第27話:コービー湾魔海
神暦2492年、王国暦229年6月25日:コービー湾魔海・ジェネシス視点
俺は海を進んでいるとは思えないほどの速さの船上にいる。
海水を水魔術で操る事で、揺れる事なく高速で船を進めさせられる。
「ジェネシス王子、この魔術を教えてください。
これが覚えられたら、海の上に立って戦えるのではありませんか?」
脳筋なのだが、抜群の先頭センスを持つアンゲリカは、この魔術を自分が使う場合はどうするべきなのか、本能で理解している。
「俺の秘術は絶対してはいけないよ」
これまでは、なぜか分からないが、水魔術を使う操船方法が発達せず、風魔術を使う操船方法だけが発達していた。
この魔術はここぞという海戦の時まで秘密にしておきたい。
切り札は多ければ多いほどいいので、隠している魔術が他にもある。
海のスタンピードが起きていなかったら、この魔術も絶対に人前で使わなかった。
今日はそんな秘術の数々を使う予定だから、騎士団を魔境に置いて4人だけでコービー湾魔海にやってきたのだ。
「当然でございます、ジェネシス王子」
セバスチャンは当然と言った態度で返事してくれる。
覚える気はないようだが、興味はあるようだ。
「誰にも言いませんから、私にこの魔術を教えてください」
アンゲリカはまた無理難題を口にしやがる。
物覚えの悪い脳筋のアンゲリカに魔術を教えるのは本当に大変なのだ。
理論を話術で教えるのではなく、実践で繰り返し身体に叩き込まなければいけないので、時間と体力と魔力が必要なのだ。
「まだこのような魔術を隠しておられたのですか?!
私の魔力量では難しいかもしれませんが、伝授願います。
その代わりアンゲリカに教える手伝いをさせていただきます」
マッケンジーも魔術に関しては貪欲だが、理論を話しただけで理解してくれる。
貴重な魔術を教えてもらうには、代価が必要だと理解してくれている。
その代価がアンゲリカに魔術を教える手伝いというのはおかしくないか?
強くなるためなら、なりふり構わず何でももらおうとするアンゲリカとは、同じ魔術を手に入れようとしているのに、言動がかなり違うが、どこか世間とずれている点は共通している。
それにしても、アンゲリカとマッケンジーは何かと協力している。
共に異性に縁遠く特定の恋人も婚約者もいない。
いっそ結婚してしまえ!
「わかった、マッケンジーが手伝ってくれるのなら2人に教えてやる。
その代わり他人の目や耳がある場所では使うなよ。
この4人以外がいる場所では使用禁止だ」
「分かりました、4人一緒の時にしか絶対に使いません」
「分かっています、アンゲリカは分かっていないようですが、後でちゃんと言い聞かせておきますので、ご安心ください」
「水属性竜を斃したら身体に叩き込んでやる。
だからそれまで大人しくしてくれ」
「了解しました」
アンゲリカがご機嫌な返事を返してくれる。
セバスチャンは諦め顔だ。
マッケンジーは特に何も思っていないようだ。
俺は改めて周囲の状況を確認する。
ずっと五感を使って魔魚と海魔獣の動きを感じ斃していた。
3人と話ながら掛かってくる敵を斃し亜空間に保管していた。
その数はとんでもない量になっていた。
瞬きをする間に大中小合わせて1000以上の魔魚と海魔獣が狩れる。
小は大鰺や秋刀魚、鯖や鯛のような魔魚なのだが、中になると大鮪やマンボウ、ホオジロザメやシャチ型海魔獣が襲い掛かってくる。
時々混じる大の海魔獣には、全長40mを超えるシロナガスクジラよりも大きなものまでいる。
20m級の亜竜にすら恐怖して金縛りになる並の騎士達など、絶対に連れて来られないのが魔海なのだ。
そんな鯨型海魔獣を簡単に斃して、丸のまま亜空間に収容するような人間離れした技は、味方の家臣にも見せられない。
ましてまだ仮想敵であるドロヘダ辺境伯の護衛騎士団には絶対に見せられない。
命懸けで魔境の奥深くまで入り込み、水属性竜の事を伝えてくれたとはいえ、見せられる事と見せられない事がある。
だから国を救うためと言う大義名分で、彼らを魔境に残して4人だけでここまでやってきたのだ。
誰1人欠ける事なく無事に魔境から脱出してくれればいいのだが……
「恐れながらジェネシス王子。
この圧倒的に不利な状況をどうやって挽回される気なのですか?」
セバスチャンがどうやって水属性竜を狩るつもりなのかと聞いてきた。
俺にも絶対の自信があるわけではない。
先史文明時代の資料と前世の知識から考えた方法しかない。
「特に良い策があるわけではない。
こちらから海中奥深くに行く事ができない以上、向こうに来てもらうしかない。
このまま魔海の上を荒らし回って、向こうを怒らすしかない」
「なんとも野蛮な方法を取られるのですね。
ウォーターパーク王国の王子ともあろう御方が……おいたわしい」
「嘘泣きは止めろ、セバスチャン。
お前がこの狩りを内心で喜んでいる事は知っているぞ!」
「何を申されるのですか、王子。
船に乗っているだけの私が、王子が独力で狩られた魔魚や海魔獣から分け前をいただこうなんて、考えもしておりません」
「そう言いながら、俺が無理矢理にでも分け前を渡すと知っているくせに」
「四分の一いただこうとか、拿捕賞金分配基準にあわせていただこうとは思っていませんが、危険手当分くらいはいただけると思っております」
セバスチャンらしい言い方だが、確かに渡し過ぎはいけない。
渡し過ぎると、セバスチャンだけでなく家族まで財産目当ての貴族や騎士、強盗や詐欺師に狙われる。
40m300トン級の海魔獣1頭だけでも3000万セントになる。
物価はもちろん物の価値が全然違うので、前世の日本とは比較できないが、人件費や肉の値段を基準に考えたら、30億円くらいの価値がある。
その40m級海魔獣が100頭は亜空間にいる。
8メートル4トンのホオジロザメのような海魔獣、10メートル10トンのシャチ型海魔獣、20メートル2トンのダイオウイカ型海魔獣などが数万頭いる。
大鰺や秋刀魚、鯖や鯛のような魔魚は数億匹も亜空間にある。
全て換金したら軽く40億セント、4000億円くらいになる。
「セバスチャン達には1億セント渡そうと思っている」
「とんでもない事でございます!
そのような大金を渡されても使い道がありません。
家族が常識を失うような大金は無用でございます」
100億円は渡し過ぎなのか?
もしかして、貴族家や騎士家の領地収入を誤って理解していたのか?
領民2000人の騎士家でどれくらいの収入なのか心配になってきた。
「そうですよ、ジェネシス王子。
お金なんてもらっても強くなれません。
それよりは亜竜の牙か爪で造った剣をください。
亜竜の鱗で造ったスケイルメイルもいただければ嬉しいです」
アンゲリカらしい武に特化した考えで、思わず納得してしまうお願いだ。
俺としても、亜竜素材で武器と防具を造るなら、アンゲリカに使ってもらいたい。
「私は亜竜の皮を使った亜竜皮紙と魔術の触媒になる素材が欲しいです」
マッケンジーもいつも通りのお願いをしてきた。
経絡経穴を使った魔力増幅法と経穴に魔力器官や亜空間を創る方法を、マッケンジーには教えていない。
根本的な魔力を増やす方法は誰にも教えていない。
だから高カロリー携帯食と魔力回復薬を食べるしか魔力を回復する方法がない。
その状態で多くの魔力を必要とする大魔術を使おうと思えば、魔力を含んでいる魔獣皮紙に、同じく魔力を含んでいる魔獣の血で魔法陣を描くしかない。
それが亜竜や属性竜の素材なら、大魔術師が唱える以上の魔術になる。
心の中でイメージして魔術を発動する無詠唱魔術と呪文を唱える魔術、更に魔法陣の魔術を同時発動すれば、マッケンジーがリーズ魔境で使った三重奏魔術を使う事ができる。
「分かった、マッケンジーには亜竜皮紙と亜竜血、それと俺が特別に精製した魔術触媒を分けてあげるよ。
セバスチャン、2人与えるモノに匹敵する現金を渡すから、拒否は許さん」
「恐ろしい金額になりそうですね……」
「これから始まる命懸けの戦いに参加する代価に比べれば、はした金さ。
ファサネイト、ファサネイト、ファサネイト、ファサネイト」
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