第3話

────翌日。


「また俺が一位だったな、オフィーリア」

「え、ええ。そうね」


 私に昨日の会話を聞かれているとは知らないオリバーは、いつも通り話しかけてきた。私はドキッとしながらも、平常心を装って返事をする。しかしどうしてもどこかぎこちない返事になってしまった。


「君は一体いつになったら俺に勝てるのかな? 一度くらい勝ってくれないと張り合いがなくてつまらない」

「……いつになるかしらね」


 いつもならちょっとムカッときて、「今に見てなさい。どうせ次は私が勝つんだから!」なんて言い返すところなのに、昨日の今日でそんな喧嘩腰にはなれない。


 彼のどんな言葉も全て、私が好きでつい言ってしまう意地悪だと思うと、ちょっとだけ可愛く見えて。そうなるともう、彼の言葉にあまりムカッともしなくなる。


「? どうしたオフィーリア? 言い返してこないなんてお前らしくないじゃないか」


 言い返せないのはあなたのせいよオリバー。


 でも正直にそう返すことはできず、私は内心ドキドキしながらもするりとかわす返事をする。


「そんなことないわ。私はいつも通りよ?」

「そうか?」

「私らしくないだなんて、オリバーは私のことを心配してくれているのかしら?」

「う、う、自惚れるな! そんなことあるわけないだろう!?」


 自惚れるな、ねえ。


 一昨日の時点の私なら、そんな自惚れはしなかっただろう。

 でも今日の私は、自惚れても良いと思う。

 オリバーの本音が分かっているのだから。


 彼は本音では、いつもと様子の違う私を心配してくれているのだろう。


 今までの私は、彼の何を見ていたのだろうか。

 彼の表情はこんなにも分かりやすく私を心配して、私に図星をつかれるとこんなにも分かりやすく耳まで赤く染めているのに。


 口で語らずとも、その表情や仕草が明瞭に語っていたのに、全然気づかなかった。


「ちょっと冗談で言っただけだからそんなに怒らないでちょうだい。……ああそうだ。みんなが提出してくれたノートを教員室まで持って行かないと。また後でねオリバー」

「ん、あ、ああ……」


 オリバーに話しかけられて忘れそうになっていたが、教室前方の教卓に積まれたノート計三十冊ほどを、あとで教員室まで持ってきてほしいとさっき授業終わりに先生に頼まれていたのだ。


 若干憂鬱になりながら席を立って教卓まで行く。ノートを両手で抱えるように持ち上げて教室を出たところ、突然その重さが軽くなった。


「……オリバー?」

「教員室まで用事あったの思い出したから、ついでに持って行ってやるよ」


 オリバーが後ろから追いかけてきて、サッと私の腕の中にあったノートを全部奪ってしまったのだ。


「いいわよ別に。それくらいなら私でも持てるわ」

「いいや。君のその細っこい腕じゃ無理だろう。途中でノートを落とされても困るし、俺が持って行く」


 彼から奪い返そうとしたものの、それはオリバーにひょいとかわされてしまう。

 ノート数十冊くらいなら持てなくないし、落としたりもしないのに。


「……教員室に用事って、どんな?」

「んあ? んー、あー、いや、まあ、ちょっとな」


 ……下手な嘘ね。


 きっと用事なんてないのだろう。

 これも、素直じゃないオリバーの優しさなんだろうなと思うとなんだか心がじーんとする。


「……まあいいわ。でも少しは私にも持たせて」

「あ、ああ」


 私は結局観念して、二割だけ返してもらいつつ、オリバーと一緒にノートを教員室まで持って行ったのだった。

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