第2話:過保護
神暦2492年、王国暦229年1月16日:王城・ジェネシス
「余も国王じゃ、約束した以上、狩りは許可する。
許可するが、今のままでは危険過ぎる。
護衛に10個騎士団を付ける!」
「父王陛下、それでは自由に振るまえません。
これまで父王陛下がつけてくださっていた護衛だけで大丈夫です」
「ならぬ、ならぬ、絶対にならぬ!
10個騎士団を率いると約束せねば、許可は取り消しだ!」
「国王陛下、ジェネシス王子に10個騎士団もつけてしまったら、他の王子方はもちろん陛下御自身の護衛も手薄になってしまいます」
「そのような事は分かっている。
今無役の連中を取立てれば良い事だ」
「国王陛下、今のこの国にそのような余裕はございません。
それよりは、王国屈指に実力を誇る密偵を護りにつけてください」
傅役のセバスチャンが上手く父王を説得してくれた。
おかげでようやく自由に振るまう事ができる。
言葉1つとっても、肩がこるような宮廷言葉を話さなくてすむ。
「これから俺は王子ではなくセバスチャンの子供だ。
セバスチャンの領地でも狩場でも、そのように振るまってくれ」
「「「「「はっ」」」」」
みな世の中の事をよく知っている下級騎士家の出だから察しがいい。
これが世の中の事をほとんど知らない、家柄だけで騎士団に入った上級騎士の子弟だったら、俺にすり寄ってくるか殺そうとするかだ。
父王も、祖父が先王陛下の世子を謀殺した事を都合よく忘れ過ぎだ。
本当は気が付いているくせに、何1つ知らない振りを続けている。
罪の意識から、祟りを恐れて精神的頭痛に苦しんでいる割に、自分の子供が暗殺されている可能性を全く考えていない。
「ジェネシス王子を私の子供扱いにするのは畏れ多すぎます。
恩人のお子様を預かっている事にさせてください。
そうさせていただけないと、妻や子供達は事情を知っていますが、家臣や領民が勘違いしてしまうかもしれません」
「そうか、そうだな、奥方や子息達も庶子に対するように振るまえないな」
「はい、正室や正嫡の子供達が、庶子に敬語を使う訳にはいきません」
「私は同等に振るまってもらいたいのだが?」
「それは……妻や息子達が腹痛を起こしてしまいます」
「どこぞの貴族の隠し子とするのが精一杯と言うのだな」
「はい、それが限界でございます」
セバスチャンと家族にこれ以上の無理は言えなかった。
セバスチャンのお陰で、牢獄のような後宮から出る事ができたのだ。
「ではセバスチャン達が選び抜いてくれた護衛と共に狩りに行くか!」
ようやく、ようやく念願の狩りに行ける。
いや、実は狩りなどどうでもいいのだ。
王家王国という、囲いの外で思いっきり走り回りたかったのだ!
前世ではファロー四徴症という心疾患で全く運動ができなかった。
手術は成功したが、術後の遺残症や続発症により、厳しい運動制限や生活習慣制限がかけられた一生だった。
「人獣共通感染症」やケガが怖くてペットも飼えなかった。
思いがけず健康に転生できたのだから、軍馬などの使役動物も人任せにせず、1から自分の手で育ててみたいのだ。
「はっ!」
軍馬に無理をさせない範囲で、狩りが許可された魔境に急いだ。
セバスチャンが妻子に気を使っていたように、今回許可された魔境はセバスチャンが支配している領地に隣接している。
王家が王城を放棄しなければいけないような非常時に、セバスチャンを始めとした在地騎士家が街道を守りながら敵の追撃を防ぐ独特の地方だ。
いくつもの魔境の間をぬうように存在する街道は道がとても細く、迂回しようとしても魔境に入ったとたん魔獣に襲われるので、先回りもできない。
「おたすけ、おたすけください」
「何奴だ!
我らを王国騎士だと知っての狼藉か?!」
「もうしわけありません。
しかしながら、もう1歩も動く事ができないのです。
騎士様にお助け求めるしかないのです」
ボロボロの服を着た者達が街道に行き倒れている。
所々に獣か魔獣に喰われたような傷跡がある。
俺自身は襲われた事も傷を負った事もないが、魔獣に身体の一部を喰われた事のある騎士に、生々しい傷跡を見せてもらったことがある。
先行して警戒している騎士に厳しい事を言われても立てないでいる。
本当によほど疲れているのだろう。
このような人達を暴力で排除する事などできない。
まして無礼だと言って斬り殺す事など絶対にできない。
「セバスチャン、私はこのような人達の話も聞きたいと思っていたのだ」
「そうなのかもしれないと思っておりました。
お前達に任せる、頼んだぞ」
「お任せください」
俺が直接倒れている者達に声をかけたいのだが、身分差があってできない。
話を聞く騎士に直接指示したいが、騎士でも最下層の者達には声をかけられない。
本当にこの世界の身分差による差別はめんどうだ!
俺が、今身分差を無視するような言動をすれば、足を引っ張る奴らが現れる。
密偵部隊の中に裏切者がいないとは言い切れない。
兄達はもちろん、母親の実家が送り込んだ刺客かもしれないのだ。
配下の出自と人柄は時間をかけて確かめるしかない。
「私達は、凶作で食べていくことができず、王都の逃げてきた農民でございます。
王都に入る事もできない難民で、決して楽な暮らしをしていた訳ではありませんが、それでも農民の時のように飢え死にするほどではありませんでした」
耳の痛い悲惨な話しだ。
国の大本である農民が餓死するしかない社会構造なのか……
父王や取り巻きの贅沢三昧を知っているだけに胸が痛む。
「そうか、そんなお前達が何故このような場所にいるのだ?」
「それで、割のいい仕事があると、冒険者ギルドの職員を名乗る者に言われてついて行ったのですが、人目のない所で剣を突き付けられて捕まったのです。
目隠しと猿ぐつわをされて連れて行かれたのが魔境だったのです。
私と同じような者達が、命懸けで獣や魔獣を狩らせられ、多くの者が死にました」
「セバスチャン、私の知る王国法では、領民の命を犠牲にした狩りは禁止されていたはずだが、間違っていないか?」
「間違ってはおりません、建国王陛下が定められた国法で厳しく禁じられています」
「この者達は土地を捨てた罪人だから、法に背いても罪にはならぬ。
そう言われる事はないのだな?」
「例え奴隷であろうと、建国王陛下の定められた法を破って、無理矢理魔境で狩りをさせる事はできません。
そのような不忠不敬は絶対に許されないのです!」
「この者達の話しでは、魔境での狩りを許された冒険者ギルドが加担している可能性があるぞ。
それでも抜け道がないと言えるのか?」
「確かに、冒険者ギルドが加担しているとなれば、偽の契約書を作っている可能性もありましたな。
何か罠をしかけなければ、逃れられてしまうかもしれません」
「お前達に何とかできるのか?」
という想いを込めた視線を密偵達に送ってみた。
本当に身分差による制限はめんどうだ!
黙って礼をとってくれたから、何とかしてくれるのだろう。
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