第28話これからに向けて(終)
凄まじい激戦となった北宮率いる帝明会との戦いは俺たちの勝利で終わった。
その後、帝明会本部に警察が介入し、事件は解決へと向かって行くことになる。
一連の事件の主犯格だった北宮は死亡、さらには帝明会幹部も数100人近い怪我人と死者を出すなどその規模はちょっとした内戦に近いものだった。生き残った北宮に親しい人間も事件後全員逮捕され、その中には帝明会の上位幹部も数多く逮捕されており、帝明会の完全な崩壊、そして極度の弱体化を強いられることは避けられなくなった。
その一方で、事件の関係者だった俺たちは大した罪には問われず、取り調べもそこまで厳しく言われることはなかった。おそらくは公安の帝谷が警察上層部に対して、俺たちを深入りに探るなと事前に根回ししておいた結果なのだろう。正直、ここまで俺たちに配慮する義理なんてほとんどないというのが俺の感想ではあるが、今回は素直に良かったと思うことにしよう。
だが同時に、新たな謎も数多く出てきた。
まず、北宮と裏で繋がっていたとされる狼角の足取りが未だにつかめていないこと。現在は帝明会が機能不全になったことで、警察の別の部署が変わりに狼角の行方を追っているが中々手掛かりは分からずじまい。
そして最大の謎は、アルカーナと帝谷が話していた『戦争』というワード、そして俺は殺人犯ではないという衝撃の事実。俺が過去に殺していないのであれば一体誰が俺の代わりに人を殺したのだろうか。帝谷の言うにはその『戦争』に真相を明かす鍵があるという含みを持たせていたがそれでも疑問は晴れないでいた。
長いようで短い、東京での依頼も形的には何とか終わった。正直、神崎と先代の唐岡大総裁の依頼していた狼角を潰すことができていないのは残念だが、それでも舛田殺害の犯人である北宮の暴走を止めることができただけでもマシな方だろう。
今回協力してくれたフェリアとルーカは引き続き、各地で天獄楽の制定者に関する情報を探るためにいつもの場所へ戻って行った。
残った俺とカリア、音山、そして神崎の三人はいつものホテルの屋上で今後について話していた。
「ほら。これが今回の報酬分だ」
「いや、それはまだ受け取れないな。まだ狼角を完全に潰せたどころかまだまともに居場所もわかっていない。まだ依頼が完璧に終わっていないのにお金なんて貰えないからな」
「そんな釣れないことを言うんじゃねぇよ。この依頼をしてきたのは北宮だ。俺じゃない。だがその北宮はもうこの世にいない。依頼主は北宮から俺へと移された。このお金は北宮から渡されるものじゃない。俺自身が渡す金だ。気にせず受け取ってくれや」
北宮に怯えていた神崎の姿は霧が晴れたように変わっていた。
もう復讐に固執した殺意にまみれていた神崎はいない。鷹留殺害の犯人が信頼していた北宮だと知った時は俺が同情してしまうほどのショックを受けていた。そりゃあ親しくしてくれたはずの人間が実は自分の恩師を殺していたなんて知れば誰でも計り知れないショックは受ける。
だが、神崎はそれを俺に復讐心を向けた時とおんなじように復讐で手を汚すのではなく、北宮の野望を阻止するために協力する方針へと切り替えた。
もちろんそれは俺の必死の説得があったことも事実だ。それでも、神崎が自分から復讐心を選ばずに、違う方法で北宮と敵対してくれたことに精神的な成長を感じた。
流石の俺もここまで言われると断りづらいものだ。
ここは仕方なしに報酬金を受け取ることにしよう。
一方で音山は普段から愛用している缶コーヒーを片手にぼやくように今後について語る。
「なぁ神武羅。俺は今後、狼角を追うよ。幸いにも今回の帝明会の一件でなぜか俺に少しの間休暇が与えられてな。その時間を利用して狼角を探るぜ」
「大丈夫なのか? 警察に知らせずに勝手に独自調査をしても。しかも相手は公安が監視しているって噂の狼角………今の公安と下手に対立や刺激は与えない方が得策だと思うが」
「そう言って警察内部が抱える闇を放置しておけっていうのか? もう帝明会と一度真正面からドンパチやり合った時点でもう俺は警察内では異端者扱いさ。だから俺は警察の威厳を捨てる覚悟で狼角を追う」
音山は今後、独自で犯罪組織の狼角を追うことを決めたようだ。
今回の事件は警察内部の帝明会が混乱を引き起こしたことに悔しさがあるのはもちろん、結局は狼角を見つけきれなかった自身の力不足と警察が中々動いてくれないからこそ、自分の手で真相を追うことに決めたのかもしれない。日本最強の治安部隊である帝明会が事実上の崩壊したことで狼角を含めた犯罪組織はだいぶ動きやすくなった。公安の目は光らせているとはいえ、わざと泳がせている可能性も考えれば、未然に防げるのならそれに越したことないのは事実だ。
音山は残った缶コーヒーを喉へと流し込み、軽く背伸びをしながら缶コーヒーをごみ箱へと捨てる。
「俺はそろそろ戻るよ。神武羅は明日には大阪に戻るんだよな? 東京で再会してからというもの激闘の毎日で神武羅とまともに話せる時間がなかったからな。また今度、東京に来ることがあったら俺に連絡してくれよ? そん時は俺の行きつけのお店でいろいろ語り合おうぜ。焼肉はそん時についでで奢ってくれや」
音山は空っぽになった缶コーヒー片手に俺たちに背を向け、その場を後にした。
あえて俺たちに顔を向けずに去ったのはまたいつか会うために音山なりに見せた警察官らしい美しさだったのだろうか。
「神崎はどうするんだ? お前の元居た帝明会はもはや組織として成り立っていない。当分はホテルを転々とする気か?」
「いや。俺の帝明会としての神崎はもういねぇ。これからはお前の所でお世話になるぜ。探偵事務所の用心棒として雇ってくれや」
「おいおい。いきなり雇ってくれって言われても帝明会の時のような待遇は用意できないぞ」
神崎がかつて信頼していた帝明会が事実上の崩壊によって機能不全になったとはいえ、一度殺意を向けた俺のいる探偵事務所で仕事をすることになるとは。
全く、相変わらず運命というのはどういうきっかけで転ぶか本当にわからないものだ。
「でも、いいんじゃないかな? 私は賛成だよ! だって、帝明会の北宮はあれだったけど神崎君自身はそんなに悪い人には見えないな。確かに、これまでの神崎君の人生はいろんな人間に都合よく振り回されて自分の描きたかった人生は送れていなかったかもしれない。でも、神崎君の縛り付けていた信頼していたはずの人間は皮肉にももういない。これから自分に素直に生きていくのは今からでも遅くないと私は思うよ」
カリアは死神でありながら、本当に人の心がよく読めている。
カリアの言う通り、これまでの神崎の人生は、山は低く、谷は先の見えない底の深い人生だった。幸せだと感じた日々の方が少なかったかもしれない。
だが、そんな人生を深い谷底からようやく山の見える平地にまで戻せた。これから先、山頂目指して山を登ることも、平地のまま新しい幸せの形を模索することも出来る。
決められた道をただ歩いていく人生から、自分で選択した道を歩く人生へとようやく転換できるのだ。
「俺の信用していたはずの正義は今回の一件でなくなった。そこの死神のお嬢さんが言う通り、俺は操り人形として操っている人間にただ寄生し、依存し続けていた人生だった。その結果、都合よく利用され、しまいには大切な人も殺された。正直、何度も死のうと葛藤する時も少なくなった。だがお前、いや、花巻探偵のおかげでようやく操り人形から解放させてくれた。これからは相手の都合に振り回されず、自分の生きたい人生を歩んでいきたいと思ったぜ。だから、この俺を人生の作り直すために、他人に依存しなくてもある程度生きていけるためのきっかけになってくれないか?」
「そこまで先の人生についてしっかりとした軸を持っているのなら、拒否する理由はないな。わかった。今日から神崎を花巻探偵事務所所属とする。よろしくな。神崎」
「こちらこそ、よろしくな。花巻探偵」
俺と神崎は右手でガッチリと握手した。
東京に戻ってきて、まさか新しい仲間を迎えることになるとは思わなかった。
これでようやく、花巻探偵事務所にも活気というものが出てきたのかもしれない。
新しい仲間が加わったことでカリアも満足そうな笑顔を見せた。
「これでまた探偵事務所がより一層にぎわいそうで私は嬉しいよ! でも、私たちにはまだやるべき事は残っている。だよね? 花巻君」
「そうなのか? まだやらないといけないことが他にもあるのか?」
カリアの言う通り、俺たちにはやるべきことがまだ残されている。
それは天獄楽の制定者のいう『戦争』を突き止めることだ。
帝明会が潰された今、狼角を含めた犯罪組織はいつもよりも強気に動く可能性が高い。公安も死神を従えている以上、死神を利用した大規模な戦いに発展する可能性も否定できない。
だがそれにはまだ、圧倒的に情報が足りていない。
ようやく探偵らしい情報集めへと事を動かせるようになるわけだ。
「帝谷のあの様子だと、公安は味方じゃない可能性が高い。本当なら警察から犯罪組織に関する情報を引き出せば理想だが、それは音山以外期待できないと見た方がいい。死神を使えば完全犯罪などたやすいと国民に知られれば大混乱を引き起こす可能性も高いからマスコミにリークさせることもしないだろうな。しばらくは大阪に戻って死神に関する情報を探ろう。狼角は一旦後回しだ。俺たちはあの死神たちに唯一対抗できる存在。俺は上の人間による勝手な価値観によって権力と金の力に逆らえずに、犠牲になっていく人間を何人も見てきた。これ以上、金や大人の都合で罪のない人間が犠牲になるのを黙って見過ごせない。権力や圧力に怯えて黙って目をつぶるぐらいなら、俺は最後まで反抗する。それで無残な最期を迎えたとしてもな」
「それは自分が人を殺したことによる罪と業を償うための覚悟ってこと?」
「そうなのかもな」
俺は屋上に漂う少し冷たい風を浴びながら語る。
帝谷が俺は一人も人を殺していないという発言を未だに信用していない。ましてや俺自身が人を殺した瞬間の記憶が残っているのに殺していないと警察側から言われるのはおかしな話だからだ。
だからこそ、本当の真実にたどり着くまで、俺は人殺しという十字架を背負い続ける。
俺に向かって吹き続ける冷たい風が、例え向かい風だったとしても俺は歩みを止めることはしない。
それが、自分の進むべき選択なのだから____。
死神の少女と無名の探偵 初岡龍 @Ragunaroku31
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