建ての大きな家で、庭師もいるよ。神殿から連絡を入れてもらっているので、すぐに男爵夫妻が姿を見せた。

「お初にお目にかかります。娘がお世話になっております、お嬢様のご来訪を楽しみにしておりました」

「いらっしゃいませ。たいしたおもてなしもできませんが、ごゆっくりなさってください」

 夫妻が緊張気味に頭を下げて、馬車を降りる私を迎えてくれる。

「こちらこそ、優秀な侍女をありがとう。伯爵家を出た身でご迷惑をおかけするかも知れませんが、しばしの滞在をお許しください」

「まあ、狭い屋敷でお恥ずかしい限りです。お嬢様がお望みならいくらでもお過ごしください」


 男爵夫妻はさすがパロマの両親、とても優しそう。ここなら安心して泊めてもらえるわ。実家より落ち着いて、離れたくなくなりそうな予感!

「失礼、落ち着くまで我々も護衛として滞在したいのだが、宜しいだろうか」

 騎士団長のピノが尋ねると、男爵は畏まって頷いた。

「もちろんです。しかしお恥ずかしい話、使用人の数が多くないので部屋の準備が間に合いませんで……」

 言葉が小さくなる。仕事が間に合わなくなるほどではないにしても、人数はギリギリなのかな。

「気になさることはない、我々は神殿に仕える騎士として、掃除洗濯は修行の為に自分達で行っている。使っていない部屋でも構わない、勝手に整えさせてもらう」

「それでしたら、二階は現在ほとんど使っておりません。私は膝の調子が悪いので、二階にあった自室も一階に移しました」


 騎士団の人達は二階を掃除して使わせてもらう。

 庭の空き地に馬車を置き、馬小屋に馬を繋いだ。現在男爵家の馬は二頭なので、まだ場所が余っていた。

 男爵は家の中を案内してくれるが、確かに段差で右膝が辛いようだ。

「あの、男爵様。回復魔法を試してみていいですか?」

 本当に効果があるか、やってみなければ解らない。そもそも回復魔法の効果もあまり解明されていないのだ。

「それはありがたいですが、申し訳がないですな……」


「実は先日魔法洗礼を受けたばかりで、きちんと使ったことすらないんです。効果があるかは保証できません。いずれ魔法治療院を開けるようになる為の、練習台になってください」

「そういうことでしたら、お願いしてみてもいいでしょうか」

 男爵は困ったような笑顔をしていた。娘の仕える主で一応伯爵令嬢だもんね、気後きおくれするのかも。


 本当に般若心経で怪我や病気が治るのか。

 試したかったので、ありがたい。用意された部屋に荷物を運んでもらい、私は応接室のソファーで男爵と向かい合って座った。パロマとアベルが、近くで見守っている。緊張するぅ。

 早速、魔法を使うわ!

「ふーしょーふうめつふーくーふうじょう、ふーぞうふーげん、ぜーこーくうちゅう……」

「おお……膝が暖かく……?」

 早速効果が? いきなり全部使えるとおかしいので、今回は半分までで終わり。

 言葉が途切れると、男爵は立ち上がって大きく足踏みをする。

「私に読めるのは、ここまでです。どうでしょう」

「なんともない! 膝が治ったようです、これが回復魔法!!! 信じられない、素晴らしい効果だ!」

 男爵は喜んで足を動かし続ける。

 私も信じられないです。これが魔法でいいのか、異世界……!!!


 胡散臭い思いで般若心経が書かれた経典を眺める。少しして、男爵婦人が恐る恐る質問してきた。

「あの……病気の友人がいるんです。回復魔法は病に効果が無いのは知っていますが、横になる時間が多い生活で、腰や首が痛いらしくて。せめて、体の不調だけでも治してあげられませんか……?」

 できる限りのお礼はしますから、と訴えかける男爵夫人。これからお世話になるんだし、できれば力になってあげたい。

「私で宜しければ、その方に回復魔法を唱えます。ただ、神殿の神託の間で、お告げを聞いてからで良いですか? 回復魔法について、女神様が教えてくださる約束をしました」


「もちろんです、なんとありがたいんでしょう……! 親交のある子爵家のご婦人が、病に伏しているんです。神託の間に入れる僧侶様だなんて、先方も驚かれますわ」

 夫人は子爵家について教えてくれた。

 屋敷は馬車で一時間ほどの場所にあり、たまに行き来をしていた。お互い領地がないので、少ない収入から貴族としての体裁ていさいを整えねばならない為、お金が足りない。子爵家では夫人の祈祷きとう代や薬代も支払いきれないほど、困窮していた。


 この世界の病は女神様にお祈りするか、薬草を使って治すか。

 病を治す祈祷は値段が高いわりに効果が薄い。実のところほとんどの祈祷師がニセモノで、病を治す力が無いのだ。普段から寄進している貴族だと、神殿の高位の神官に祈祷を依頼したりする。

 そもそも女神様は造物主で、病を治す神様ではないから専門外。

 病を治す神様……いるのかな。ゲームの設定にはなかったわ。

「失礼します、借りる部屋を確認してきました」

 二階から騎士団長のピノがやって来た。お願いしておかないと。

「ピノ様、なるべく早く女神様と言葉を交わしたいのです。神殿で神託の間を使わせて頂けませんか」

「……え、ええ。明日にでも参りましょう。私がご一緒させて頂き、説明を致します。断わられはしないはずです」


 ピノは何故かまばたきを何度かして、動揺したようだった。どうしたのかしら。

 侍女のパロマが咳払いして、私に顔を寄せた。

「お嬢様、許可無くお名前で呼んでは誤解されますよ」

「あ! 失礼しました、ピノ様のお名前がとても素敵で。ええと、アクオオイナス様でしたっけ」

 しまった、名字うろ覚え。私が知っている貴族の家名じゃないんだもの、きっと騎士爵をたまわった、元平民とか下位貴族の次男以下ね。

「ピノ・アクイナスです。呼びにくいようでしたら、名前の方でどうぞ」

「ありがとうございます、ピノ様と呼ばせて頂きます! 私のこともイライアとお呼びくださいね」


「お嬢様、本気にしすぎです!!!」

 怒られた。だってナスかピノなら、ピノしかないもの。

 ああ、この気持ちが分かってくれる人が欲しい。女神様の言葉からして、きっとヒロインも他のキャラクターも、転生者じゃないんだろうなぁ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る