第26話没落と後悔

 俺は無名探偵との戦いに敗れた。

 ハッキリ言ってしまえば、俺の完敗だった。俺の体に激痛と同時に、契約していた死神が消えていくのがわかった時点でもう俺の負けは確定事項だった。

俺はどこで道の選択肢を間違えたのだろうか。


 俺は産まれてからずっと勉強もスポーツも常にトップを取り続けてきた。それは俺の両親に少しでもいいところを見せたいという一心でもあり、自分が異常なくらい負けず嫌いだったことも影響していた。中学までは常に勉強も運動も1位でクラス中、学校中からあっという間に憧れの存在にまでたどり着いた。部活の陸上も地元の大会では常に1位を取れるぐらい他の生徒を圧倒していた。

両親も安定した成績を残していた俺をずっと褒めちぎるように褒めてくれていた。

そんな努力も相まって、俺は全国屈指の名門私立帝皇学園高校に進学することができた。

偏差値は70を超える言わずと知れた超名門進学校だ。

だが今考えてみれば、俺が帝皇学園に進学するという選択自体が間違っていた。いや、もっと具体的に言えば、俺が地元の中学内で成績がいいことを理由に王様気分で驕り高ぶっていたことが間違っていたのだ。


 帝皇学園に入学してから、俺はすぐに壁にぶつかった。中学までずっとトップだった成績が入学後は中盤まで落ちた。落ちたというよりも周りが化け物クラスの学力お化けによって埋もれてしまったが正しいかもしれない。普通に考えて、このクラスの名門私立で学年中盤をキープできているのだから他の人から見れば十分にすごい結果だ。だがずっとトップの座に居座り続けていたことによって、下に落とされるという感覚を知らなかったことによる焦りがでた。挫折を知らないまま、ここに来てしまったことが俺の人生の歯車を少しずつ狂わせていく。

一方で運動の方は中学と同じく、陸上部に入った。こちらは勉強とは対照的に、1年の時からメキメキと頭角を現す。といっても1年の時から全国クラスだったわけじゃないが。それでも陸上部の先輩に競り勝てるぐらいの自力はあった。

しかし、全国の壁どころか、東京都内を勝ち上がることすら困難だった。それでも唯一のトップになれたこともあって、陸上に関しては最初から挫折をしていたわけじゃなかった。現に、中々順位が上がってこない勉強の方とは対照的に、陸上の方はそこまで大きな伸び悩みもなく、着実に力を身に付けていった。

それから時が過ぎて高校3年生を迎えた。今思えばこの間までに仲間、もしくは親友と呼べる友の存在を一人でも作っていれば、今のように俺が闇に落ちることもなく、殺人に手を出していなかったかもしれない。

3年生になってから、俺は陸上部のキャプテンに昇格し、勉強との文武両道により一層励んでいた。その成果もあって、中盤だった成績も徐々に順位を上げていき、夏には学年で20位以内まで順位を上げてきた。

そして陸上の方も全国を狙えるレベルにまでタイムが飛躍的に向上し、迎えた東京都予選。

万全な体調で本番を迎え、俺はここにいる誰よりも調子がいい自信があった。

タイム的には自己ベストを出せば、全国出場予想ラインにギリギリ届くぐらいだ。

とりあえず、1位は無理でも全国出場を目指そうことを目標としていた。

しかし結果はあと一歩のところで全国出場を逃した。

俺の一つ上の順位で、全国大会出場を手にした阪村はごく普通の都立高校だった。

俺が都大会で姿を消した裏で、阪村は都立高校としては快挙となる全国大会出場で脚光を浴びていた。

試合後、阪村の方からギリギリで全国切符を逃した俺に話しかけてきた。


「やぁ。君が帝皇学園の北宮君だね? 僕は阪村翔斗。今日はお疲れ様。いい走りだったね」

「よく言うよ。例えお前がどんなに俺のことを褒めようと、俺はお前との勝負に負けたのだから皮肉にしか聞こえてこないがな」

「そんなことないよ。僕だって去年の運動会で運動部じゃない男子生徒に最後競り負けたんだ。でも今こうして結果を出せたのはその敗北があったからだと思っているよ」

「たかが学校の運動会で負けただけでか? よくそんなんでここまでこれたもんだな」

「そうだね。でも敗北から学ぶこともたくさんあったよ。だからこそ、この敗北を北宮君がどう生かすかでより良い成績を生み出すきっかけになると僕は思うよ」


この時の阪村はおそらく、俺に対する最大限の配慮とエールをしたつもりだったのだろう。

だがその言葉は、俺にとっては暴走の歯車を勢いづける引き金になってしまったのだ。


「そうか。じゃあ俺はここで帰らせてもらう。じゃあな。阪村といったか。全国も頑張れよ」


俺は阪村の顔を無視するように逃げるように去って行った。このタイミングが俺にとっての分岐点だった。ここで俺が素直に意地を張らずに阪村と手を渡り合っていれば、俺の人生もここまで暴走せずに狂うこともなかっただろう。同じエリート同士に負けるのならまだしも、普通の凡人にエリートが負けたという事実を俺は最後まで受け入れられなかったのだ。


 それでも、高校時代の最後の定期考査で都大会での悔しさを晴らすかのように初めての学年1位を取った。

その甲斐もあってか、陸上部の名門である聖羅大学に一般入試で合格することができた。

大学入学以降も勉強と陸上の文武両道をしながら、生活を送っていた。

それでも大学は高校以上にレベルが高く、なかなか結果も出せない。

勉強の方も全国でも上位クラスの偏差値を誇っていることなこともあり、苦戦が続いた。

この頃から、凡人相手には負けたくないという負のプライドがにじみ出始めていた。

それが勉強や陸上だけでなく、生活面でも影響が出始め、次第に孤立していったのだ。

元々、そんなに誰かと一緒に行動するタイプではなかったが、負のプライドが出てきたことで気軽に話せる友が離れていったことが今思えば自分を狂わせた要因の一つだった。

大学最終年になってようやく台頭し始めるも、高校と同じく阪村に勝つことは最後まで出来なかった。

そこで自分の陸上選手としての限界を感じ、陸上から離れ、警察官になった。

有力企業からいくつかオファーがあったが、勉強もスポーツも半端な成績しか残せなかったことで俺自ら辞退した。

今考えてもバカな話だ。見栄を張らずに普通に就職していれば、収入も警察になって事件に巻き込まれるリスクもなかった。

警察官になった後も、実力を出せずに苦難の日々が続いた。

毎日、仕事を押し付けられては少しの失敗で全責任を押し付けられる日々。

エリート街道を歩んでいた俺にとっては辛くて先の見えない地獄だった。


 相談しようにも信頼のできる人が皆無で、精神的にも追い詰められていた時だった。俺が会社の屋上で寂しくコーヒーを飲んでいるところに黒く、甘い誘惑が誘ってきたのだ。

それがアルカーナたち率いる天獄楽の制定者だった。

絶望という沼に片足を突っ込んでいた俺にとって、アルカーナは死神といえど、女神のような存在だった。


「お前は………誰だ?」

「私は天獄楽の制定者のアルカーナ。死神よ。今回は私たちがあなたの救済にやってきたの」

「死神? 救済? この俺のか。どこの誰か知らないが俺みたいな半端者よりももっと救った方がいい奴がいるだろ」

「私たちは普通の人間とは違う死神。私にはわかるわ。あなたはここで潰れるような存在じゃない。あなたならもっと上の世界へと上り詰めることができる。そのための力助けをしてあげる」


最初は流石にアルカーナたちが死神だということを信じられなかった。どこかの怪しい勧誘なのかと思っていた。だがその考えもアルカーナによって一瞬で覆されてしまった。

アルカーナがパチンと指を鳴らすと、そこには黒い死神が俺の目の前に姿を見せた。


「こ、これは…………」

「これでただものじゃないってことを理解してくれたかしら?」


本物の死神を悠然と出されて、信じられないという気持ちよりもこの女と協力すれば俺の努力が正しいことが証明されるという欲望が勝ってしまった。

もう俺の歯車が誰にも止められないところまで来てしまっていたのだ。


「どうやら、その死神とやらは本物みたいだな。どうせ俺は半端な人生を送るつもりだったんだ。大切な人間もいないし、失うものも何もない」

「それじゃあ、この死神と契約するってことでいいわね。死神と契約する以上はもう後戻りできないけど、覚悟はできてるって認識でいいわね?」

「あぁ。俺の人生全てを捧げる覚悟はできている。その力で、俺は頂点に立つ」


この日、俺はアルカーナたちと死神の契約をした。

死神と契約をしてからというもの、今までの苦労が嘘みたいになくなり、実績もあっという間に残していった。まるで自分のやってきた努力を全て否定するかのように。

同時に、俺自身も黒い人間へと変わっていくと同時に大切なものを失っていた。


無名探偵との戦いで最後に斬られた直後、それが何かを思い出した。それは阪村のような俺みたいな人間にも真摯に向き合ってくれる存在だった。俺が死神に手を出そうとした時に誰かが一言『やめろ』という言葉を言ってくれていたら、俺は立ち止まれていただろうか。

もし高校時代に阪村の言葉を素直に受け止めて、わかり合っていたら俺の人生もマシだったのだろうか。

俺はそんな後悔を心に秘めたままばたりと倒れた。



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