夜・その一 廃校にて肝試し
「着いたぞ~」
「先生、怖い…」
「はは、怖くなかったら肝試しにならないだろう」
今夜は月もない真っ暗闇。三つの懐中電灯だけでは、周囲の様子はよく分からない。普段おちゃらけている男子も、口数が少なくなっていた。
錆び付いた校門を抜け、広い校庭を通って校舎の前に辿り着く。小さな光に照らされた校舎の窓は、外から板が何重にも打ち付けられ、侵入者を拒絶している。それは正面の入り口も同様だ。
「先生、これじゃ入れませんよ」
「さっき話をしただろう。許可は取っているし、ほら、鍵はここにあるぞ~」
裏口に回ると、土井先生は鍵束を取り出し、ジャラジャラ音を立てながら鍵穴に差し込んでいく。カチャリ。その一つが合致し、重々しい音を立てて鉄扉が開いた。
「みんな足元に気を付けろ。ガラスが散らばってるからな~」
ジャリ、ジャリ。一歩歩くごとにガラスを踏みにじる音がする。台風や地震で割れたものだろうか。土井先生が内側から鍵をかける。両側に鍵穴があって、内からも外からも鍵を使わないと開閉できない仕組みだ。
「先生、なぜ鍵をかけるんですか?」
「誰も入って来ないと思うが、万が一、関係ない人が入り込んでしまったら大変だからな」
うっかり侵入した何者かに気付かず閉じ込めてしまわないよう、戸締りをきちんとしておこうというわけだ。
「明かりを点けてくるから、少し待っていなさい」
「「 は~い 」」
先生は廊下の奥の方へ歩いて行く。懐中電灯の明かりが小さくなり、やがて遠くに消えていった。
「はっけよい、のこった…」
「土井先生、遅いね」
「うん…電気の場所が分からないんじゃない?」
「そうかな?」
「先生の母校って言ってたけどさ、ブレーカーがどこにあるかなんて、普通知らなくない?」
「そっか。俺も学校の電気の場所なんて分かんねえや」
「探しに行った方がよくない?」
「でも…私たちだって知らないよ?」
「手分けして探した方が良いって!」
「懐中電灯は二個あるから、二手に分かれよう」
「ここで土井先生の帰りを待つ人も必要じゃない?」
「そうだな…」
相談の結果、原田と山元、仲野と堀、四人が先生を探しに行く事になった。残り四人は留守番だ。僕は…今度は原田と山元に付いて行こう…
「なあ、適当に探しても見付からなくないか?」
「だよなあ…先生はこっちに向かったと思うんだけど…」
懐中電灯の小さな光を頼りに、廊下を真っ直ぐ進んでいく。原田と山元は、恐怖を紛らすためか、やや大きめの声で話していた。
「ここは…職員室か。待って、ドア空いてるぞ?」
「本当だ。先生もここかな?」
ドアが開いているというより、壊れている。ドアの片側が倒れて、のぞき窓のガラスも粉々だ。
「先生~…土井先生。いませんか~?」
ジャリ、ジャリ。割れたガラスを踏みながら職員室へ入っても、物音一つしない。
「先生~?」
「おい、山元っ!」
原田が、何かを指さしながら叫ぶ。懐中電灯の小さな光の先には、血塗れで倒れている土井先生の姿があった。
「うわあぁっ!」
慌てて職員室から飛び出す山元。原田も後を追って走り去って行った。
「ウフフ…人間が二匹も釣れた…」
「先生…先生がっ、土井先生が!」
「落ち着いて。何かあったの?」
「血、血だらけで、先生、血が、あっちで、血っ…」
「だから落ち着けって!」
「先生、いたの?」
「血って何だよ」
「だから血だよ!」
「職員室の奥で…先生が倒れてて…」
「嘘でしょ?」
「ィヤ…怖い…」
原田と山元の報告に、生徒全員がパニックに陥る。
「それって、先生のサプライズじゃないの?」
「俺らを脅かそうと思って?」
「そうだよ…きっと笑いながら、すぐ来るよ…」
だけど何分待っても先生は帰って来なかった。それに、仲野と堀も戻って来ない。
「ねえ…もし先生が足を滑らせて倒れていたりしたらさ、それで頭を打っていたりしたら。助けに行った方が良いんじゃない?」
「うん。確かめに行った方が良いかな?」
「ィヤ…」
「じゃあ、ここで待ってる?」
「うん…」
「守屋。埜崎を頼む。あとは全員で職員室に行こう。土井先生は助けを待っているかも知れない」
「土井先生~」
「先生、本当は起きているんでしょ?」
職員室の壊れたドアから、そっと名前を呼んでみる。返事はない。懐中電灯で足元と奥の方を照らしながら、恐る恐る職員室に入る。部屋の隅には割れた懐中電灯が転がっていて、血塗れの土井先生は、先刻と同じ場所で同じ格好のまま、ピクリとも動かない。
「おい、誰か確認して来いよ」
「やだよ…」
「じゃあ、みんなで行こうぜ」
ジャリ、ジャリ。ガラス片を踏みしめながら職員室の奥へ。生徒が近付いた所で、死んだフリをしていた先生がガバッと起き上がって、
「わっ!」
と笑顔で叫んで生徒を驚かす。そんな風に思っていた生徒たちの期待は、最悪の形で裏切られた。
「死んでる!」
「ウソだろ?」
「マジかよ…」
先生の体は冷たく、流れ出た血はドロッとして、半ば固まりかけていた。
【死亡】
(先生)土井
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