〈養生訓を朗誦しペダルこぐ〉

冠雪の庭に八手の緑映え厄除け念ず一病息災をと


憧れし加山雄三がなすといふリハビリに倣ひダンバル握る


妻がなす食事療法の功ありて服薬なしの安寧つづく


 神頼みに加えて節制を続け、三か月あまりで数十年ぶりの標準体重に戻した。二階のベランダでバイクマシンをこぐのだが、退屈しのぎに『養生訓』を音読している。

 この書は単なる健康法の解説ではない。著者の貝原益軒は(全八巻からなる人生指針を書いた翌年に)八十五歳で生涯を閉じた。

 三百年余も昔の書の巻第一は〈畏の一字〉だ。

「畏れるとは、身を守る心構えで慎みに向かう始まり」とある。


身をたもち生を養ふ要訣を畏なる一字に益軒は籠めき


 そもそも養生する目的とは何なのか。

「恐れ慎むのも、養生するのも、人生を楽しむためなのだ」と益軒は応える。

「人間には誰しも心のうちに生を楽しむ本性が備わっている。その楽しむ本性に沿って人生を全うするための養生だ」と説く。

 そして巻第八では〈老いの生き方〉も説かれている。

「慎んで、怒りと欲をこらえ、晩節を堅持し、物事に寛容で、子の不孝を責めず、つねに楽しんで残された年月を送るのがよい。これこそが老後の境遇にふさわしい生き方である」と。

「老後の一日、千金にあたるべし。楽しまずして空しく過ごすは惜しむべし」と更に戒める。


常に日を惜しみて無駄に暮らすなく老いては益々楽しみ増やせ


人生の川にも澪木(みをき)を立つるごと刻舟とならざる一日一首を


 マシンをこぐ邪魔にならぬよう、文庫サイズの立川昭二著『すらすら読める養生訓』が重宝だ。原文は現代かなづかいのふりがな付きなので(タイトルどおりに)すらすらとはいかぬが、節をつけて音読できる。その下段には現代訳があり意味も分かる。


ペダルこぎ養生訓を唱ふれば脚と脳と喉にもよろし

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