〈タカラジェンヌ〉

 ――数年前、盛岡でマンション暮らしをしていたころだ。


 居間で妻の携帯が鳴った。

「ええっ」と大きな声は聞こえたが、隣室なので話の内容は分からない。

 しばらくして書斎に入ってきた妻が言う。

「海田先生が亡くなられたんですって」

「あの、カリフォルニアの?」

「うん。でも、ご主人が亡くってからは、息子さんのそばで暮らしていたそうよ」


 グーグルマップで「カリフォルニア州オレンジ郡ガーデングローブ」と入力。留学先のUCI‐MC(カリフォルニア大アーヴァイン校メディカルセンター)は簡単に見つかった。記憶をたどって、チャップマン通りを西へむかうと左手にクリスタル大聖堂。その裏手にはオークウッド・アパートメントがある。家族で遊んだプールもテニスコートもジャグージもバーベキュー炉も、あの頃のままに見える。


 30数年前が懐かしい。

 アパート二階の我家から(子供たちの遊ぶ)プールがのぞめた。毎日のようにプールサイドで語らう老夫婦に声をかけたのが、海田先生と妻との出会いだったらしい。


  若き日のキャリフォーニアの甘き風をグーグルマップにて手繰り寄せをり


 海田先生は元タカラジェンヌで、同期には音羽信子らがいたと聞く。日系二世アメリカ人と結婚後、カリフォルニアで暮らし始めたそうだ。私たちと出会った頃は、アメリカの家庭料理を日本人駐在員の奥さんたちに教えていた。妻も教室に通い、かわいがられていたらしい。

「これ海田先生からいただいたのよ」と真珠のネックレスをセーターに合わせ今でも自慢する。


 二人でマンションのベランダに並び、東の空へ手を合わせた。早池峰山の向こう側は三陸海岸。そして太平洋の対岸はカリフォルニアだ。

「東日本大震災から十年になるなぁ」――合掌。


  東方を遠望すれば雪かづく早池峰の向かふに三陸の海

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