〈怒髪天を衝かず〉

 東日本大震災後に三陸沿岸で医療支援をしていた頃は、近くに床屋などないので五年位ご無沙汰した。

 だからと言って、伸ばし放題にしていた訳でもない。

 電動バリカンを使って、鬚(あごひげ)髭(くちひげ)髯(ほおひげ)から側頭部まで、6ミリで一気に刈り上げる。頭頂部だけは、2センチで適当に薄毛隠しとする。自分では刈りにくい後頭部も、困るほどは生えてこなかったし……。


 復興は少しずつだが進み、仮設の床屋もサインポールを回し始める。それでも(被災地で暮らしていると湧いてくる)妙な悲壮感のためか、南三陸町を離れるまでは電動バリカンを使い続けた。


  やうやくに仮設床屋に回りゐるサインポールも復興の兆し


 床屋通いを決心したものの、〈受動喫煙〉と〈待ち時間〉が問題だ。そこで〈禁煙〉と〈予約〉をキーワードに(開運橋付近を)ネット検索……。

 ヒットしたのが盛岡駅前の床屋。三週ごと店長さん指名で約二年間お世話になった。


 ところが弘前に引っ越し後は、コロナ禍もあって予約制の禁煙床屋が見つからない。

「時は金なり」とばかり電動バリカンの再登場だ。

 しかも今なら(刈りにくい)後頭部は妻に刈ってもらえる。二週ごとのカット代は(なぜか豚の形の)五百円玉貯金箱にチャリ~ン。


  天を衝(つ)く怒髪なぞなき老いの身は自宅でカットが相応なるらむ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る