第27話消えていく闇、そして動き出す戦争のトリガー

 北宮との戦いを終えた直後、俺の中には勝利したことによる嬉しさよりもホッとしたという安堵の気持ちが勝っていた。勝てたとはいえ、カリアと契約を交わすまではずっと防戦一方でボコされる展開だった上、契約を成立させてカリアの力をもらった後も常にギリギリの攻防で戦い続けていた影響もあって、思っている以上に身体的、精神的疲労が大きかったのだ。

しばらくすると、こちらも戦いを終えた神崎と音山、フェリアとルーカが合流してきた。

意外だったのは帝明会の部下を相手にしていた神崎と音山はともかく、上位死神であるアルカーナとウルファナを相手にしていたフェリアとルーカが大したダメージを負わずに合流できたのは予想外だった。


「よぅ。こっちは大方決着がついたが、どうやらそっちも終わったみたいだな。なんか死神のお嬢ちゃんがいないのと神武羅の姿が変わってるのはなんか、あれだが」

「そっちも無事なようで何よりだ。カリアに関しては、今は俺の中にいるといった方がいいな。それよりも、カリアが呼んできた2人の仲間が無傷だったのはなぜだ?」

「確かに。神崎君たちはともかく、フェリアとルーカがアルカーナたち相手に怪我の一つもあっていないのは何でなの?」


俺とカリアが頭の中で考えていることは同じだ。俺たちが以前にアルカーナと面と向かって会っているからこそ、アルカーナの恐ろしさがわかる。

戦っていなくてもまともに勝負したら簡単に命を葬られる未来しか見えてこなかったのだ。

そんな俺たちの疑問にフェリアが口を開いた。


「別にアルカーナとの戦いの結果が無傷だったわけじゃないよ。正確に言えば、見逃してもらったって言った方が正しいかも」

「見逃した? 人間相手ならともかく、同じ死神、それも天獄楽の制定者と敵対している私たちをわざわざ見逃すなんて真似をアルカーナがしたの?」


カリアの驚きが隠せない様子と同じくして、フェリアも複雑な表情を浮かべている。

自分たちが天獄楽の制定者と敵対しているとわかっているからこそ、わざわざ見逃したという行動が不気味で違和感が拭えないのだ。

フェリアが小さく息を吐いた後、また話しを進める。


「あれは合流する少し前の話よ………」


フェリアが言うにはフェリアとルーカがアルカーナたち率いる死神軍との戦いで順調に死神を減らしていく中で、ルーカがウルファナ、フェリアがアルカーナとの差しで勝負を始めた。他の死神と違い、やはりアルカーナとウルファナは俺たちの想像のはるか先を行くレベルの次元の強さで流石のフェリアとルーカですら、まともに攻撃をする隙を与えてくれず、ギリギリのところで被弾を避け続けるのが精一杯だった。

このままだと自分たちが殺されることをある程度は覚悟していたそうだった。

だが、戦闘の最中、アルカーナは突然フェリアに対する攻撃をやめた。あまりにも突然すぎて、フェリアは戸惑いよりも何かの策なのではという警戒心を解かずにはいられなかった。


「なぜ攻撃を辞めたの? あそこまで圧倒的に攻めてたのに」

「そろそろ潮時なのよ」

「潮時?」

「そう。私の肌がビンビンに感じるの。この組織の崩壊の足跡が」


フェリアは最初その組織というのが何なのかわからなかった。だがすぐにこの組織が帝明会であることを察したそうだ。アルカーナの言う組織の崩壊が帝明会に該当しているのなら、この時には既に帝明会に先はないことを見えていたのだろうか。


「私たちは人間たちの魂を回収する手段の一つとして手始めに、力を欲していたあの男と実験代わりに契約をしてあげたまでよ。でも、残念ながらあの男は使える駒じゃなかった。ただそれまでよ」


アルカーナは少し呆れたような顔をしたまま、パチンと指を鳴らした。すると周りにいた死神たちが一瞬で目の前から姿を消した。差しで勝負している間、全く攻めてくる様子がなかったとはいえ、ここで撤退させたのはもう戦う気がさらさらないことを示していることをフェリアは感じたそうだ。


「まさか。わざわざ私たちを見逃す気なの?」

「そうね。正確には見逃すよりも最後通告よ。これ以上私たち、いや、この戦争に干渉するようなら………その時は存在そのものを消してあげるわ。死ぬのが嫌なら、これ以上は私たちとは関わらないことね。じゃあ行くわよ。ウルファナ」

「…………はい」


アルカーナは意味深な言葉を残して、杖をコツンと地面に叩き、そのまま姿を消していったそうだった。


「何で無傷だった理由はそんな感じ。正直、今回は撤退してくれて助かったよ。あのまま戦ってたら本当に死んでもおかしくなかったから」

「でも、アルカーナの言ってた『戦争』ってキーワードが気になる。私の記憶で天獄楽の制定者と敵対できる組織なんて聞いたこともないけど………。もしかしたら、私たちが消された空白の1年の記憶の間に何かあったのかもしれないね」


カリアは不安な声で推察する。カリアの言葉通り、俺たちはアルカーナのいる天獄楽の制定者がなぜ殺人に手を貸してまで魂を回収しようとする目的がまだつかめずにいた。

まだ俺たちはアルカーナ含めた天獄楽の制定者という組織が一体どんなものなのかしら未だにわからないままでいた。

そんな時だった。

部屋の外から続々と大人数で駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。

そして程なくして、黒いスーツを着た屈強そうな人たちが俺たちの前に姿を見せた。


「何者だ?」


見たところ明らかに普通の人間たちじゃないのは確かだ。その証拠に、全員俺の方に向けて銃を差し向けている。絶対に敵とまでは断言できないが、それでも味方である可能性は限りなくゼロに近いと見ていいだろう。

そしてそれにつられるように北宮がフラフラになりながらも起き上がった。

北宮は銃を構えている集団に見覚えのある様子だ。


「お、お前らは………公安___!」


北宮が『公安』という名前を出した直後、集団から一人の男が姿を見せた。


「随分と情けない姿になったものだな。北宮」

「お前が………なぜ__こんなところに___いる………帝谷みかどや


出血が止まらない体を抑えながら帝谷と睨み合う北宮。

むしろいつ死んでもおかしくない量の出血の中で立っていられるのか不思議に感じるほどだ。

帝谷は幹部と思われる男から拳銃を受け取り、北宮へと照準を合わせながら口を開く。


「あの日本最強の治安部隊と言われた帝明会が、無能なお前のおかげでこうもたやすく崩壊するとはな。少しばかり手を貸してやったこちら側として非常に失望しました。無能なお前と比べて先代はうまく立ち回れていたよ。まぁお前のおかげで我々としては帝明会を大幅に弱体化させることが出来たことには感謝はしているがね」


帝谷が不気味な笑みと共に北宮に合わせていた拳銃の引き金を引く。


「ぐっ………! がはっ!」


撃たれた北宮の右胸あたりから出血と激しい激痛が襲う。

それでもなお、北宮が目を閉じることはない。体中が大量の出血とそれに伴う激痛で死にかけになっても、北宮は歯を食いしばり死神の力が消えた人間の拳を帝谷に振りかざす。

しかし、その執念の拳が帝谷まで届くことはなかった。

北宮の右拳よりも先に帝谷の背後から突如姿を見せた黒と赤のローブを被った女性が刀で北宮の体を切り裂いた。北宮のそのあまりの太刀の速さはここにいる俺たち全員がまともに視認できないほどの速さだった。

斬られた北宮は致死量を完全に超える出血と共にばたりと倒れる。

流石の北宮でも、あれだけの傷と出血を負った状態では限界だったのだろう。

そして突然姿を見せたローブを被った女性が俺たちに顔を見せる。きれいなオレンジ色のポニーテールに少し青みがある美しい眼。誰が見ても一瞬で人々の目線を引き付ける綺麗な顔。

そんな彼女の顔を見た直後、カリアを含めた死神の3人は衝撃と同時に凄まじい寒気に襲われる。


「まさか………。あなたのようなお方が人間世界に来てるなんて予想してませんでした。天獄楽の制定者上位死神序列2位ケルカディア様」

「ちょっと! アルカーナですらまともに歯が立たなかったのに序列2位のケルカディア様とか下手したら、国1つ滅ぼしかねない化け物じゃないの!」


カリアとフェリア、そして無言のルーカも体中が小刻みに震えだす。わざわざ死神相手に様を付けるほどの存在かつ、天獄楽の制定者という死神の中でも序列2位というくらいの高さの時点で明らかにやばいことぐらいは俺でもすぐにわかった。

今現時点で絶対に相手にしてはいけないレベルと断言してもいいくらいだ。

北宮を始末した帝谷は持っていた銃を降ろし、俺たちの方へ近づいていく。

一歩一歩ではあるがその足音は静けさと底知れない恐怖がまとめてやってくる。


「今回の一件、君たちが北宮の暴走を止めてくれたんだね。私の方から礼を言わせてもらおう。私の名前は警察庁公安トップの帝谷天勝てんしょうだ。普段は自分から『公安』と名乗ることはないんだが、今回は感謝の意味も込めて特別に打ち明けた。そこの刀を持ったきれいな女性は私の死神であるケルカディアだ。普段は対等な実力者じゃないと口を開かないが実力はさっきも見せたように人外レベルでね。我々に多大な貢献してくれているよ」


公安という名前、そしてケルカディアという序列2位の死神使い。間違いない。さっきの発言と言い、北宮を内通者として帝明会の混乱を引き起こした真の黒幕だ。帝谷がアルカーナと繋がっているかどうかまではわからないが、少なくとも同じ天獄楽の制定者であるケルカディアと契約関係にあるということは全く関係していないということはないだろう。

それに、先代の唐岡大総裁も言っていたように公安と帝明会は同じ警察内部の組織でありながら、狼角の対応を巡って対立関係にあった。

帝谷はそれを承知の上で、北宮を内通者として帝明会に潜らせ、今回のように帝明会内部で混乱を引き起こしたことも全て計算済みでの考えなのだろう。

そして北宮の暴走を俺たちが止め、最後に公安の手で混乱を引き起こした元凶を始末。ここまですれば、帝明会の信用は一気に地に堕ち、一方で事件を終息に向かわせた公安はさらなる地位と信頼を得ることができる。

対立関係のライバルを自分のスパイを利用することで弱体化させつつ、自分たちの地位を確固たるものにするという、まさに公安がやりそうな手口そのものだった。


「全てはあんたの手の上ってわけか。帝明会が内部から崩壊していくのも俺が北宮を止めるのも最後にあんたの手で北宮を殺すところまで全てシナリオ通り。俺たちはその駒として知らない間に動かされていたわけだ」

「私からはこれ以上は深く言えないな。だが今回の一件は君の力を無くしては事態の収束はなかった。それは紛れもない事実だ」

「それは皮肉としてとらえてもいいんだな?」

「好きにして構いません。ですが最後に警告しておきます。これ以上、我々の戦争に介入しないでいただきたい。今回は私の目に免じて大した処分を出すつもりはないが次以降、戦争に入ってくるのなら、容赦はしない」


帝谷は鋭い目つきから、相手を見下ろす冷酷な王の目に変わった。

フェリアが話していた時もアルカーナから『戦争』というワードが出てきた。最初は天獄楽の制定者関係による『戦争』と考えていたが、別に死神でもない公安の帝谷が『戦争』というワードが出てきたのは意外だ。もしかすると、アルカーナと帝谷の話す『戦争』が関係しているのなら、これは思っているよりも事は重大なのかもしれない。

帝谷は言いたいことを終えたのか、現場を後にしようとする。ここで『戦争』に関する内容を少しでも引き出さなければ何もわからないまま事が進みそうで怖かったのだ。


「待て。最後に一つだけ聞かせてくれ」

「最後? 悪いが真実を全て話せるとは限らないですが」

「お前が言っていた『戦争』ってのはなんだ? いったい今、死神の世界で何が起こっている?」

「それを話してどうする? まさか、『戦争』に参加する気か?」


帝谷は俺たちを戦争に参加させたくないからこの言葉が出たのだろうか。だとすれば余計のお世話だが、実際のところは俺たちがその『戦争』とやらに介入することによる面倒ごとを増やしたくないのが本音だろう。推測ではあるが、これ以上敵を増やせば自身も動きにくくなることを嫌ったからこその帝谷の言葉とみていい。


「別にどうもしませんよ。ただ、その『戦争』が多数の犠牲者を必要としているのなら見過ごせないってだけだ」

「そうか。じゃあ簡単に話しておいてやろう。『戦争』っていうのは死神によるものとだけ。悪いがこれ以上は深くは話せない。だが、ついさっき君に関する話で朗報と言える情報を話してやる。お前は自分を元殺し屋と思って人を何人も殺していると言っていたな?」

「ん? そうだが、別にその話は戦争とは関係のない話だろ」

「それがそういうわけでもなくてな。結論を言おう。君は過去に一人も殺していない。誰一人としてな」


俺は過去に誰も人を殺していない。この言葉が告げられた瞬間、ほんの一瞬、俺の中の時計が止まった気がした。正直、動揺よりも訳が分からい気持ちが勝っていた。俺は過去に殺し屋として何人も人を殺してきた。それは俺のこの記憶が確かだ。にもかかわらず、公安という警察の組織の人間の一人である帝谷ははっきりと俺が人を殺していないと断言した。

ここまで話が食い違ってくると、もはや何が信用できるのか分からなくなってきていた。

話を終えた帝谷は公安が持つ防衛隊と共にその場を去って行く。


「ま、待て! 最後の俺が人を殺していない発言はどういう意味だ! それが『戦争』と何の関係があるんだ!」

「これ以上は私の口から話せん。知りたければ自分の手で真実を掴んでみるといい。ただし、それは『戦争』に参加することでもあり、自らの死でもあることを覚悟しておくんだな」


俺の質問を吐き捨てるような口調で帝谷は答えると、静かに現場を後にした。


 北宮の暴走を止めることができた喜びよりも、死神に関する新たな謎、そして俺が過去に一人も人を殺していないという話が俺の脳の大半を占めていて、情報の整理が全くつかなかった。

そしてそれは俺だけでなく、ここにいるメンバー全員が同じ感情に襲われていたのだ。


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