第3話:救出
神暦2492年、王国暦229年1月16日:ダコタ魔境・ジェネシス視点
「ギャアアアアア、いたい、いたい、痛い!」
「にげろ、逃げるんだ」
「くわれる、喰われちまうぞ!」
俺の目の前に、100匹以上のウルフに襲われている者達がいる。
ろくな武器も防具もなく、適当な棒だけでウルフと戦っている。
「逃げるな、逃げた者は斬る!」
「逃げた者は家族を殺すぞ!」
「少しでもウルフを傷つけよ、我らの為の盾となれ」
同時に、騎士鎧を装備しながら戦いもしない奴らが視線に入る。
軍馬に跨ってはいるが、とても制御しているとは言えない。
手綱を家臣に持ってもらわなければ確実に落馬するような、無様な乗り方だ。
そんな、とても騎士とは言えないような未熟者が、貧民の家族を人質にとり、死ぬまでウルフと戦わせようとしている
どのような目的があるのか分からないが、絶対に許せない。
「この卑怯下劣な糞野郎を許すな!」
「「「「「おう!」」」」」
セバスチャンには絶対に危険な真似をするなと言われている。
だが、ここは俺が前に出なければいけない場面だ!
「騎士の身分を騙る卑怯下劣な糞虫、正体を現せ!」
俺は中央でふんぞり返っている奴を怒らせようと馬上から突っかかった。
「冒険者風情がぁ、いきがるな!」
バカが俺に斬りかかってきやがった。
後でセバスチャンに耳が痛くなるほど怒られるが、絶対にこの好機逃すわけにはいかない!
「うっ!」
俺はわざと糞野郎の剣を顔で受けた。
痛いのは嫌なので、痛みを感じないように自分で神経を切ってある。
経絡経穴だけでなく、神経系にも魔力を流せる俺だからできる小技だ。
「王子、ジェネシス王子!
おのれ下郎!
恐れ多くもジェネシス王子のお顔に傷を付けおったな!
お前達だけでなく、家族も親戚縁者も皆殺しにしてくれる!」
セバスチャンが珍しく激昂している。
「「「「ギャアアアアア」」」」」
俺が1番身分の高そうな糞野郎相手に猿芝居をしている間に、護衛の者達が糞野郎の仲間や家臣を叩き伏せてくれている。
裏仕事に慣れているからだろう、殺さず生きたまま捕縛してくれている。
「え、あ、え、な、おうじ、じぇねしすおうじ、ジェネシス王子!
うそだ、うそだ、うそだ!
このような場所にジェネシス王子がおられるはずがない!」
「この傷の恨み、絶対に忘れぬ!
まずはお前からだ!」
俺は型通りの陳腐なセリフを口にする。
覚悟して言ったが、恥ずかしくて真っ赤になりそうだ。
「「「「「キャン!」」」」」
護衛達がウルフを次々と殺してくれている。
毛皮がそれなりに値段で売れるとセバスチャンが言っていたな。
それほど美味しい肉ではないが、安いから平民の間では食べられているらしい。
「お待ちください!
王子がこのような腐れ外道を成敗されるなど、穢れにしかなりません。
傅役である私にお任せください!」
セバスチャンらしいセリフだな。
「「「「「ギャン!」」」」」
ああ、100匹もいたウルフがもうあまり残っていない。
「私に穢れるから止めろと言うのなら、セバスチャンも手を穢すな。
この者を殺すな!
この非常時に身分差による直答禁止は百害あって一利なし。
私の命が狙われた以上、今この場は戦場である」
よかった、これでようやくめんどうな身分差が少し楽になる。
「「「「「ギャン!」」」」」
瞬く間にというのは正にこの事だろう。
100匹以上いたはずのウルフが皆殺しにされている。
俺に付けられた護衛達はとても優秀だ。
「「「「「はっ!」」」」」
「密偵達、どのような手段を使っても構わぬ。
この者達の実家とこの件の目的を聞き出せ」
「「「「「はっ!」」」」」
「ジェネシス王子、我らがする事は王子のお目に入れられるような事ではございませんので、しばし側を離れさせていただきたいのです」
よほど激しい拷問をするのだろうな。
「よろしい、許可する」
「ありがたき幸せでございます」
「その方たち、何故このような事になったのだ?」
やっと平民と直接話ができる。
「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます」
「礼はよい、何故このような事になったのか話してみよ」
「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます」
ああ、だめだ、この世界の身分制度では、俺はとても恐ろしい存在なのだろう。
無礼講だからとか非常時だからと言っても、受け入れてくれない者がいるのだ。
言葉遣い1つ間違えただけで首を飛ばされてしまうから、しかたないよな。
「王子、私か家臣に詳しい話しを聞きださせますので、しばしお待ちを」
女ながら男前のアンゲリカに任せた方が良いな。
★★★★★★
「何者だ、ここを王国騎士ベレスフォード家と知っての狼藉か?!」
密偵達は直ぐに糞野郎達の口を割ってくれた。
厳しい鍛錬を嫌う騎士失格のくせに、魔境で狩りをして獲物を手に入れたと自慢したくて、父親達が集めた貧民を勝手に連れ出したという。
父親達が貧民を集めたのも似たような理由だった。
最初は領民を無理矢理魔境に入れて狩りをさせていたのだが、死傷者が多過ぎて農業に影響が出たので、王都城壁外にいる難民や貧民を集めたというのだ。
「狼藉だと、どちらが度し難い狼藉者だ!
お前のでき損ない息子は、事もあろうにジェネシス王子に斬りかかったのだ!
単に斬りかかっただけでなく、御尊顔に傷を付けたのだ!
お前とでき損ないが自害しただけで済む問題だと思うなよ!」
セバスチャンが激怒している。
少々恥ずかしいが、俺の事を溺愛してくれているからな。
母上様からもくれぐれもよろしくと頼まれていたし……
他の教育係や側近達も激怒してくれている。
王家に対する忠誠心からだが、俺個人の事も少しは好いてくれているのかな?
「……ええい、我が家に王子が来られるはずがない!
この者は偽者だ!
殺せ、殺してしまえ!
ここで殺さねば、お前達も反逆罪で殺されてしまうぞ!」
「貧しい中でも必死で生きている人、家族で手を取り合って生きている人、そのような人達を傷つける者は、誰が許しても俺が許さん!」
「ギャッ!」
「王子、このような穢れた者を手にかけられてはいけません!」
「心配するな、ちゃんと殺さない程度に加減している。
この腐れ外道には、これまでの悪行を白状させなければならない。
セバスチャンに怒られるような事はしない」
「そう言われる割には、無茶をしてくださいます!」
セバスチャンの視線は俺の顔に向かっている。
生々しい刀傷が残っている顔だ。
俺がわざと斬られた事を知っているのだろう。
知っているからこそ、言葉に出せない事がある。
「心労をかけるが、俺には許せる事と許せない事がある。
今回の件はどうしても許せない事だった。
確実に処分するためには、この身を盾にするしかないのだ」
俺は誰にも聞かれないように、ささやくような声でセバスチャンに伝えた。
セバスチャンも俺の言いたいことが分かっているのだろう。
軽くため息をついて何も言わないでいてくれた。
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